葦原天理は巫覡である 作:氷桜
更新ペースは不定期だと思います。
序-1
「ただいま! そんで行ってきます!」
そんな言葉を玄関で叫び。
ランドセルを玄関先に投げ込みながら、財布だけを手に外へ飛び出した。
「あっ……こら!
後ろに叔母さん……
帰った時が怖いけれど、今日ばっかりはそんなことは後回しにする必要があった。
(週に一回の約束の日だもんなー)
目的の場所に向かうまでに、なんとなしに天を見上げる。
太陽と、流れる雲と、そして青空。
何の変化も無く。
普段通りの快晴にしか見えない空。
けれど、そんな日常の一秒一秒で。
神樹様に依って俺達が護られている、という言葉を正しく受け入れられる人間がどれだけいるのだろう。
『この世界の外はウィルスによって汚染されている。』
そんな言葉を、生まれた頃からずっとこんこんと聞かされ続けていれば。
感想は大きく分けて二通りに分かれてしまうと俺自身は思う。
「心の底から感謝し、信仰する。」
「惰性的に言葉にし、何となく周りに合わせる。」
毎朝毎日、欠かさず行われる……捧げられる感謝の言葉。
少なくとも。
俺の男友達の何人かが「何となくでやっている」と、口にしていたことを思い出す。
それでも、神樹様の存在と。
神樹様の言葉を受けるとされる巫女様と。
『大赦』という組織を否定するやつなんか誰もいやしない。
(……実際、口にしたら酷い目に合うって話だしなぁ)
けど普通じゃない目に遭う、というのは何となく皆が知っている。
それだけの力を持っているらしい、良く分からない組織。
勿論、そんなことを口にしたことがあるわけじゃない。
でも。
俺自身は、
「っと、此処だ此処」
自宅――――叔父さんの家から歩いて15分程。
後一時間程歩けばショッピングモール……『イネス』が見え始める。
けれどその手前の、人が余り立ち入らないような雰囲気の小さな公園。
森に面していて、その雰囲気から不気味さのほうが有名そうな場所。
実際、俺の知り合いに好き好んで此処に入ろうとするやつは誰一人としていやしない。
一番近い自動販売機で飲み物を二本買う。
一本は水で、一本は俺の好きなジュース。
両手に飲み物を抱えながら、小さな公園の森の中……木で隠された一画へと足を進めた。
「うぇ、ぺっぺ……口の中入った」
最近は暑くなり始めたのもあって、小虫も増えてきた。
でも、ある程度進むとそんな雰囲気は完全に立ち消える。
(……やっぱり、不思議な場所だよなぁ)
入れる相手を制限しているような、奇妙な感じ。
空気が澄んでいる、とか表現するのが正しいらしいんだけど。
外の空気とあまり差が分からず、毎度の如く怒られているそんな中心。
「来ましたよー、お二人様」
誰も手を入れていない、苔だらけの石で出来た何かが置かれている。
その中に入っているのは和式の小さな人形が男女で二つ。
その人形に、
『遅い!』
『まぁまぁ、
男性にしてはやや甲高い声。
女性にしてはやや低い、落ち着いた声。
(相変わらずだなぁ)
なんて、呑気な表情で二体を見つめ直した。
『おい、何だその瞳は。 そもそも何故遅れた!?』
「こないだ来た時に言ったじゃん。 掃除当番だよ」
直ぐ忘れる、とまでは言わないけど聞いてくれないんだよなぁ。
直してくれないかな、という意味を込めた目線を不服と思ったのか。
小さい身体を無理に動かしながら声を発する。
『それにしても天理。 貴方がそのような立場なのですか?』
「これに関しても前にも言った通り。 俺はそんな変な立場とか何も知らないって」
もしかすれば、本家筋……叔父さんなら何か知ってるのかもしれないけれど。
そういったことは父さんを含め、何も教わった記憶がない。
『
「って、言ってもなぁ……」
頭を掻きながら、木々で覆われた空をもう一度見つめた。
既にこの世にはおらず、大赦の言葉を信じるのなら神樹様の下に旅立った父さんと母さん。
なにか少しでも情報を残して欲しかった――――以前暮らしていた家や、財産だけじゃなく。
もう少し、一緒に暮らしていたかった。
「それを言ったら、二人だっておかしいだろ?」
けれど、そんな感情を表に出しても同情されるだけ。
すっかり慣れてしまった、心の奥底に隠す為の作り笑顔を浮かべながら。
「『ヒメ』に『ワカ』なんて、良く分からない人形が喋ってる状態だし」
『何が良く分からないだ! 由緒正しい身姿を貴様……!』
『まぁまぁ。 ……数百年ぶりの
巫覡。
名字、名の持つ意味。
言霊。
神樹。
大赦と、それに連なる家系。
神世紀296年。
小学四年生の俺、
何も知らないまま、少しだけ変わった日常を生き続けていた。