葦原天理は巫覡である   作:氷桜

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幕間2-2

 

黄金色の髪が垂れ落ちる。

顔に掛かりそうになり、けれどそれを跳ね除けられない。

そうしてしまえば――――多分今の彼女は()()()()()と思うだろうし。

俺も同時に、そうしたいわけではない。

 

ただ、どちらが主導権を握るのか。

そんな小さな、意地のぶつかり合いに過ぎないから。

 

「ん~……」

 

後ろ手に伸ばした手が、天井に繋がれた紐へと触れるのが見える。

一度引けば、電灯の光は一瞬にして暗闇へと代わり。

蓄光された、薄い緑色の光だけが俺達を包む。

 

「……そのちゃん?」

 

「……これで……()()()()()は、見えないよね?」

 

その余計、とは何を指しているのか。

口にするのも恐ろしくて、問い掛け直すことは出来ず。

薄暗闇の中で互いが見える、そんな距離までまた一歩近付いてくる。

 

「…………」

 

はぁ、と甘い息が顔に降り注ぐ。

彼女はただ、距離を近付けてくるだけで。

それ以上は何もせず……いや、俺自身には何もせず。

ただ、してくれるのを待っているように思う。

 

「……ねえ、そのちゃん」

 

したい、と口にするのに。

自らこうして態度に示すのに。

それ以上は、()()()()()と願う。

 

……そして。

そんな相手の事こそを、好んでしまった俺だから。

 

「うん?」

 

「何処まで本気?」

 

「全部本気だよ?」

 

幾度となく交わしあった問い掛け。

彼女の髪の先から触れていくように、下から上へと手を伸ばす。

 

幾度と触れた、変わらない髪質。

誰でもそうだ、と言われてしまえばそれまでだが。

他人の温もりに触れていると、ほんの少しだけ気分が落ち着く気がする。

 

幾度と交差した、互いの目線。

ただ、それが今は一つの言葉のみに集約して。

選べる選択肢は――――気付けば、たったの二つになっていた。

 

即ち。

受け入れるか、拒絶するか。

 

「……ん」

 

少しずつ遡った手が彼女の耳に触れた。

思わず、と言った拍子に漏れた声色。

 

普通の、部室とかで笑っているときとは違う。

もっと純粋な、女の声色。

 

「そういう声、やめてくれないかなぁ……」

 

「出ちゃうんだよ~?」

 

どきりとするから、ではなく。

勇者に仕える巫として……俺が対照となっている相手のように。

誘蛾灯に近付く虫のように、意識がそちらへと向けられる。

 

周囲の雰囲気。

妖しい行動。

拒否する気のない態度。

――――昼間の、婚姻。

 

其れ等を組み合わせると、今日は……所謂『初夜』とかに該当するんじゃないかと。

変な事にも思い至り、そして彼女がこうまでして何かを求める理由も改めて察する。

 

(……そっか。 ()、か)

 

彼女に渡した装飾品。

彼女に捧げた三々九度。

物品と、言葉と、儀式を捧げて。

 

けれど――――彼女にとって一番欲しいもの。

()()として、俺は彼女に何も差し出していない。

 

軽口を呟き。

同衾を重ね。

自らの身体を削り、互いを護ってきたけれど。

乙女に対して……して貰ってばかりで、何も差し出していないから。

 

「…………」

 

仄かに揺れる奥底に、暗闇が映るのだろう。

或いは、その瞳は俺にとっての鏡だからか。

 

見たくないものを映す。

目を逸らしているものを見据える。

そういった、破魔の鏡と呼ばれる伝承上の物体のような。

 

「出ちゃうなら仕方ない、かぁ」

 

「うんうん、仕方ない仕方ない」

 

「ってそんな訳無いでしょ……」

 

言葉だけは極めて軽い。

耳から添わせた手は、彼女の頬へと周り。

そして、彼女の側からも近寄らせてくる。

 

「え~?」

 

「え~じゃなくてね?」

 

もっと。

はやく。

言葉は何も言わなくて。

行動だけは強く伝えてくる。

 

「――――せめて、さ」

 

「うん?」

 

「……いや、いいや」

 

雰囲気を遺して、と口にしそうになったが。

そもそもの話、それを破壊したのは俺。

こうした軽口に持ち込んだのも俺。

だから――――戻すのも、俺でなければならない。

 

「ね、そのちゃん」

 

「はぁい」

 

「ずっと一緒、って言ったよね」

 

「言ったね~」

 

もう片方の手を、彼女に伸ばした。

それに対して、何も言わずに。

少しだけ横目で眺めて、くすりと笑った。

 

「あの言葉、まだ有効かな?」

 

「有効も有効。 ……死んじゃっても、ずっとだもん」

 

その言葉を確かに聞いて。

両手で彼女の顔を支える。

 

少しずつ、手前に引くように。

彼女の手の支えも、少しずつ力が抜けて。

顔と顔が接する、ほんの少し前。

 

これに似た状態なら、今までにも何度かあったけれど。

偶然や寝る前、或いは単純にそうしたくて。

それより先に進もうとする行動は、意識的に留めていたのに。

 

「そう言う事言わないの」

 

「……でも、考えるでしょ?」

 

()()()()()()

 

その言葉には……そうだね、と頷いて返した。

何かがあれば、俺も……或いはそのちゃんも。

他の誰だって生命を落としていた戦いだった。

 

そんな事を幾つも幾つも重ねて、命を拾って。

いつかは失敗して、大事な何かを喪ってしまう。

それは――――俺達にとって、一番怖いこと。

 

決して口には出さない、言霊という存在を信じているからこそ言えない。

起こってしまえば、俺は多分自ら命を断つだろう結果。

 

「……だからさ、後ちょっと。

 頑張れる、元気が欲しいって思うんだぁ」

 

「それがこれでいいの?」

 

「……ほんとだったら、もっとしたいこといっぱいあるよ?

 わっしーもミノさんとも……ちーちゃん達だって」

 

でも。

 

「――――こうしたいのは。 てんくんだけなのです」

 

そうして、彼女は普段のままの笑みを浮かべた。

()()()()、と小さく囁いて。

 

「…………」

 

それに対し。

俺は……何かを言う権利はないと分かっていたから。

 

本日付で、関係性が一つか二つ変わってしまったお嬢様へ。

彼女が求める行為を捧げようと。

 

唇と、唇と。

小さく入り込んできた舌と。

微かに漂った……香草のような味が残るような。

乙女に捧げる、接吻を交わした。

 

長く、永く。

気付けば――――時間を忘れるほどの長さで。




・や、やったっ!
・そのうち東郷さんもやります。
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