葦原天理は巫覡である 作:氷桜
「どうかな」
深く深くに抱えている、感情の名前は知っている。
その言葉を、お母さんから知ったから。
何処か言い訳のようにさえ聞こえる言葉達。
……他に誰かがいる場所では、しようもない会話達。
普段はやかましいほどに聞こえる声達も今は押し黙り。
そういった部分も含めて……いつかの会話を彷彿とさせる。
「
「……多分、友奈の言う事をそのまま受け入れるなら」
肯定するだけ、或いは追従するだけの人形とも聞こえるぞ。
恐らく、そんなつもりは欠片もなかったのだろう。
一瞬きょとんとした後で、慌てて両手を振って否定する。
「違うよ。 …………でも、そっか」
だから、
そんな不思議な感覚を言語化し得たように。
納得を深く受け入れるように、幾度か頷いて。
そして、改めて否定の言葉を口にする。
「うん……違う。 私は…………」
一呼吸、間が有った。
……そして、その呼吸と同時。
邪魔されていたような思考の霧が晴れ。
(……亜耶の時と、同じ?)
自分から踏み込んだ、あの時と。
気付けば踏み込んでいた、今と。
幾らかは別でも――――雰囲気は、何処か似通っている。
「
うん、やっぱりそうだ。
そんな言葉を呟きながら、幾度か頷いている目線。
光を取り戻したように、正しく周囲を見ているのだと確かに理解できるのに。
その言葉には深い重みと湿度を思わせる感情が染み込んでいる。
自然と生唾を飲んで。
すう、と深い……ようで浅い呼吸を、何度か。
(…………幾らなんでもおかしくないか?)
友奈に関して。
俺自身は、
幼い頃からの知り合い、女友達。
そんな相手が自分を失いそうになり、それを支えた覚えはある。
周囲の男女、年上年下問わずに。
此奴を便利使いしようとした奴に手を回し、それなりに痛い目を見るようにしたこともある。
ただ、それは飽く迄友人として。
そして当たり前にするべきこととして行っただけで、それに関して何かを欲した覚えは欠片もない。
だからこそ、思ったのは困惑と……ほんの少しの喜びと。
そして、抱いてしまった感情への
俺に、そんな感情をまともに受け取る価値も資格もないというのに。
「ね」
伝わる言葉は、普段と同じように塗り替わった。
自分を取り戻したのか。
それとも、『当初の目的』を思い出したのか。
今、この場所が彼女の城であることも当然に思い出し。
余り気にすることのない、ふわりと漂う花の匂いに……今更に気がついた。
「――――私、好きだよ」
だからこそ。
そんな言葉を、幾月か振りに耳にして。
「気付いたのは、それこそ最近になってからだけど。
…………でも、うん。 多分、ずっとそうだった」
返す言葉を、脳内で幾つか選んで口にする。
「……なあ、友奈」
否定の言葉を発することは出来なかった。
俺自身に対して言ってくれた言葉。
それを否定するのなら……否定するだけの理由を必要とする。
「ん?」
「……その気持自体は嬉しい。 が、直ぐには答え返せない」
断れない。
受け入れられない。
何しろ、其れ等の何方を選ぶにしても。
彼女は、未だに何も知らない立場のままなのだから。
「……それってさ、東郷さんとか……園ちゃんとか関係ある?」
「……無い、訳じゃないが。 皆のせいとかそう言う話じゃない」
そもそも――――こういう関係性が産まれた最初。
俺自身が誰かを選べなかった、という最初の罪を無視するのなら。
何かしらの縁を繋ぐ事になったその切っ掛け。
勇者としての真実と……それに伴う代償と。
裏で足掻き続けている人間達と、それを見捨てる一部の派閥と。
この世界の寿命。
俺達が知る全てを共有した上で。
踏み込むことを覚悟した上で、改めて言葉にしたい。
俺達が抱え続ける矛盾。
互いを助けたい、と思うが故にいつ死ぬかも分からない。
そんな、当たり前のことさえも……極端なことを言うのなら。
明日会うことも出来ないかも知れない、ということを知って欲しい。
(……我儘に過ぎないよな)
友奈が勇者としての適性に優れていなければ。
唯の幼馴染であれば、全てを伏して答えを選ぶことも出来たかも知れないのに。
その選択肢を選べないからこそ、全てを明かした上で話す必然性を抱えている。
……少なくとも、俺はそう思っている。
「……だったら、いつ?」
「そう、だな……」
そして、彼女には。
『相談』という名目を以て、内心を口にした少女には。
仮面の裏側を吐き出せる数少ない相手に対しては。
質問できる権利も、全てを台無しにする権利だって持っている。
今の俺達の関係性は全員の内側でだけ成立している。
外側が成立する為に、動き回っている最中に。
其れ等を告げられてしまえば――――終わってしまうのは、間違いない。
例え、乃木や鷲尾の一族の長が黙認していたとしても。
事情を知り、娘の意思を知り。
その上で彼等に出来る最大限の譲歩として黙認してくれていたとしても。
『大赦』は、その選択を許すことはないだろうから。
「……近々。 問題がなければ、全員で話し合いができると思う」
思い浮かべたのは、風先輩について。
そして樹ちゃんという妹さんとの関係性について。
彼女が、もしそれを受け入れるのならば。
その時こそ、事情を明かすときであるのは間違いない。
「……それまで、待つの?」
「……何が言いたいんだ?」
返事に対するは、少しばかり不満そうな顔。
ごく身近な相手にだけ見せる、微かな欲望を見せる顔。
「待つから」
利子、貰っても良いかな。
そうして彼女は――――唐突に。
両手を開いて、俺へと飛び付くように抱き着いてきた。
危ない、と思いながらの衝撃を支え。
腕の下、脇の下を通すように腕を絡められて離れることを拒否するようにしながら。
昔であれば、幾度も有った……身近な距離で。
当たり前のように、呟いた。
「ずっと、待ってるから」
多分。
それは、彼女の精一杯の呪いの言葉。
・原作とかなり違う感じはありますがそもそもベースで初期が違うのでこうもなります。
・唯、精神安定度のみで言うと初期から大満開の章後に極めて近い状態です。
・無理はしない。
・誰かに無理はさせない。
・必ず頼る、相談する。
・そして――――後で甘えさせて貰えばいいから。