葦原天理は巫覡である   作:氷桜

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(超絶今更ですが)勇者史外典のネタバレがあります。


結-22

 

薄れ行く、『私達』を保っている細い糸。

振動が伝わり、後頭部を覆うように走るのは眩暈にも似た干渉。

流されそうに為り、けれどそうしてしまえば()()()()()()()

 

正しい意味で何が起こっているのか、今の私には理解できることではなく。

それでも根幹の何処かが必死で保ち続ける誰かの声。

 

(――――誰?)

 

そんな問い掛けを放った筈で。

そんな疑問を口にした筈で。

けれど、言葉にも成らない何かが漏れただけというのは分かった。

 

(……どうしてしまったのでしょう、か)

 

ゆらり、ゆらりと。

海に漂う漂流物のように漂うだけの意識。

 

()()()()()()()()()()、と私へ叫ぶ私もいて。

それでも、その声に手を伸ばしても。

決して届かず、その前に崩れ落ちる。

 

そんな事を、何も捉えられていない瞳で追い掛けること幾百回か。

自分がどうしてこうなっているのか、それさえも喪失してしまいそうな暗闇の中。

 

『――――――――』

 

誰かの声がして。

いつか……誰かにしてあげたような事をされている気がしながら。

 

微かに濡れた。

暖かいものが触れた気がしたのは、そんな時。

 

(――――何?)

 

それが何なのか、誰なのか。

把握するより前に、急に目の前の景色がはっきりとしだす。

 

そんな、混乱の中の私の身体に起こった変化は……二つ。

 

一つは、身体の先……指の先にまで走る、痺れのような痛み。

内側から侵食してくる、内外に滲み出ようとする何かの現象。

 

一つは、頭部。

朦朧とする意識を繋ぎ止め、後頭部の何処かを優しく包み込むような安らぎ。

薄れていくはずだった何かが逆流するように。

ずっと、昔のことを思い出していく。

 

幼い頃。

■■ちゃんが道場で居合の練習をしていた事。

それを眺めて、時間が過ぎるのが好きだったこと。

彼女と過ごし、彼女の世話をして。

そうして生きていくのだろうと何となく思っていた頃。

 

小学校の頃。

空からやってきた怪物が、全てを飲み込み。

聞こえた声に従って、■■ちゃんを『■■』に選んだ事。

そうしなければ、私達は多分皆と同じになっていた……と思いながら。

それでも――――そうしてしまったことを悔い続けていた頃。

 

中学校の頃。

私達と似た友達と共に暮らした日々の事。

約束は――――結局守れずに。

私は■■ちゃんが傷付くのを見送るだけで。

応援して、手伝って……支えて、それでも。

何処か空虚を抱えていた頃。

 

順々に戻ってくる『私』。

それと同時に思い出してしまう。

思ってしまう一つのこと。

 

私は、『私自身がしたいこと』を何も持たない。

 

■■ちゃんの為。

同じ巫女の皆の為。

他の誰かの為だったら何でも出来るし、何でもしてきた。

 

少しでも誰かが泣いていれば、そうさせないようにして。

少しでも誰かが笑っていれば、傍にいるだけで満足して。

 

――――そんな私を、大人の人は『気味が悪い』と呼んだ。

 

何かがしたい、何かが欲しい。

そう思うのが当たり前なのに、欠片もそれを持たない。

まるで()()()()()()()()()()()みたいで不気味だ、と言っていた。

 

それは……もしかすれば、そうなのかも知れない。

 

表面上、笑みを浮かべ。

内面では、ぽっかりと空いた空白を埋めるモノを求めようとして。

でも、そんな何かは終ぞ見つかることはなかった。

 

喪った――――二度と会えるかも分からない。

自らが選んだ■■の延命の為に差し出された友達の生命力。

眠ったまま、そのまま歴史の果てに呑まれる様を見送った友達。

 

喪った友人達、巫女達、『私』。

 

小さな箱庭を護るために、天の神へとその身を捧げた私の友達。

使い潰されるよりも先に、その身を呑まれ……そして、それを封じるために私は贄となり。

その頃にはある程度掌握していた……大赦を預ける為に。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そうさせるように操った、と大社の大人は口にして。

それを否定せず……否定できないまま。

痛みと、後悔と、悲しみで胸の内を埋め尽くしながら抗ったけれど。

結局……内側の空白は埋まることはなかった。

 

何が間違っていたのだろう。

求めるものが違っていたのだろうか。

方法が間違っていたのだろうか。

自分に幾ら問い掛けても、その答えは出てこずに。

 

悩み続けながら。

■葉ちゃんの望まないことをさせない為に、『私』を捧げ封じる日々。

 

――――いつからだろう。

祈りながらに、『私』よりも生真面目そうな少女の背中を見ていたのは。

 

――――どうしてだろう。

そんな彼女の一つ一つに、口を出してしまったのは。

 

――――分からないままに。

『私』よりも弱い巫女の力を持つ、■■の少女に。

羨望と……隣に立つ仲間達と。

それを見守る男の子を見ていた。

 

()()()()

()()()()()

 

視ることしか出来ず、それ以外で支えたとしても本当に力になるか分からず。

戸惑い、迷い続けているように見えた……そんな少年。

周囲に漂う神樹様の力のような流れからすると、少なくとも普通ではないとも思えた。

それこそ、男の子の巫なんて存在。

 

ほんの少しだけ、気になったというのは嘘ではない。

 

後輩の巫女に力の使い方を教えながら。

■葉ちゃんを助ける術を探しながら。

 

――――もし、助けられれば。

『私』がしたいことはなくなってしまうのではないか、なんて。

虚無の中に、不思議な感情が浮かび上がった気もしながら。

普通ではない事柄は、どんどん続いていった。

 

自分を捧げることで、皆を助けて。

封印された皆を助けて、生活さえも支えて。

そうするのが当たり前だと、『私』と同じように考えているであろう彼。

 

ずるい、と思った。

 

自分でも良く分からない感情を抱えて。

ずっと昔の、大人達にも。

同い年の誰にも思ったことがない、虚無を上書きするような感情を初めて覚えた。

 

だから、教えていた子の身体を借りて。

最期に、彼に呪い(ことば)を遺そうとしたけれど。

――――私には、やはり何も出来なかった。

 

『私』には、何も出来なかった。

『私』だって、何かをしたかったのに。

 

皆の為に、何でもしたかったのに。

そんなちっぽけな願いさえ、私には何も叶えられなかった。

 

『ひなたお姉様――――これから、ですよ』

 

でも。

ぽつり、と誰かに声を掛けられた気がして。

そんな感覚と同時に、揺れていた瞳は正しく実像を映し出し。

 

(――――ぇ)

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

触れていた顔と顔。

自分の身体が酷く冷え込んでいるように震え。

けれども、顔だけは微かに赤みを帯びたままで熱を発している。

 

目の前の、糸が伸びた少年も。

震えと、痛みと――――後は決意とを。

あの日、私と■芸さんと……永久の別れの挨拶を交わした友達の。

その時の表情に帯びていた、似たような表情が残っていた。

 

「…………ぁ」

 

()()()

小さく跳ねた心が、あの時の後悔を映し出す。

 

烏丸先■と、■芸さんと。

協力者として変わってしまった関係性の、変わる前を求める心。

 

半分は、それを映し出し。

それを飲み込んで、全てを背負って。

私がしたかったことをしようと――――()()()()()()()()()()()()()()()()横顔を見て。

 

何かが不意に、腑に落ちて。

同時に……気付けば目線で追いながら。

唇に指を当て、離し。

微かな熱を、感じ取っていたような気がする。

 

「……休んでいて」

 

喉が乾き切った時のような、掠れた声色。

そんな色を、耳元で覚えながら。

 

「…………私も」

 

気付けば。

言えずにいたことを。

あの時には、決して許されなかったことを口にしていた。

 

何故、と心で聞かれた気がした。

 

……返す言葉は、たった一つ。

胸の内の答えは、たった二つ。

 

「……若葉ちゃんは、私の勇者ですから」

『……私には出来なかった事をする貴方を、支えさせて下さい』

 

 

――――そんな想いを、風の言の葉に消しながら。

足を崩しそうになる彼へ、肩を貸して思いを馳せた。




※久々の変更点

・奉火祭の際にその身を捧げた巫女の変更。
・最も年下だった、嘗ては『巽』という名を持った少女は『上里』としてその生涯を閉じた。
・『上里』は年の離れた弟を産み、後年二つの血は混ざり合って一つとなった。

・故に、血縁関係上だけで言えば『祖先』に値するが。
・実際には既に痕も残らない程に離れた他人に過ぎない。
・だからこそ、それを遮る障壁は存在しないことを彼女は識っている。
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