葦原天理は巫覡である 作:氷桜
「若葉ちゃん!」
隣から、悲鳴混じりの……様々な感情が入り混じった叫び声が響く。
刀を地面に、それを支えに。
そして同時にその灰にも見えてしまう姿は。
確かに呼吸を繰り返しているように見える。
(……なにか別のモノでも見えてるのか?)
周囲の空気も微かに揺れ動いているようで。
巨大化した盾を構え、相手の動きに対して
その一歩後ろには、いつの間に変貌したのか。
先程までより厚着で、けれど汗を掻いている様子は一切ない杏さんの姿。
そして服装を含めぼろぼろになり、服の下の素肌や黒色のレースが顔を覗かせるせんちゃん。
それに比べればまだ平然とはしているが、一切目を離そうとはしないそのちゃん。
前衛と後衛、得意な相手とそうでない相手。
それに依って明らかに違った姿を見せている現状。
(……確かに、せんちゃんとの相性は最悪か)
人間的な相性、当人との相性は伝え聞くモノしか知らないから置いておく。
戦闘能力……勇者としての能力のみを考えた場合の話。
多数の分身/実体を変異させるせんちゃんと周囲への純粋な火力、という二人の相性は最悪だ。
と言うより、初代勇者達はそういった能力面での噛み合いは幾らか無視されていた傾向にあるとさえ思ってる。
俺達の、銀達の認識における先代勇者……三人、と言った少数という例外は無視するなら。
前衛、中衛、後衛と役割の分担は出来るが……『精霊』という切り札の効果範囲を考えると、使える場所を選ぶ。
今更になるし、そもそも実行できるかは扠措いて。
範囲攻撃が可能な人員と、単体攻撃に特化した人員……
(多分、今の時代の勇者に比べて加護の方向性が違うってのはあるんだろうけど……。
嘗ての時代で大苦戦したのは最初に範囲攻撃が可能な勇者を喪ったこともあるんだろうな)
そんな事を以前思ったな、とふと思い出す。
軍師、及び星屑(だったか?)……要するに『バーテックスに届かせるまでの露払い』を兼ねていた杏さん。
盾役、及び中衛……『旋刃盤』を投射することで実質的に遠距離手段さえ兼ねていたタマ先輩。
喪ったことで加速度的にジリ貧に追い込まれていった、という流れは俺程度の知識でも想像が付く範疇。
翻って、今。
その二人が立ったまま戦闘に参加し、合わせ現代に於ける戦術指揮担当を兼ねているそのちゃんと合わせた場合。
戦略的な目線と、戦術的な目線とを兼ね合わせられる二人が同時に戦場で。
「伊予島さん……園子ちゃん!」
「タマっち先輩、そのまま! 左右何方から来ても回れるように!」
「後は詰めるだけ、だな!」
「ちーちゃん先輩、一人は此方……」
今回の要であるタマ先輩を盾、及び
一周、目線だけを動かして周囲を捉えているそのちゃん。
一点集中と全体への指示、二人いるからこそ方向性を随時調整していける。
「……あ、ちょっと変更! てんくんたちの方に!」
「……上里さんも! 分かった……私は兎に角被害を減らす方向に動くから」
「此処からは間違えなければ大丈夫だと思うんよ~……」
その目と此方が交差して。
せんちゃんを此方へ……何かがあったとしてもその一人が本体に成り代わることで被害を減らす事にするらしい。
それは助かる……と言ってしまいたかった。
正直、『切り札』であっても現状全ての力を俺のみから行使している以上。
先程の隣の少女との受け渡しで大部分を使い果たしているので、少しでも負担を減らせる。
そんな短い会話を経て、再びに前を睨みつけるそのちゃん。
此方へ飛んでくるせんちゃんは目線で無事かと問い掛ける。
特に、彼方此方に負傷の跡が残る巫女さんを見る目は何処か心配そうでありつつ。
「急に出力が落ちて、自分の炎に耐えられなくなったみたい。 何かした?」
「事前に言ってた通り。 ……なら、天の神側からの影響は多少削れた感じか」
後に蘇生した、という事を踏まえてではあるが。
タマ先輩が口にした通り、あの刀の持ち主は一度ならず
死からの復活。
天の神達の始まりでさえも為せなかった偉業……それに近い行為。
けれど、それはそのままその神具を担う相手への特徴として引き継がれてしまっている。
故に、当人との適性は然程関係なく。
対応する手段を持たない限り、単独であれば炎による焼死は本来避けられない事象なのだ。
それを覆していた/事象に反しさせていた天の神の端末としての扱い。
一部を、巫からの干渉として此方側へ……半ばを俺との契約として塗り替えて。
『天の神』という
現状の、半ば燃え残り体内に燻ったままの熱を持ったような――――酷い御姿は。
微かに口が動いている、と隣の巫女は口にした。
「……『もう』って言ってます」
恐らく、その後に続くのは自分の否定か。
今の今になって自我を取り戻したのか。
それとも、常に触れられないところにあったのかは定かではないが。
「……そんな願いは叶えさせない。 もとより、此方はその為に来てるんだ」
「……そうよね、まーくんならそう言うわよね」
巫女の少女が、少しだけ。
不思議そうな表情を浮かべたのが意外だった。
せんちゃんに対してそんな顔をする……という理由も良く分からなかったから。
「なら、次の交差で終わらせるとは思うから……動ける用意はしておいて」
「分かった。 ……後」
「ん?」
「最後の時、
しなければならないこと。
血液の交差だけで済んだことは、巫女とのやり取りで接吻を必須と変貌した。
そして、それを絶対に嫌がるだろうという確信もあった。
「……馬鹿ね」
けれど、せんちゃんが浮かべたのは苦笑で。
「それより凄いのするから、良いのよ」
「それ、俺は良くないんだけど」
「多分、皆に」
「皆に!?」
……冗談だと言って欲しい。
ただ、その顔は真面目さのほうが強く。
本来口を挟むべき少女……『ヒナちゃん』も頬を染めるだけで。
また一歩、沼に落ちたんだろうと冷や汗が更に増す中。
「……動くわよ」
一筋の風が流れ。
同時に、目線の先は再度動き始めた。