葦原天理は巫覡である 作:氷桜
校舎から外へ出れば、肩に冷たい物が滴る。
空を見上げれば少しだけ黒ずんだ雲が浮かび。
校庭には生徒の顔は何もなく、校舎の中でこそ掛け声が響いている。
「……空梅雨、じゃなかったのかなぁ」
愚痴混じりにそんな事を零しながら。
一人校門へと足を進めれば、傘を差して立ち尽くす女性が一人。
男子……と言うよりは女子の方に人気がありそうな凛とした姿。
手元には折り畳みの傘が一本と、自分で差している紺の傘。
その背に竹刀袋のような背負い袋を持った、金色の髪を持つ少女。
「……もう良いのか?」
「余り待たせるわけにも行かないじゃないですか……若葉さん」
七月頭。
少しばかり遅く始まった梅雨は、未だに終わる様子も見せず。
そして同時に、前回のやり取り以降に定められた
「私は構わんぞ、何にしろ自主学習をするくらいしか無いのでな」
「俺が困るんですって」
とは言っても縛られるのは俺達全員。
そして、その動きもある意味単純で――――そして半数程度は関係の無い事。
つまり……初代勇者と俺、累計六人の単独行動の制限。
これ自体は単純な推測と心配から発生したことで。
そして、その万が一が発生したときに取り返しが付かないからこその実行。
以前に
大赦側の一部に明かし、そしてその身分を公開してしまえば再びに飲まれる政治という沼。
この二つへの同時の対抗手段として用いれるのは、極めて単純な暴力と精神力で。
片方を持たない俺への対応として、暫くの間。
具体的には夏休みが終わるまでを一区切りとし。
外にいる時は誰かしらが常に付いている……という話だったのだが。
「にしても……園子も困ったものだ」
「仕方ないと思いますよ……
俺がこうして一人で学校から出。
そして若葉さんと待ち合わせるようにしている理由は割と単純。
勇者部に持ち込まれた依頼に、女性限定という縛りが書かれていたから。
しかも、その内容が好きな相手への告白とかデートとか……まぁそっちよりの話だからさあ大変。
やる気になってしまった皆に頭を下げられつつも、興奮する有様で。
こういう所を見るとやっぱり女の子ってこういうの好きなんだなぁ、と遠い目になったりもした。
代わりとばかりにそのちゃんが手配したらしいのが若葉さん。
全く、と言っているけれど……その顔は何処か満更でもないような気がして。
余り深掘りすることでもないな、と思い直して肩を並べた。
行きましょう、と声を掛け。
何方ともなく足を向けるのは、直接的な家ではなく……此処最近の常になっている一軒家。
余りに遅くなる時、或いは四人が強く望んだ時。
家で彼女達の要望に答える事もあるけれど、今は特に立ち寄ることが前提と成っている。
そんな単純な理由もまた。
少し先の準備と……期末試験前の勉強、という二大理由。
(……最近、一つのことに集中出来るってことも減ってきてる、か?)
受け取った傘の先。
足元に落ち、ぱしゃりと跳ねた水を靴で軽く蹴る。
内側へ染み入る感覚と、内側を埋め尽くす気持ち悪さ。
そんな事が分かっていても、何となしに蹴ってしまうのは嘗ての癖の焼き直し。
身近にいたのが銀くらいの――――ほんの二年程前だと言うのに、奇妙な程に遠く感じる。
「しかし」
「はい?」
傘を叩く雨音は一定で。
互いの声は、肩を並べているからこそ聞こえるようなもの。
普通にしていれば、邪魔だと判断されることではあるのだが……。
裏道、殆ど歩行者しかいないような道を通る以上。
そして万が一の時に互いを支える関係上。
隣り合う、という
「妙にひなたが動きたがっていたな、とな」
「あぁ……」
救助した、という繋がりを持つ彼女達。
その中で、俺と幾つかの共通点を持つひなたは妙に積極性を見せることも多い。
その理由は……何というか、あの結界の中で奪ってしまったモノへの
それは、目の前の女性に対しても同じことを行っているからこそ。
一瞬傘の内側の唇へと目が向き、無理矢理に目線を真っ直ぐへと戻す。
「昔はどうだったんです?」
「昔……そうだな。
大社の内側……巫女としての修行を除けば、今と余り変わらなかった気もする」
各々の勇者-巫女のラインの構築、接触。
五人の勇者達との同居、家事や生活の補助、日常を過ごす事。
それらを取り纏め……精神の安定を、彼女の出来る範囲で取ろうとしていた事。
そんな事をつらつらと、思い出すように口にする。
「ただ……此処まで積極的なことも余り無かったがな」
「なら、新たな顔ってやつですか」
「もっとこう……普段は厳しいやつなんだぞ? ひなたは」
幾らかの雑談。
俺の知らない顔、彼女の知らない顔。
本来はあってはならない後者を合わせ、擦り合わせるのは共通の友人。
「……見たことがない顔、か」
……その筈だったのに。
ぽたり。
その言葉と共に。
雨音が更に少しだけ、強くなった気がした。
「若葉、さん?」
思わず問い掛け、顔を向け。
傘に覆われ、具体的な表情を確認することが出来ない。
「なぁ、天理」
「……?」
ただ、その言葉は一段階下がった気もするし。
妙に湿ったような声色を混ぜ合わせている気がしたのも確か。
「――――お前は、私達に妙な隔意を抱いているか?」
そして。
その言葉に秘められた情感は。
彼女の表面上からは感じ取れないモノが強く浮き出ていたと思う。
「隔意、と言うと……」
「…………ああ、いや。 そうだな。
私も、色々と混乱しているのは確かなんだが――――」
何と言えば良いのか、私にも分からないんだ。
口にしなくても分かる、そんな混乱を改めて口にしながらも。
「……
お前は、自分の周りに踏み込ませるつもりが無いように見える」
いつかの私のように。
男女間という差があるのは分かっているが。
そんな言い訳じみた幾つかの言葉。
……けれど、その奥底にあるのは多分幾つかの感情。
聞きたい。
聞くのが怖い。
納得したい。
理解したい。
――――そんな、感情の断片を読み取れてしまうのは。
更に一歩、在り方として傾いたからなのだろうか。
『天理君』
近付いた先、変わった先。
その証明とも言える、これから行先で待つ少女の声がして。
「……その理由は、過ごしてきた時間の差か?」
私達では埋められないものなのか、と。
互いの顔が見えないからこそ、口に出来るような……小っ恥ずかしい問い掛けに。
一度瞼を下ろし……そして、開いた。
雨の中だから出来る、奇妙な会話。
好意と愛情の合間だから出来る、戸惑いの会話。