葦原天理は巫覡である 作:氷桜
ぺらり、と捲られる紙の音。
手元で一つ、少し離れた場所で一つ。
そして隣で一つ。
少しだけ離れた場所では誰かを呼ぶ声が聞こえ、硬質性の床を叩く足音が幾つか響く。
「…………ん~……」
いつだったかと同じように、足を伸ばした市立図書館。
試験勉強を早めに切り上げ、そして勇者部としての活動も
けれど以前と比べ、更に一人頭数が増えた状態でこの場所にやってきている。
手元に広げ、読んでいたのは”日本書紀”。
それも、分かりやすく口語訳した物を更に低年齢向けに書き直したモノ。
ただ、この周囲に薄っすらとではあるが埃が残っていることから察するに。
殆ど読まれていない……少なくとも、俺達が以前手に取って以降誰も読んでいないようだった。
「相変わらず不人気な……」
まぁ、特に今の状況……それも大赦にある程度学習の方向性を弄られている以上。
外の状況を秘密として隠し、そして公開するつもりもない現状。
本当に興味を持つか、俺のような異常な何かでも身に着けていなければ手に取らないか。
「……そういうものじゃないですか?」
独り言、それも周囲に響かない程度に口にしたつもりだったのだが。
数冊の本を持ち、机に置きながらの返事が聞こえる。
……どうやら、この程度の音量ならば指摘されないものらしい。
まぁ、職員の近くで口にしていい内容でもないから……出来る限り密やかにするのは変わらない。
「その本でいいの?」
「はい。
苦笑いを浮かべた、戸籍という意味合いでは未だに存在しない少女の一人。
読書家であり、ある意味で軍師のような役割を持つ知識家の少女。
杏さんと共にやってきたのは、彼女一人では未だに本を借りられないから。
借りるための図書カード……登録、とでも言えば良いのか。
それを証明できる公的書類の準備が未だに済んでいないから。
もう少し言ってしまえば、
対外的に名乗る名は彼女達で決め、家を貸す契約書モドキはその名前で済ませている。
貸主と借主が同意している以上はそれで済むし、押印に関しても判子を用意すれば済むだけ。
一応の家賃、という形で徴収はしているがその分以上に生活費は渡しているから問題もなく。
生きていくだけならば問題はないが、それ以上を求めると問題になる状態で固定されている。
それを解決する為にも大赦の中で協力者を増やしたいのだが……。
確実に信用できる相手が亜耶を含めて三人しかいないのはどうなのだろう。
(……まぁ、それより先は大人とも話をしてからになるだろうけど)
軽く頭を振って思考を落ち着かせ。
俺自身も読んでいた本を閉じ、小さく溜息を漏らした。
「まぁ、俺は借りたい本があるわけじゃないから良いんだけどさ」
調べ物、そして調査の付き合いという名目だったし。
もうすぐ六月も終わってしまう以上、動き出すまでは其処まで時間がない。
そして、勇者部としての依頼の一つ……以前から出されていた応援の件。
風先輩が色々と交渉した結果、現場に出るメンバーの変動が起こり。
実際に応援現場に出るのが部長である先輩と友奈、事前準備に美森ちゃんと落ち着いたらしい。
向こう側からすると、せんちゃんにも参加して欲しかったらしいが……。
まあ、当人が物凄い表情で拒否してたし。
左耳だけでなく、身体にも傷跡が残る以上は余り強制することも出来るはずがない。
(俺も見せたくない、って言ったら全員から妙な目向けられたなー)
せんちゃんだけは顔を真っ赤に染めて。
何故かワカやヒメからは『それで良い』と言われたのが謎すぎた。
「私は幾つかあったかなぁ~」
「園子先生の新作の種ですか!?」
とんとん、と本の端を整えながら。
そのちゃんの直ぐ側に積まれた本は三冊程度。
基本、どうしても欲しい本以外は購入しない節のある彼女からすれば。
図書館で借りる、という行為を挟む以上はそこそこ気に入ったんだろうか。
服とかコスプレ系列、後はぬいぐるみや俺からの幾つかの贈り物。
そういった大半は大事に大事にするんだから……何が基準なのか良く分からない。
「……ああそうだ、杏さん」
興奮しきりで暴走仕掛けている人に。
未だ幾分でも落ち着きを保っている今だからこそ、質問を投げ掛ける余裕がある。
調べたからこそ気になったこと。
何かが引っかかり続け……以前に聞いたような気もするけれど、細かくは問う余裕が無かったこと。
「はい?」
「色々と本を読み直したから、気になってた事が形になってさ。
知ってたら……ううん、
その微細な違いに気付いてくれたのかは分からない。
本来はこんな場所で聞くべきことではない。
だから、意識を此方に惹きつける意味でも。
そして、隣にそのちゃんがいるからこそ。
理論立った考え方を進められる美森ちゃんではなく、突飛な発想を持つそのちゃんだからこそ。
言いたいことを汲み取ってくれると信じ、端的に問う。
「……はい」
少しだけ、顔が真剣に戻り。
帰宅路は直接アパートではなく、何処か話が出来るカラオケとかになるだろうか、と。
出来れば他の勇者達に聞かれる前に。
……心を許してくれている節がある相手に、というのがどれだけ不義理かは知りながら。
その分に関しては他の面で代償を支払うことを覚悟し、口を開く。
微かに、口内から吐息と言葉を漏らす。
密室に異性を連れ込む、という別の考えをされないか気にしつつも――――。
「皆が眠っていた結界の情報って、結局何処から出た知識だ?」
ほんの少しだけ、聞いた覚えがある。
『元になる知識があったから対応できた』と。
その最初の被験者が杏さんとタマっち先輩であるのなら。
その前の……
それに近しい知識を、どうやって手に入れたのか。
神ではない。
神と具体的に接したのは今、それも俺達が救助する切っ掛けになった部分が大きい。
神樹サマではない。
もしそうであるなら、大赦が秘匿する技術として存在しているはずだ。
ならば――――。
「…………多分、ちゃんと聞くなら若葉さんの方が良いと思います」
それでも、少しだけなら。
目の前の本を、改めて手に取り。
その双眸は、何故か俺へと強く向いていて。
言葉にしづらい感情を内包しているようにしか思えなかった。
「……私達は、傍で聞いていただけですから」
そんな言葉を、耳元に残しながら。