葦原天理は巫覡である   作:氷桜

152 / 249
幕間2-7

 

玄関先まで見送り、再びに居間へ。

 

何方ともなく、向かい合って座り込み。

妙に圧力を感じる無言の中で。

そっと友奈が、上へ向けて指差した。

 

「……私の部屋、行く?」

 

「…………どっちでも」

 

小さく、意地を張った。

 

そっか、とだけ返事をして。

()()()()()()()()を、改めて俺へと向けた。

懇願するような願いを――――微かに交えながら、俺を見た。

 

(……一体、何なんだ?)

 

いつか、何処かで感じたのと似た状況を思い出している。

それがいつなのか、どういう状態で感じたのか。

其処への線が邪魔されているかのように浮かばない中で。

友奈の『相談』が、俺絡みであろうことは嫌でも察しがついていた。

 

「だったら……良いよね?」

 

()()()、と言葉を告げた。

 

――――それに強く逆らう理由は浮かばずに。

意地を張ったからこそ、否定できる理由もなく。

ただ腕を引かれるままに、制服姿のまま二人で部屋に向かう。

 

以前の……私服の時とはまた何かが違うような。

ちりちり、と首元に走るのは微かな予感だろうか。

 

きしり、きしり。

二人分の体重を支えながら、微かに軋む音を立てる階段で。

 

「……友奈?」

 

「……私ね。 聞いちゃった」

 

何を、と言っても首を振るだけで。

その問い掛けに答えらしきものを返す素振りを見せたのは、部屋の入り口に手を掛けてから。

 

()()()()()()()()()

 

ぞくり、と背筋にほんの少しの寒気。

 

入って、というそれに続けた言葉。

 

音程は、何も変わらない。

見える背中も、何も変化はない。

けれど……そんな彼女に、何の理由もなく。

恐れを感じていたと思う。

 

その言葉に引かれるように。

何時ぞやの夕方に招かれたように。

自分の足で――――それでも彼女に言われた言葉を思い出し。

こういうことか、と何となくに理解しながら踏み入れる。

 

あの時と何ら変わらない配置。

勉強机の上に、相変わらずに押し花の栞が飾られているのも変わらない。

ずっと昔に踏み入れて、それから……幾つかの飾り物が変わっても。

本質的には何も変化していない、彼女の心を表す城。

 

「……ね」

 

「……うん?」

 

「……()()()?」

 

たった三文字の言葉を口にする。

けれど、その瞳に映していたのは。

言葉、文字では言い表せない深い感情のうねりのようなもの。

 

そのちゃんの時とは違う。

愛情を起点とした、正も負も入り混じった感情ではなく。

もっと、()()()()()()()のみが見え隠れしていた。

 

「どういう意味で?」

 

距離は、お互い人間一人分。

互いに見合って、けれど顔をやや俯かせ。

普段の花のような笑みは、闇夜に閉ざされたように暗く沈んでいた。

 

「……私ね」

 

「……うん」

 

そう、話し始めるまでにどれ程の時間を要したか。

本当に短くも感じたが、恐らく十分近くは経っていたと思う。

 

その間、口を開こうとしては閉じ。

俺が何かを言うのを待つようにしながら、けれど何も言わない様子を見て押し黙る。

そんな、普段の彼女では決して見られない顔。

 

(……いや、違うな。 昔見た顔か)

 

ずっとずっと昔。

此奴が俺と初めて会った時だと勘違いしている頃に見た顔。

それより前、幼い時の頃は思い出そうとしても既に塗り潰されているらしく。

そんな事あったっけ、としか返さない……そのギリギリの境目。

 

既に一杯一杯で、抱えているものが溢れそうで――――けれど止められずに。

自分の中で封じ込め、笑顔という防壁を作り上げる前に見た顔。

他人には見せることがない、『結城友奈』という少女が持つ一面を顕す顔。

 

「……少しだけ、期待してたの」

 

そして語られたのは、俺がいなくなった後の事。

言うつもりもなく、言える相手もおらず。

積もり積もって、どうしようもなくなってしまった。

心の奥深くに山積みにされた、感情(ココロ)の話。

 

彼女が本当に心を許せるような。

言い換えてしまうなら、自分の弱さを告白できる相手が消えてから数年。

友奈は、友奈なりに。

俺と同じような相手を探し続けていたという。

 

「色々……やったんだ」

 

男の子に話しかけるのはどうにも怖くて。

向こうから話しかけられて、普通に対応できるようになるまでそれなりに時間を要し。

その代わりに、女の子や近所の人達を助けながら。

『彼女』に目を向けてくれる相手を探した、と小さく漏らす。

 

ほんの僅かな、嗚咽混じりに。

 

「でもね、駄目だった」

 

彼女が思う、行う献身と。

他者が思い、行う献身と。

この二つの大きな違いは、自らを何処まで度外視するのか……なのだと俺は思っている。

 

生まれながらにして勇者の持つ精神性に近い、自らを度外視していた友奈。

それを――――半ば無理に、別のものへと縛り付ける形で矯正したのは正解だったのか。

或いは……縛ったままで、去る事になってしまった俺自身が間違っていたのか。

 

「……私が、多分。 きっと、探してたのは……」

 

同じような人ではなく。

()()()

いなくなってしまった当人。

 

私をきちんと理解してくれる人が、欲しかっただけなんだ

 

無意識に見返りを求めるのではなく。

そうしたいからする、してしまう。

極親しい相手だけでなく、困っていたなら誰にでも。

 

この考え方を正しく理解できる相手は、少なくとも小学校や近所にはいなくて。

何かしらの理由があって――――それか、何かの見返りを求めて。

当たり前の理由で動く人しかいなかった、と彼女は告げた。

 

「当たり前だって、分かってるのにね」

 

だから――――。

そう言って、俯いていた顔を彼女は起こした。

 

今の今までは相談ではなく独白。

それをする前に告げておかなくてはいけない、前提の話。

 

「……ね、天理君」

 

――――君は。

――――()()()()()()()()()()()

 

その瞳は。

虚ろで、揺れて、微かに震え。

 

そんな彼女へ。

俺は――――求めている答えかどうかは別として。

 

「……友奈は」

 

見てくれるだけの相手を求めてるのか?

 

そう、口にした。

 

親には決して言えない言葉。

友人にも、恐らくは言えない言葉。

互いを、互いが知るからこそ。

 

恥ずかしいだけの、話を始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。