葦原天理は巫覡である 作:氷桜
一歩後方へと飛び退りながら、刀を持ち上げ体勢を整えた。
同時にタマ先輩も一歩前へと詰め、その距離間隔を一定とする。
「……分かる?」
「
「乃木さんの周りの空気の変化よ」
……陽炎のように何かが揺れていることだろうか。
或いは、彼女自身の纏う変化なのか。
内面と外面の格差――――いや待て、
「今ああやって見えてる乃木さんの位置は少しだけズレてる。
だから、下手に私とか園子ちゃんが近付けば不利になるだけ……でも」
自分が理解できていること。
識っていくことの量、深度が増していることに恐怖を覚えながら。
それを問うのは今ではない、とせんちゃんの発言に返す。
「面で攻撃する以上は関係ない?」
「そうね……恐らく下がったのは左右か上から抜けようとしたんだと思うけど」
「……千景さん。 ……その、若葉ちゃんはもう」
「限界を超えてるんでしょう? 分かってるわ、大葉刈もそれを伝えてきてる」
微かに一度、刃先を撫でる。
冥府へと繋がり、そして自身もそこで待っていたからなのか。
或いは完全に堕ちた相手を見てきたからなのか。
不味い相手が分かるようになった、と端的に口にしながら。
「だから、土居さんにも伝えてある。 抑え込んだら一気に動いて」
「下手に暴れさせ続けるほうが不味い、ね」
自分の変化、勇者の変化。
其れ等は決して見逃しては行けない内容だと分かりながらも。
そしてそれを互いに理解しているからこそ、この場で頷き合う。
「……良く分かり合っていますね」
横からの言葉は、思わず漏れた故なのだろうか。
せんちゃんはそれに対して取り合わず。
それに習い、意識を前方へと向ける中。
借りている肩側で少しだけバランスを崩しつつも、変化を見守り。
微かな体力を掻き集め、息を整えながら走る準備を整えていく。
「……動く」
そう呟いたのは、誰だっただろうか。
刀を鞘に収め、居合の構えのように。
そして脚をある程度前後へ。
今から駆け出す、と宣言するかの動きに――――。
「悪手……いや、人間同士の戦闘に慣れてないのかしら」
『……若葉ちゃんなら絶対にしない選択だなぁ。
私相手にもしたことないもん』
その構えに何処か冷たさ、怜悧さを覚える俺と違い。
行くわよ、と半ば引っ張られながらせんちゃんに付いて行く。
ただ、たかしーも同じことを言っている……ってことはどっちの目から見ても駄目なのか?
(……どういう事?)
『んーとね、確かにバーテックス相手……とか、固くて大きい相手に一対一なら有りだと思う。
元々居合の使い手だし、力を刀と自分の周りに纏わせてるから一撃必殺にはなる……けど』
見てて、と恐らくは指を向けられたのだろうと感じる方向。
つまりは戦場へとそれなりの距離を保ちながら、じりじりと近付く目線の先。
サウナのような、周囲の空気を熱されている状況は近付く度に増していく中。
踏み込もうとした、その瞬間を待っていたように。
「行って、雪女郎!」
恐らくは盾の後ろで準備していたのだろう。
精霊を開放し――――周囲が一瞬にして吹雪に覆われる。
視界を奪い、足元を凍らせ、炎を止める。
そのどれか一つなら対応できただろうが、それらが纏めて襲いかかる。
そして精霊がどんなものなのか、それを扱うかどうか。
其れ等の
「も一つ、おまけ!」
盾の側面。
そのちゃんが握った槍を全力で投球。
足を止める意味しかない、と分かっているのは投げた当人のみ。
ただ、機械的に反応してしまう事象が同時に二つ起きたのだったら。
「……今は寝てろ、若葉」
自分が取っていた前傾姿勢。
吹雪。
投槍。
そのどれもが足を止める意味しか無く。
周囲に雪が纏わり付き、蒸発し水蒸気へと変わり再びに凍る中。
真正面から振り下ろされた大盾の圧力と硬度に寄って
嘗ての記録、ワカ達の記憶曰く。
神樹の中心……大国主命は山上から転がり落ちた焼けた岩を抱き留めて焼死したという。
火炎。 自分が放ち、体内からも焼き焦がし続ける『天の神』と親しい属性を持つ事象。
圧潰。 転がり落ちる岩と上から振り下ろされる盾、方向性や集中性は違っても圧死という現象は変わらない。
そして、それに立ち向かう少女はその事象から神自体を蘇らせた女神の神具を担う。
――――故に、伝承そのままに話は進む。
「行って!」
盾其の物を上から抑え、下から叩かれているような衝撃は少しずつ弱り。
盾毎に冷やし続けることで、振るう少女その人にも寒さを感じさせながら。
軽く叩く程度に落ち着くまでそんな事を繰り返し……せんちゃんの分身体が周囲を囲むようにしつつも。
持ち上げた盾の下を覗き込み、同時に引っ張られて前方に投げ出されるような形へ。
前方向に倒れ込みそうになる脚を何とか落ち着かせながら。
隣の……巫女さんを巻き込まないように共に走った少し先。
「――――ぁ」
微かに漏れ聞こえる。
直ぐにでも途切れそうな、か細い声。
血反吐を吐くような、何かが折れるような物音。
『天理、覚悟を決めろ』
「分かってるよ……!」
彼女の周りの灰。
それが影響を及ぼしているモノだというのは分かった。
そして、それが見えるようになったのも先程の接吻の後からだというのも分かってきた。
だからこそ――――彼女が見えているモノはこれなのだろう、という理由付けとなり。
まるで二人三脚のように進んでいた足取りを精神力で持たせ、微かに空いたままの空白へと身体を滑り込ませる。
「…………」
ひゅー、ひゅー。
言葉にならない言葉。
既に空気しか吐き出せず、その瞳はきっと何も見詰めてさえいない。
けれど、そんな肉体を無理に動かす灰と。
内側の熱を、確かに感じ取った。
(……俺の背にどれだけ詰めるかは分からないけれど)
這い寄る。
近付けば近付くほどに感じる、増していく熱。
けれど、それには……もう慣れてしまった。
置き去りにした巫女服の少女の目は、確かに俺達を見ているのだと。
背後から突き刺さる視線が示していた。
だから。
「
何故戦っていたのか。
何故全員がいるのか。
其れ等の理由を端的に告げ。
――――けれど、たかしーの存在をどうするかを脳裏に遺しながら。
血塗れの、その肉体へと手を伸ばし。
鉄の味しかしない――――血塗れの口付けを。
・意識がはっきりしてたら一人で全員叩きのめしてたと思いますこのハイパーゴリラ。
・それだけ「対人戦闘」に向いている、と作者は判断しています。
・抵抗できるとしたら原作描写的にもたかしーか友奈ちゃんくらいだと思う。