葦原天理は巫覡である 作:氷桜
玄関先まで見送り、再びに居間へ。
何方ともなく、向かい合って座り込み。
妙に圧力を感じる無言の中で。
そっと友奈が、上へ向けて指差した。
「……私の部屋、行く?」
「…………どっちでも」
小さく、意地を張った。
そっか、とだけ返事をして。
懇願するような願いを――――微かに交えながら、俺を見た。
(……一体、何なんだ?)
いつか、何処かで感じたのと似た状況を思い出している。
それがいつなのか、どういう状態で感じたのか。
其処への線が邪魔されているかのように浮かばない中で。
友奈の『相談』が、俺絡みであろうことは嫌でも察しがついていた。
「だったら……良いよね?」
――――それに強く逆らう理由は浮かばずに。
意地を張ったからこそ、否定できる理由もなく。
ただ腕を引かれるままに、制服姿のまま二人で部屋に向かう。
以前の……私服の時とはまた何かが違うような。
ちりちり、と首元に走るのは微かな予感だろうか。
きしり、きしり。
二人分の体重を支えながら、微かに軋む音を立てる階段で。
「……友奈?」
「……私ね。 聞いちゃった」
何を、と言っても首を振るだけで。
その問い掛けに答えらしきものを返す素振りを見せたのは、部屋の入り口に手を掛けてから。
「
ぞくり、と背筋にほんの少しの寒気。
入って、というそれに続けた言葉。
音程は、何も変わらない。
見える背中も、何も変化はない。
けれど……そんな彼女に、何の理由もなく。
恐れを感じていたと思う。
その言葉に引かれるように。
何時ぞやの夕方に招かれたように。
自分の足で――――それでも彼女に言われた言葉を思い出し。
こういうことか、と何となくに理解しながら踏み入れる。
あの時と何ら変わらない配置。
勉強机の上に、相変わらずに押し花の栞が飾られているのも変わらない。
ずっと昔に踏み入れて、それから……幾つかの飾り物が変わっても。
本質的には何も変化していない、彼女の心を表す城。
「……ね」
「……うん?」
「……
たった三文字の言葉を口にする。
けれど、その瞳に映していたのは。
言葉、文字では言い表せない深い感情のうねりのようなもの。
そのちゃんの時とは違う。
愛情を起点とした、正も負も入り混じった感情ではなく。
もっと、
「どういう意味で?」
距離は、お互い人間一人分。
互いに見合って、けれど顔をやや俯かせ。
普段の花のような笑みは、闇夜に閉ざされたように暗く沈んでいた。
「……私ね」
「……うん」
そう、話し始めるまでにどれ程の時間を要したか。
本当に短くも感じたが、恐らく十分近くは経っていたと思う。
その間、口を開こうとしては閉じ。
俺が何かを言うのを待つようにしながら、けれど何も言わない様子を見て押し黙る。
そんな、普段の彼女では決して見られない顔。
(……いや、違うな。 昔見た顔か)
ずっとずっと昔。
此奴が俺と初めて会った時だと勘違いしている頃に見た顔。
それより前、幼い時の頃は思い出そうとしても既に塗り潰されているらしく。
そんな事あったっけ、としか返さない……そのギリギリの境目。
既に一杯一杯で、抱えているものが溢れそうで――――けれど止められずに。
自分の中で封じ込め、笑顔という防壁を作り上げる前に見た顔。
他人には見せることがない、『結城友奈』という少女が持つ一面を顕す顔。
「……少しだけ、期待してたの」
そして語られたのは、俺がいなくなった後の事。
言うつもりもなく、言える相手もおらず。
積もり積もって、どうしようもなくなってしまった。
心の奥深くに山積みにされた、
彼女が本当に心を許せるような。
言い換えてしまうなら、自分の弱さを告白できる相手が消えてから数年。
友奈は、友奈なりに。
俺と同じような相手を探し続けていたという。
「色々……やったんだ」
男の子に話しかけるのはどうにも怖くて。
向こうから話しかけられて、普通に対応できるようになるまでそれなりに時間を要し。
その代わりに、女の子や近所の人達を助けながら。
『彼女』に目を向けてくれる相手を探した、と小さく漏らす。
ほんの僅かな、嗚咽混じりに。
「でもね、駄目だった」
彼女が思う、行う献身と。
他者が思い、行う献身と。
この二つの大きな違いは、自らを何処まで度外視するのか……なのだと俺は思っている。
生まれながらにして勇者の持つ精神性に近い、自らを度外視していた友奈。
それを――――半ば無理に、別のものへと縛り付ける形で矯正したのは正解だったのか。
或いは……縛ったままで、去る事になってしまった俺自身が間違っていたのか。
「……私が、多分。 きっと、探してたのは……」
同じような人ではなく。
いなくなってしまった当人。
「私をきちんと理解してくれる人が、欲しかっただけなんだ」
無意識に見返りを求めるのではなく。
そうしたいからする、してしまう。
極親しい相手だけでなく、困っていたなら誰にでも。
この考え方を正しく理解できる相手は、少なくとも小学校や近所にはいなくて。
何かしらの理由があって――――それか、何かの見返りを求めて。
当たり前の理由で動く人しかいなかった、と彼女は告げた。
「当たり前だって、分かってるのにね」
だから――――。
そう言って、俯いていた顔を彼女は起こした。
今の今までは相談ではなく独白。
それをする前に告げておかなくてはいけない、前提の話。
「……ね、天理君」
――――君は。
――――
その瞳は。
虚ろで、揺れて、微かに震え。
そんな彼女へ。
俺は――――求めている答えかどうかは別として。
「……友奈は」
見てくれるだけの相手を求めてるのか?
そう、口にした。
親には決して言えない言葉。
友人にも、恐らくは言えない言葉。
互いを、互いが知るからこそ。
恥ずかしいだけの、話を始めた。