葦原天理は巫覡である 作:氷桜
その名が刻まれているのは古事記の一節。
主に司るとされるのは武神や軍神としての側面と、水神・風神としての農業の一面。
合わせて五穀豊穣へと繋がる両側面を持つ……ある意味では分かり易い武神の系譜の一柱。
父は神樹サマの中心と化している大国主大神、兄は事代主神とされており。
――――国譲り神話として記された、天の神へ葦原中国を譲る話に登場する存在で。
その話の結果、諏訪の辺りまで逃げ延びたという逸話に落ち着く……力を持った神。
「……って感じだっけ?」
「……良く調べてらっしゃいますね」
手元の自作資料を開き、思い当たる部分に指を当てながらの返事。
少しだけ呆れているような、同類を見るような表情へは苦笑を浮かべ。
何かを思いついたように書き殴っているそのちゃんへは目を向けないようにしている。
「結界絡み……って言うよりは
どうしても俺達が扱える技術、借りる加護や力は前例があるものを利用する形に近付く。
逆に言うなら、前例が存在するのならそれに近い現象を起こすこと自体は不可能ではない。
だからこそ、古事記やら日本書紀……或いは純粋な神道の祝詞とかも含んでか。
儀式を伝える資料は個人的に纏めるようにしているのだが……多分それは杏さんも似ている。
以前に話を聞いた限り、もう少し戦闘に直結した戦術などを中心として。
己の精霊やその能力、副作用などを重点的に調べているらしい。
主体となる知識分野が異なるからこそ。
別の発想や余り見ない知識を学べる……という意味でこういった意見交換は大歓迎なのだけど。
何故か知らないが喜んで参加する人員が固定化されている始末。
と言うか今のメンバーに加えて美森ちゃんが追加されるくらいなのはどうなんだ、本当に。
……ああいや、ひなたとか亜耶も知識交換って意味合いではやってはいるか。
「……やっぱり別の場所にも勇者……じゃなくてもさ。
同じ感じで力を借りて戦う人たちはいたのかなぁ」
「まず間違いなくいたとは思う。
現在まで残ってるかは別問題としても、襲来した時は特に」
「何かそれに値する情報ありましたか?」
ずるる、と既に飲み物は空となり。
溶けた氷が移り変わった水を啜るそのちゃんを辞めさせつつも。
もし他に力が借りられれば、という理想を交えた言葉へ、俺の考えを伝えていく。
「せんちゃんの例で分かってることだけど、冥府に関する神は基本優しいんだよね」
そう言い伝えられているから、必然的にそう変わっていく。
人と神の関係性は一方通行でなく、時間を掛けることで相互的に影響を与え合う。
だからこそ、神に対する間違った……或いは偏った見方は
俺達のような立場、或いは俺の家のような神道の流れを汲む立場の場合。
その流れを矯正する、正しい知識を与えるという役割を隠し持つ。
……それなりに大事な仕事の一つだったりするらしいが、子供じゃ分からねえよ。
「……え、それだけ?」
「そんな事言わないよ。
まぁ、分かり易い例で言うなら冥府神だろうけど……。
例えば守護の女神とか、トリックスター型とか。
一方的な状況を望まない神なら先ず力を貸しただろうしさ」
あんまり西洋方面は調べてないんだけど……バナナ型神話とか言うんだったか。
神話の成り立ちが西洋と東洋のモノで似通う、って資料は一回目を通した覚えがある。
大赦の検閲が入った本ではあったようなのだが、問題はなかったのだろうか。
「ああ……人のことを好む神っていますもんね」
胸の内側で聞こえる声を聞き流しながら、両手で烏龍茶を飲む杏さんを遠目で眺める。
……いや、『力を誇示するのが好きな子でした』とか『勇気があるやつだった』とか。
血縁関係があるとしても、だが。
すっごい微妙な感情が浮かぶから、そんな事をしみじみと話さないで欲しい。
……後たかしー、それに対していちいち『へー』とか言わなくていいと思うよ?
「で、てんくん」
「んー?」
別の話を聞くことにも慣れてしまった自分を第三者目線で眺めつつ。
細かくは二人に聞くしか無いよなぁ、と。
この後の話の着地点を見出そうとし始めた矢先。
「別の勇者の存在については分かったとして、だけどさ~?
それに対してどうするつもりなのかなぁ、って」
……どうにも目線がねっとりしてると言うか。
大丈夫かどうか、を疑うような目の色をしているそのちゃん。
まあ、その理由に気付かないほど鈍いつもりもないが。
「無論、力になってくれるならそれに越したことはないけどさ。
それより前……
要するに、見え隠れさせているのは嫉妬。
実際、そういった感情一つで左右される重要な事態は少なからず存在している筈。
彼奴が嫌い、此方のほうが好き。
そんなほんの少しの好悪で変わってしまうとは思えないけれど。
「……私達を置いていかないんだったら、てんくんに任せるけど。
置いて行っちゃうなら、私達が閉じ込めちゃうからね?」
「しないよ」
冗談交じり。
ただ、その内の何割かは間違いなく本気。
それだけのことをしてきたからでも有り、それだけの感情を抱いて貰ったからでも有る。
そして何より、実際のところ――――若葉さん達次第でしかないのだから。
(出来れば結界技術の本元、ってのもあるし助け出したいんだけどな)
そうする余裕が今あるのか、と言われると首を振る。
実際やれるとしても夏休み明け……もしくは終わり。
もっと動きやすい手を増やして以降になる、というのはまず間違いない。
『国土』の名前を持つ少女一人を、これ以上一人にさせたままにする危険性もあるし。
そして何より男として、女の子をそのままにしたくはない。
「……言ったからね?」
「大丈夫だよ」
何度も言わなくても。
何しろ。
「もしそうなるなら、俺がそのちゃん閉じ込めちゃうからね」
「ぇ~、お姫様役かぁ~」
「……もしそうなら、私が天理さんを閉じ込めましょうか?」
「うわ、横から乱入者が増えた」
くすくす、と笑い合いながらの物騒な言葉を投げ合う。
雑談、歌唱、幾分かの精神安定。
それらを兼ねた、極短いカラオケでの一時。
そんな中で、俺だけが聞いてしまった半分神様からの一言。
『……
探しておくね、と返事をする前に勝手に決定された事象。
――――何かが、少しだけ本来の道筋から逸れたような。
そんな、不可思議な感覚が……微かに胸の中に残り続けていた。