葦原天理は巫覡である   作:氷桜

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幕間2-7

 

玄関先まで見送り、再びに居間へ。

 

何方ともなく、向かい合って座り込み。

妙に圧力を感じる無言の中で。

そっと友奈が、上へ向けて指差した。

 

「……私の部屋、行く?」

 

「…………どっちでも」

 

小さく、意地を張った。

 

そっか、とだけ返事をして。

期(・)待(・)す(・)る(・)よ(・)う(・)な(・)目(・)を、改めて俺へと向けた。

懇願するような願いを――――微かに交えながら、俺を見た。

 

(……一体、何なんだ?)

 

いつか、何処かで感じたのと似た状況を思い出している。

それがいつなのか、どういう状態で感じたのか。

其処への線が邪魔されているかのように浮かばない中で。

友奈の『相談』が、俺絡みであろうことは嫌でも察しがついていた。

 

「だったら……良いよね?」

 

お(・)願(・)い(・)、と言葉を告げた。

 

――――それに強く逆らう理由は浮かばずに。

意地を張ったからこそ、否定できる理由もなく。

ただ腕を引かれるままに、制服姿のまま二人で部屋に向かう。

 

以前の……私服の時とはまた何かが違うような。

ちりちり、と首元に走るのは微かな予感だろうか。

 

きしり、きしり。

二人分の体重を支えながら、微かに軋む音を立てる階段で。

 

「……友奈?」

 

「……私ね。 聞いちゃった」

 

何を、と言っても首を振るだけで。

その問い掛けに答えらしきものを返す素振りを見せたのは、部屋の入り口に手を掛けてから。

 

「皆(・)と(・)の(・)関(・)係(・)に(・)つ(・)い(・)て(・)」

 

ぞくり、と背筋にほんの少しの寒気。

 

入って、というそれに続けた言葉。

 

音程は、何も変わらない。

見える背中も、何も変化はない。

けれど……そんな彼女に、何の理由もなく。

恐れを感じていたと思う。

 

その言葉に引かれるように。

何時ぞやの夕方に招かれたように。

自分の足で――――それでも彼女に言われた言葉を思い出し。

こういうことか、と何となくに理解しながら踏み入れる。

 

あの時と何ら変わらない配置。

勉強机の上に、相変わらずに押し花の栞が飾られているのも変わらない。

ずっと昔に踏み入れて、それから……幾つかの飾り物が変わっても。

本質的には何も変化していない、彼女の心を表す城。

 

「……ね」

 

「……うん?」

 

「……な(・)ん(・)で(・)?」

 

たった三文字の言葉を口にする。

けれど、その瞳に映していたのは。

言葉、文字では言い表せない深い感情のうねりのようなもの。

 

そのちゃんの時とは違う。

愛情を起点とした、正も負も入り混じった感情ではなく。

もっと、人(・)間(・)ら(・)し(・)い(・)感(・)情(・)のみが見え隠れしていた。

 

「どういう意味で?」

 

距離は、お互い人間一人分。

互いに見合って、けれど顔をやや俯かせ。

普段の花のような笑みは、闇夜に閉ざされたように暗く沈んでいた。

 

「……私ね」

 

「……うん」

 

そう、話し始めるまでにどれ程の時間を要したか。

本当に短くも感じたが、恐らく十分近くは経っていたと思う。

 

その間、口を開こうとしては閉じ。

俺が何かを言うのを待つようにしながら、けれど何も言わない様子を見て押し黙る。

そんな、普段の彼女では決して見られない顔。

 

(……いや、違うな。 昔見た顔か)

 

ずっとずっと昔。

此奴が俺と初めて会った時だと勘違いしている頃に見た顔。

それより前、幼い時の頃は思い出そうとしても既に塗り潰されているらしく。

そんな事あったっけ、としか返さない……そのギリギリの境目。

 

既に一杯一杯で、抱えているものが溢れそうで――――けれど止められずに。

自分の中で封じ込め、笑顔という防壁を作り上げる前に見た顔。

他人には見せることがない、『結城友奈』という少女が持つ一面を顕す顔。

 

「……少しだけ、期待してたの」

 

そして語られたのは、俺がいなくなった後の事。

言うつもりもなく、言える相手もおらず。

積もり積もって、どうしようもなくなってしまった。

心の奥深くに山積みにされた、感情(ココロ)の話。

 

彼女が本当に心を許せるような。

言い換えてしまうなら、自分の弱さを告白できる相手が消えてから数年。

友奈は、友奈なりに。

俺と同じような相手を探し続けていたという。

 

「色々……やったんだ」

 

男の子に話しかけるのはどうにも怖くて。

向こうから話しかけられて、普通に対応できるようになるまでそれなりに時間を要し。

その代わりに、女の子や近所の人達を助けながら。

『彼女』に目を向けてくれる相手を探した、と小さく漏らす。

 

ほんの僅かな、嗚咽混じりに。

 

「でもね、駄目だった」

 

彼女が思う、行う献身と。

他者が思い、行う献身と。

この二つの大きな違いは、自らを何処まで度外視するのか……なのだと俺は思っている。

 

生まれながらにして勇者の持つ精神性に近い、自らを度外視していた友奈。

それを――――半ば無理に、別のものへと縛り付ける形で矯正したのは正解だったのか。

或いは……縛ったままで、去る事になってしまった俺自身が間違っていたのか。

 

「……私が、多分。 きっと、探してたのは……」

 

同じような人ではなく。

同(・)じ(・)人(・)。

いなくなってしまった当人。

 

「私をきちんと理解してくれる人が、欲しかっただけなんだ」

 

無意識に見返りを求めるのではなく。

そうしたいからする、してしまう。

極親しい相手だけでなく、困っていたなら誰にでも。

 

この考え方を正しく理解できる相手は、少なくとも小学校や近所にはいなくて。

何かしらの理由があって――――それか、何かの見返りを求めて。

当たり前の理由で動く人しかいなかった、と彼女は告げた。

 

「当たり前だって、分かってるのにね」

 

だから――――。

そう言って、俯いていた顔を彼女は起こした。

 

今の今までは相談ではなく独白。

それをする前に告げておかなくてはいけない、前提の話。

 

「……ね、天理君」

 

――――君は。

――――今(・)で(・)も(・)、(・)私(・)を(・)見(・)て(・)く(・)れ(・)る(・)?

 

その瞳は。

虚ろで、揺れて、微かに震え。

 

そんな彼女へ。

俺は――――求めている答えかどうかは別として。

 

「……友奈は」

 

見てくれるだけの相手を求めてるのか?

 

そう、口にした。

 

親には決して言えない言葉。

友人にも、恐らくは言えない言葉。

互いを、互いが知るからこそ。

 

恥ずかしいだけの、話を始めた。

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