葦原天理は巫覡である 作:氷桜
「――――ごめん、良く聞こえなかった気がするんだけど?」
軋んだような、良く聞き慣れた声がして。
気付けば、彼女の――――そのちゃんの手を机の下で握っていた。
手に掛かる力は相応に強く。
爪が皮膚に突き刺さる程に握り締めたそれを包み込むようにしながら。
他二人も、多かれ少なかれ表情に出そうになったそれに先んじるように。
これ以上に怒らせることを防ぐ為に、一歩先に口を開いた。
「……意味は良いです。 何故?」
俺達にとって、その言葉。
恐らく、この場所に風先輩がいれば咄嗟に殴り掛かりでもしたかもしれない。
それ程に侮辱されている、とも感じ取ってしまう言葉。
ただ、目の前の三人はそんな事を実行する連中の仲間では決して無い。
それを良く知るからこそ、激昂し動き出す寸前で踏みとどまれた……そう感じている。
「……先ず、前提として。
次代の担当もおそらく貴女方になるのは先ず間違い有りません」
それは……まぁ、今の状況が認められているのを含めて納得できる。
と言うよりも、集めている人員への本気の加減から考えても。
念の為程度に散らしている候補たちのことを考えたほうが良いんじゃないか、と思う程で。
……恐らく、考えていなかったのだろうな、と。
諦めが浮かんでしまう程度には、信用も信頼も失われている組織への感情。
「そうなった場合、問題となるのは他の候補達の事。
そして、これからのことについてです」
一度、唾を飲み込んだのが分かった。
それ程までに緊張するようなことを、口にしているのが分かるからこそ。
先程までの、やや親しげだった口調からは一転し。
言葉を奉じている、とでも言えてしまう目下からの言葉へと切り替わっている。
「それで?」
「始まりは……御三方の御役目が始まってから根回しが広まっていたそうです」
言葉尻が強く、言葉が端的になってしまうのも仕方ないとは思う。
それだけの荒れ狂う感情を内心に抑え込みつつ、的確に言葉を放つ美森ちゃん。
……一通りが済んだ後、全員の気分が落ち着くまで付き合う必要はあるが。
俺自身も、そうしなければ多分……無意識に変な行動に出てしまう確信があった。
「曰く、
此方から破ったわけではないのだから、動くことでの不都合はこれ以上に発生しない。
何より――――神樹様の加護があるのだから。
その為の土地を奪取するのは今を於いてない、と」
そして、動き出した理由を聞いて。
怒りを表に出さない、というのも限度があるものだな……と。
少しだけ離れたところで眺めている自分自身に気付いてしまった。
多分、それは。
とある側面だけ……神樹サマを無心に崇め続ける
結界を作り出すために行われた儀式の事を知った上での言動である、と理解して。
自分達に不都合が起きないからこそ無造作に立てられた計画、だと感じてしまう自分がいた。
「……どう思う?」
「色々な事を無視して言うなら……巫山戯るな、かしらね」
「全部蹴飛ばしてなかった事にしてきても良い?」
「気持ちはよーーーく分かるけど一旦落ち着けー」
それでも。
自分以上に怒っている、を通り越して物理的な手段に手を出そうとするのはどうかと思う。
ので止める。 今は止めざるを得ない。
実際、相手方からすれば……成し遂げたことを考えれば、決して頭が上がらない少女達。
その結果を利用して行動に出ようとする、というのは明らかにどうかと思うし。
これ以上に、とは言っても再びに襲来する未来はある程度以上の確率で存在する。
何より――――そうである、と。
神託に似た何かが降りるのであれば、それは確実視出来る内容だろうから。
「すいません、其処までは良いんですが……亜耶との繋がりがまだ見えないんですが」
「あ……ああ、そうですね。 とは言っても、今の内容で半分以上は伝えているのですが」
話を進めて欲しい、と懇願し。
目を白黒させながら、安芸先生はこほんと一つ咳をした。
余り怖がっていないように見える……というのは、俺の見間違いなのだろうか。
「上の何名かが立てた計画では、立場が浮く候補者達をそのまま一箇所に集め……。
その場所を起点に運用する予定のようです。
そして、その活動には巫女が……神樹様と深く繋がる役割を持つ人物が必要とのことです」
「天理様には……以前にお話しましたよね?」
……その内容に、どこか引っ掛かるものがあるとは感じ。
何だったかと記憶を掘り返そうとして。
「……ああ、あの場所での話のことか?」
亜耶の言葉に、軽く片目を瞑りながら言葉を思い返す。
たかしーに引き込まれた特別な場所。
神樹サマへと直接に接することが出来る裏道。
其処での出来事を思い出せば……はい、と。
嬉しそうに、花のような笑みを浮かべるのを見て。
……握ったままのそのちゃんの手に力が入るのが分かった。
「……そうか、あの場所での話からもう其処まで進んだ……ってことか」
「何処かで聞いていたり?」
独り言として呟いた一言。
ただ、それは思ったよりも周囲に響き渡った。
「ん………………」
幾つも向けられる目線。
特に……怪しむような色合いのものが二つあるのは致し方ないとして。
事情をある程度しか知らない、大切な人と呼んでくれる少女の色合いはまた別。
何とかしてくれる、とある程度以上に理由もない信頼の色。
それに対しては、その気持ちに負けたくはない。
(――――事、此処に至っては隠すような理由も必要性もないんだよな)
寧ろ、今話をしなければ多分後で
ただ、それは俺の特殊性の一端を明かす事。
そうしてしまえば……今は乗り切れても。
全てが解決するか、その手前には。
恐らくは大赦の中に取り込まれ、逃げるような事は決して出来なくなるだろう。
(……今更か)
勇者、という役割からは逃れられない。
巫女、という存在からは逃れられない。
なら。
巫覡、という在り方くらいからは逃げてはいけない。
背後の、隣の席の三人へと頼む声を投げ掛けた。
途端に鳴った、椅子の向きを変えるような物音と。
「……私達の懸念していた通りでもありますからね」
お任せください、と。
静かに呟く、けれど逆らうことを許さないような。
物静かな圧力の入り混じった声。
「…………はい?」
初めて、三好さんの完全な気の抜けた声を聞いた気がする。
黒髪の少女が二人、そのちゃんに似た色合いの髪色の少女が一人。
その視線はどれも重みが強く、目線自体に力が籠もっているのも明白だった。
「話は聞かせて貰った」
「あの……すみません、貴女方は?」
色合いの共通点。
雰囲気の似通う部分。
その手に握る、大型の荷物入れ。
明らかに何処か不釣り合いな存在達。
だからこそ、口にしてしまった先生のその質問。
「……名前で言えば通じますかね?」
「言わなければ通じんだろ、何年経っているか分かっているのか?」
「夫婦漫才は良いから、早く名前くらい言いなさいよ」
誰がだ、なんて言いながら。
極自然に、大赦の人間だからこそ目を見開く名前を宣言する。
「では……私から。 上里ひなたと申します」
「乃木若葉だ」
「郡千景……私は別に必要ないと思うけど」
お見知り置きを、なんて言いながら。
一切目が笑っていない、笑みを。
二人に対して向けているのが、横からでも分かった。
徹頭徹尾被害者でしか無くて可愛そうな二人……