葦原天理は巫覡である 作:氷桜
学生らしさもちょいちょいやりたいから、とどんどん長くなる……
数日後。
手足に付いた擦り傷に薄皮が張り付き、元の状態に戻り始めた頃。
それまでの間、妙に周囲の少女達常に張り付いているような感じは有りつつも。
状態は復元し、再度運動をし始めたり……色々な出来事を熟したり。
或いは、あの日に俺とせんちゃん以外が感じ取っていたものを詳しく聞かされたり。
新たに始まった幾つかの日常に慣れつつあった、そんな日。
「そーよね、そろそろそんな時期よね……」
放課後。
部活動でやるべきことが何もないのを確認した後のこと。
ぐったりとした様子で
「口動かすより手を動かしてくださいよ、風先輩」
「動かしてるの見えない?」
「俺の目には見えないですねぇ……」
なにをー、と叫ぶ声も何処か元気がない。
まあそうなるのも分かるし、俺達全員も同じように疲弊を滲ませるような理由もきちんとある。
それに、準備が少しばかり早すぎる感は無くもないのだが……。
「風さん、天理さん?」
「「はい」」
絶妙に笑っていない笑みと声。
極寒を思わせるような背筋を震わす声が同様に部屋の内側に響き。
二人合わせて……いや、部屋の中にいる全員が恐らく心の中で似たようなことを思ってる。
つまり、『恐怖心』を思い浮かべている……と思う。
(……ま、準備しておいて間違いはないし。
何より、今回ばっかりは
学生、それも中学生以上であれば定期的にやってくる恐怖。
年に五回か六回、将来を決めるという意味合いでも当然に大事なものであり。
自分の学習度合いを測る、という意味でも貴重な機会である定期試験。
一学期の期末試験、という逃れられないモノまで一月を切った……というのも有り。
それに合わせ、仮に一科目でも赤点になれば
夏休みにしなければならないことが埋まっている俺達からすれば、普段よりも更に重要度が増す試練。
そんな存在をポロリ、と漏らしたのがいけなかったのか。
或いは以前と同様、試験勉強しなきゃなーと話をしていたのを聞いていたのか。
『少し早いですが、試験対策を少しずつ進めませんか?』
自分達の頃の予定と合わせて考えたのか。
せんちゃん辺りを経由して情報を整理したのか。
今朝方。
朝食を取りながらの提案と言う名の実行予告が為され、今がある。
「まぁ、ふーみん先輩がそうなる気持ちは分かるんよ~」
横から聞こえたそんな声に、再度動かそうとしていた手を止め。
ちらり、と風先輩と……彼女へ教えるひなたと若葉さんの姿を目視する。
両端を挟まれ、手が完全に止まる度に色々と
間違いなく成績は上昇するだろうが、アレはアレで辛いものが在ると思う。
「おいおいそのちゃん、俺はどうなんだよ」
「てんくんは言わなくてもやってくれるでしょ?」
「無条件な信頼だなぁ」
多分、今ノートに書いてる推定猫科の謎生物を見咎められたら怒られるぞ。
まぁ、俺はスルーするけど。
ぼそぼそ、と雑談をする程度で先程は聞き咎められたのだが。
今は何事もないかのようにスルー。
「頭が燃え尽きそう……」
「……前々から思ってはいたけどさ。 友奈って勉強苦手?」
「嫌いじゃないんだけど……頭が痛くなる感じはあるんだー」
「ああ、それは分かる……ちゃんと理解できると別なんだけどなぁ」
「うん、大事だからやるしかないけどね……」
卓袱台を挟んで反対側には銀と友奈。
見る限り知恵熱を起こしそうになりつつも、何かを確認している。
以前は無条件で逃げようとしてた銀も成長したな……と思うのは何目線なのだろう。
「基礎的な所は私達の時と変わらない……か。 これなら教えられる範疇だ」
「なので、分からないことがあれば直ぐに聞いて下さいね?」
「うう……」
……もう一つの集団からは目を逸らす。
樹ちゃんはタマ先輩とか杏さんと一緒に遊んでるんだか調べ物をしてるはず。
面倒を見て貰ってる、と言う認識があるからか……風先輩は逃げ出せない部分もあるんだろう。
(……そういや)
何故だろうか、とふと浮かんだ疑問ではあるが。
俺と風先輩のああいう会話の場合、話が無駄に広がって時間が伸びるからだろうか。
未だに短い付き合いではあるが、その程度は既に理解している自分もおり。
周りからしてみれば至極当然と受け止められている可能性さえある訳で。
(色々
思わず内心で深い溜息。
ほんの数年前までは何事も無い、唯幼馴染っぽい何かがいるだけの子供だったのに。
気付けば周りが女子まみれ。 それに全員が全員種類が違う美少女揃い。
色々と気を使う部分もある訳で、こうした感情はふと浮かび上がってきてしまう。
『何を…………と言うのは流石に不憫か』
『男子同士の、話をできる友人がいないというのもある気がしますね……』
『男の子ってこういうものなのかなぁ?』
当然のように同じ視界、そしてある程度の思考を共有する側からの呟きが聞こえる。
俺くらいじゃないのか、神々に憐れまれてるの。
いや、そもそもこういう状況になりうる事自体がおかしいってのは置いといて。
後たかしー、俺自身が言うのも何だが……もっと馬鹿みたいな会話してることのほうが多いぞ。
まぁ、
……なんでこんな事を援護しなきゃならないのか。
「はいはい、雑談は其処まで。 天理くん、此処についてだけど」
少し遠い目をしそうになり。
けれど、そのちゃんの反対側に座る少女の質問とノートに意識を取り戻す。
ふわり、と漂ってきたのは……何かの香水だろうか。
一瞬感じただけではあるが、嫌いな香りでは無かった。
「えー…………ああ、それならこの公式使えば一発だと思うけど」
「ただ、その前に両辺をこれで割るのよね?」
「の……筈。 そのままだと公式の定義外になるし」
提示されたのは教科書とはまた別の何枚かの紙。
数学の授業で配られる、教科担当が態々作り配っている問題が何問も記されている。
そんな中の一問への至極真っ当な、純粋な疑問。
恐らく彼女自身も九割は解けてる、その上での確認に近いと思う。
丁度教科書の例題を復習していた、というのもあり。
暗算で軽く確認したが……うん、間違い無さそう。
「……なら、なんでこう中途半端な結果になるのかしら」
「ちょっと見せて」
ふぅむ、とペンを口元の辺りに当てながらの疑問。
どっかで単純ミスしてる気もするので確認させて、と身体を伸ばす。
出来る限り身体が触れないようにしつつも、それでも幾らかは触れてしまう。
もっと濃い接触はしているはずなのに……気恥ずかしさが浮かび。
けれど、勉学の方へと改めて意識を向け直した。
ああじゃない、こうじゃないと言いつつも文字列に指を当て。
自分用のノートを近付け書きながら、話しながらの推察。
「……本当だ。 最後が分数に落ち着くな」
「でしょう?」
「え~、どこどこ~?」
横からのそのちゃんの乱入。
これ、と問題を指差し三人で顔を突き合わせながら確認していく。
……そんな風に、頭を暫く使っていたからなのだろう。
ちらちらと向けられる目線の幾らかに気付くことが、出来なかったのは。
そんな、学生としての普通の行動自体に。
羨ましさにも似た感情が滲み出ているのに、直ぐ様気付けなかったのは。