葦原天理は巫覡である 作:氷桜
受け渡したのは、立ち上がるのに必要な
そうしなければならなかったのは。
彼女の息遣いや全身の脱力、血液量の加減。
そして何より俺自身が幾度も経験してきた状態に親しかったから。
(……後悔するつもりはないが、また一つ重荷が増えたな)
ぷは、と糸が伝い。
同時に身体全体から力が抜けながら、それでも未だすべき事がある。
『天理、お主……また無理をしたな?』
(そうするしか無かったから仕方ないだろ……助けてくれて助かったよ、ワカ)
それでも全てを吐き出さなかったのは、内側の神々による支援があったから。
……俺が彼女たちに受け渡す『力』は、俺自身の物ではなく。
俺を介することで人……勇者に受け渡すことが可能になる神々としてのもの。
要するに変換器としての役割をずっと担っているわけだが、嘗てに比べれば変換効率は増加している。
だからこそ、以前に比べれば動けるようになっているし……その時間も長くはなっているのだが。
それでも根本的な総量という大問題が立ちふさがる。
変換・受け渡しの際に用いる増加しようのない体力、或いは生命力。
その内の多少量を受け渡したことで、俺の足腰……動く力は摩耗し。
同時に現在進行系で減少を続けている訳だが。
それでも倒れなかったのは、恐らくは自然と神々の負担を増してくれたから。
『――――必要なことであったのは認めるが、な』
女誑しめ、と湿ったような言葉に苦笑を一つ。
「…………休んでいて」
周囲の熱気で喉が枯れ。
もう少しはっきりした言葉を出すつもりが、掠れた老人のような声しか出ずに。
けれど、胡乱としていた瞳がはっきりとし。
自分が何をされていたのかを理解した少女の頬が染まる中で。
立ち上がろうとした腕を取られ、足を縺れて肢体へと倒れ込んだ。
「――――ぁ、ご、ごめ……」
咄嗟に謝り、立ち上がろうとするその体を僅かに押し留め。
共に立ち上がろうとしながら。
恐らくは……切り傷や擦り傷に、痛みを堪える表情を浮かべつつ。
そっと耳元で聞こえた声は。
「…………私も」
そんな、何処か憂いを帯びた。
けれど、湿り気を覚えるような声だった。
乾き切った肌に染み入るような。
向かい合うのが、隣り合いながら別の道を模索し。
けれど、目指す事柄は常に同じ。
鏡写し、という意味合いが正しく理解できてしまう。
瞳の色と、声色と、存在と。
在り方全てが、俺には出来ない事を全て出来ると示す。
そんな不可思議な感情が、心と視界から理解出来た。
出来てしまった。
(……これが、『上里』の巫女)
じっと、彼女の目を見詰めてしまった気がする。
恐らくはそれ程長くはなく。
けれど、内部時間にしてみれば数十倍に加速されたような長さの間。
意識を取り戻し、慌てて目線を逸らそうとする……その直前。
「……若葉ちゃんは、私の勇者ですから」
もう一言、言葉にならないような声が聞こえた気がして。
目線のことを忘れたように、一瞬呆けながらも。
「……行きましょう?」
手を掴んだまま。
己の肩に回し、立ち上がる動作に引っ張られ。
きちんと立つのに少し時間を掛けながら、それでも共に立つ。
『……ああ、
『運がいいというのか、悪いというのか』
『え、何? 何?』
二人三脚のよう、とは言うまい。
互いに進む度に右に左に傾きながらも、向かう方向は同じ。
腕の内側、首元から感じる微かな熱。
じっとりと滲み出る汗に、恐らくは何処かで切った滲んだ血が混じる。
上着……運動服にそれが染み付き。
洗って落ちるだろうか、なんて場違いな事を夢想し。
それでもゆっくりと近付けば、鳴り響く金属音は近く。
しかし、その頻度は明らかに落ちている。
「……どうなってると思う?」
「……若葉ちゃんの全力の、半分も出ていないと思います」
「……やっぱり、今しかないか」
体内の摩耗していく『何か』の速度は確かに落ちながら。
隣の巫女は何を感じ取っているのか問い掛ければ。
ほんの少しだけ目を瞑った上で、微かに声を漏らす。
何処かくすぐったささえも思い出させるような声色。
それは――――今出来る最大限の声を潜める行為。
向こうが俺達に気付けば、恐らく枷から解放されようと襲うのは明白。
そして俺が乃木の勇者と結ぶのは、
二重の意味で襲わない理由もなく、警戒心を引き上げるのは当然なのだが。
『縁を持つ男女、とか言うだろう?』
『時を挟み、本来結ばれる相手とは断絶し。
けれどこの時代でこそまた縁を持つ相手と糸が繋がった。
そういう話です』
『……え、ってことはヒナちゃん……本当は
耳に届く雑音のほうが問題。
こんなもん完全に断ち切って『雑音』呼ばわりでいいと思う。
(今余計なこと考えさせんな!)
そんな言葉を叫べば、ほんの少しだけは静まり返るが。
直ぐにまた会話が聞こえてきて集中が削られるという大問題。
……いや、元々神々ってこういう気分屋だってのは分かってたことだが。
「……どうしようかね」
「?」
ぽろり、と漏れた本音。
内容へ問い掛けて良いものか、少しだけ悩む様子を見せている。
出来ればそのまま聞かないでほしいが……思いが通じるのかどうなのか。
(落ち着いたら、この人とも話しないとなぁ)
必須事項で、俺自身がしたいこと。
銀達やせんちゃんとはまた別の意味で気になる相手。
鏡の向こう側の存在、本来は手すらも届かない相手に今なら手が伸びる。
だから――――というわけではなく。
責任の取り方、についても協議する必要があると思い。
微かに漏れた、溜息という名の吐息。
熱気が、それで少しだけ晴れ。
瞬間。
目の前に、銀の琴線が雨霰のように降り注ぐ光景と。
それを全て受け止めるタマ先輩の勇姿。
――――そして。
内側から焼かれ続ける、灰に近くさえも見える人の姿が。
ボロボロになりながら、地面に刀を突き立てる光景が。
同時に、俺達の視界へと入り込んできた。