葦原天理は巫覡である 作:氷桜
温度計を見る。
38度……の半ばを行ったり来たり。
――――熱で頭が上手く働かない。
(……一応、連絡は出来たから……。
後は樹の様子と、学校……か)
額に手を当て、深い深い溜め息を漏らす。
壁に手を当て、目の前が歪む中でゆっくりと動き回る。
それは、私自身がしなければならないこと。
しなければならなくなってしまったこと。
使い捨ての熱冷ましシートを張りながら、それでも対して効いていないように錯覚してしまう。
(朝ご飯……は……包丁握るのが怖いわねぇ……)
かと言って、引き続き熱を出し続けている妹にさせるわけにもいかないし。
それとは別の問題もあって、現在は台所に立たせたくない。
……自分でも少しは、ほんの少しは自覚し始めているらしいけれど。
私の教え方が悪いのか何なのか、良くなる傾向は未だに見えないし。
(でも、何かは……最低でも飲まなきゃ駄目、か)
そもそも――――飲み物は有っただろうか。
冷蔵庫で麦茶を煮出していたのが残っていた気はするけれど。
今必要とする栄養素……或いは飲み物という意味では少し外れている気もする。
スポーツドリンクの類はもう置いていなかったはずで。
こうなるのが分かっていたら、昨日動ける段階である程度買い溜めておいたのに。
自分へ舌打ちをしながら、弱った身体で……頭ですべきことを纏め。
少しずつ、身体に無理をさせながら行っていく。
樹の調子の確認。
昨日よりは下がったようだけど、それでも熱は続いている。
「ごめん、お姉ちゃん」
「良いのよ、こういう時くらい」
私の額に張り付いた、自分と同じものを見て。
そんな風に謝る妹へ、私は笑顔を作れただろうか。
そして……そんな私に気付かれなかっただろうか。
完全に動けなくなる前に、寝床に色々と用意を重ねる。
空いたペットボトルに水と砂糖、塩を混ぜて。
お互いの部屋へと用意して。
何かしら固形物……消化に良いものでも食べなければ、と思うけれど。
それを用意する為の準備が、純粋に身体への負担へと変わっていく。
(……食べなきゃ良くならないのは……分かるけど)
それをするのが辛い、という時点で違和感が凄い。
饂飩だったら何杯でも行ける私が、食事自体を倦厭している。
だったらせめて眠らなければ、と思うのに。
寝床に辿り着くまでが、奇妙な程に遠く感じてしまう。
それでも、動き出さなければ。
でも、その前に連絡を――――。
(……昔だったら、お母さんがやってくれたのにね)
……やはり、弱っているのだろうか。
唐突にいなくなってしまった二人。
お父さんとお母さんのことを思い出してしまう。
ゆっくり、ゆっくりと壁沿いに進もうとして。
足を止めてしまって――――そのまま、壁に身体を押し付けるように呼吸を繰り返す。
その際に発生してしまった被害者達。
大赦側からも出たらしい、幾人かの中の二人が……私の両親だった。
私達に甘い、優しい父だった。
私達に厳しい、しっかりした母だった。
けれど、何方も私達を愛してくれていたのは変わらなくて。
だからこそ……いなくなってしまった時に思ったのは。
『なんで?』
――――そんな思い。
(……思えば。 あの時に、足を止めてればこうなってなかったのかしら……ね)
事故に巻き込まれたから、という事だったから。
私達が大人になっても生きていけるだけの……多分それには少し足りないお金は出た。
けれど、家は出ていかなければならず。
親戚付き合いも、面倒を見てくれる人もいなかったから。
……そして、私は原因を知ろうとしてしまったから。
大赦に絡め取られ、今こうして使い走りの片棒を担がされている。
(……知らない方がいい、ってことも多いって勉強にはなったわねえ)
苦笑いが浮かび、同時に酷い頭痛を覚えて頭を抑えた。
精神的な疲労。
肉体的な疲労。
……そして、似たようなものを背負っているらしい後輩達。
彼等を見ていると、負けてはいられないという気持ちが半分。
もう半分は――――口にも出したくない、負の感情が渦巻いている。
(……頼れば良い、って言ってる当人が頼れないんじゃ。 本末転倒だわね)
唐突に大きくなり、小さくなる頭痛や胸の痛み。
其れ等が深呼吸を重ねることで治まり始めたのを確認し……動き出そうとして。
そんな折。
ぴんぽん、と来客を示す音が部屋に響いた。
「…………あれ?」
こんな朝から、来客?
……とは言っても、身体がまともに動かない。
そもそも、私――――鍵、閉めていたっけ。
そんな、ぼやけた脳裏に走ったちょっとした失敗。
ただ、現在で考えると……それは致命傷のように感じて。
気持ち悪さが先行する背筋に、更に一滴。
冷や汗が混ざったのが分かった。
(……どうしよう)
音を鳴らしたのなら、来客だろうか。
普段なら私……そうじゃなくても樹が直ぐに出てくれるけれど。
今の私達は、何方も身動きが正常に取れない状態だから。
『……先輩ー?』
『てんくん、鍵開いてるよ?』
『……本当ね。 でも、それなら好都合かしら』
ぐるぐると回る頭。
増していく頭痛。
くらくらとふらつく身体。
声も、何を言っているのかも分からないまま。
ただ、確かに。
がちゃり、と戸を開くような音と。
『先輩!?』
自分が倒れたような……ずるずると身体を地面に沿わせたような、鈍い感触と。
誰か、知っているような声色が……直ぐ耳元で聞こえた気がして。
不思議と、自然と。
意識を手放していた。
幕間-2で目立たせたい候補@組選別
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