葦原天理は巫覡である 作:氷桜
「――――俺自身にも、理解できない部分があるんです」
少しだけ、考えの整理に付き合ってもらえますか。
そんな言葉を紡げたのは、外が雨で埋め尽くされているから。
態々濡れることを好むような物好きが裏道にいなかったから。
多分、弱みを少しでも見せてくれた……彼女が隣にいたから。
銀、美森ちゃん、そのちゃん、せんちゃん。
常日頃から隣にいる彼女達の前では格好を付けたい、という理由なのか。
友奈、亜耶。
此方をある種の特殊な存在、と見ている相手には何も言えないからか。
風先輩、樹ちゃん。
此方が引き込んでしまった相手に、現状で弱みを見せられないからか。
或いは――――。
ひなた、杏さん、タマ先輩、若葉さん。
本来出会える筈のない相手にだからこそ、言える言葉だからか。
「元々……いや、今の俺の脳内ってのも考えが分散してるんですよ」
無言で、けれど若葉さんが一歩此方に近付いた。
傘の端が触れるか否か。
雨でもなければ……手が届く位の距離にはいてくれたのかもしれない。
「分散?」
「ある種の覚悟を決めた俺と。
未だに混乱し続ける俺。
二つの相反する考えが脳内で漂ってる感じですかね」
ぱしゃり、ぱしゃり。
足元の水を弾く、蹴る音が複数に増え。
なんでこんな事をしているのだろう、と思う自分の思考もまた増えながら。
「三人を護る、手助けする。 その意思は今までブレたつもりは無い」
最初の発端。
ワカとヒメ、二柱から授けられた知恵。
それは……少しだけ誇張して言うなら、勇者達の為にあったのだと思っている。
「そんな事をしていたら……多分、一度は魂が離れかけて。
でもせんちゃんに救われた」
今でも思い出す、入口で再開したこと。
ずっと昔、幼かった頃に面倒を見てもらっていたこと。
口に出すのも恥ずかしいけれど……彼女の為なら、多分。
文字通りに何でも差し出していたのだと、そう思う。
「当たり前のことをしている間に、亜耶に見初められて。
再会を果たして、友奈と再びに縁を結んだ」
唯の友人、或いは思考を固めないための同志だった少女。
幼馴染、幼い時の俺を形作った少女。
何でも無い筈だった二人もまた、気付けば思いを積み重ねていたという。
「けれど、思うんだ。
ほんの僅かにでも何かが逸れていれば、こんな事になっているはずもない」
けれど、ワカやヒメと出会っていなかった自分を想像したことは幾らでもある。
そうしていれば。
友人たちを失い、家族を失い。
その果てに、俺自身を失っていなかったとは言い切れるのだろうか。
この年代になると患ってしまうという病。
それに近い物だと感じながら――――けれど、それらは全て現実のものとして。
俺の傍に在り続けている。
「それに」
何かを言いかけ、口を閉じ。
そんな行動を繰り返している若葉さんに。
いや、
多分――――これこそが、彼女達に対しての隔意と取られる主因。
「短い付き合いの相手に、好意を持たれすぎているのが逆に怖いんです」
俺からすれば、当たり前のことをしただけの相手。
眼の前で、それを助ける手段を保持していたから手を伸ばした。
仮に持っていなかったとしても、出来得る限り手を伸ばしたのは間違いなくても。
自らの全てを擲って、この世界を救い……形作った相手へ返すのは
そう思うからこそ、妙に認識されるのがこそばゆい。
納得がいかない……その根底が落ち着かない、と言っても良いかもしれない。
「……つまり、なんだ」
そんな、内心を吐き出すだけの会話。
一頻り吐き出した時には、雨脚は更に強まって。
それこそ、大声でも挙げなければ周囲の誰にも聞こえないような本降りへと変わっていた。
まるで、この
それら全てを汲み取った彼女は。
「……その理由に納得がいかないから、距離を取っている、か?」
「…………ああ。 言われると、多分……そうかも知れない」
特別なことをした相手。
想いを告げて、互いに誓約を交わす。
長時間を経て、その内心に気付かぬ間に納得する。
その何方も経ていないから、何となくに。
そんなこともなく納得できた、恐らくは唯一の相手。
それが半ば信じていなかった神様の一部分と成った相手と言うのは……冗談にもならないことか。
敬語と普通の言葉が入り交じる。
俺自身も、自分の内側と外側の考えが交じるような違和感の中で歩いていた。
「……何というか」
そして、そんな内心を認めながら歩いていれば。
苦笑いと、少しだけの懐かしさを浮かべたような目が。
傘の遮りを通り越して、俺の目を貫いた。
「
びしゃり、ぐしゃり。
完全に濡れ尽くし、水分を吸った足がコンクリートの上で伸ばされ。
また直ぐに水分を吸い上げながら。
その気持ち悪さを楽しむ不思議な感覚の中で、彼女と言葉を交わしていた。
「若葉さんが?」
「私だって色々と悩んできたに決まってるだろう」
そう、例えば。
そんな言葉が、妙にはっきりと耳に届いた。
「勇者として選ばれた時。
私は、ひなたを除いた同級生の殆どを
思い出すように。
決して忘れない、忘れられない悔恨の言葉を音の葉に乗せる。
「恨みと、復讐の為だけに数年を使い尽くした。
ただな、そんな私でも……思うことはあったんだ」
選ばれてしまったから。
家に伝わる言葉そのままに力を尽くせる時が来たから。
幾らでもその理由は付けられたけれど。
「助けるのが当たり前なのだから、それに加えて何かをするのが当然。
そんな風に思って、ひなたに叩かれたのも良い思い出だよ」
その頃は――――仲間の過去さえも知ろうとしていなかったから。
聞いて良いのか分からない言葉を、唯耳にする。
「そんな私達だからこそ。
天理、今のお前に言えることがある」
「…………はい」
ただ、その思いを。
感情の結露を耳にする。
「お前が私達にしてくれたことは、当たり前じゃない。
そうしてくれたことに救われた、と思った。
……多分、全員がそうだと思う」
「――――そういうもの、なんでしょうか」
気付けば。
そんな言葉が口から漏れていて。
「……私の祖母が言っていたがな。
見合い結婚でも何でも、好きになる努力をしていればそうなるものらしい。
その切っ掛けを、お前は作った――――そう思っておけば良い」
だから。
聞いてはいけないような。
聞かなくてはいけないような。
そんな言葉が、雨音の中で聞こえる。
「
それだけの話だ」
それ以上は、何も言わなかった。
それ以上は、何も聞かれなかった。
だから……そうですか、と。
何かが氷解したような、不思議な感覚だけが心の内側にあった。
ただ。
一軒家に近付いた頃には、雨脚は殆ど止んだような状態に変わっていて。
その時には。
――――伸ばされた指が、微かに。
触れるような、触れないような。
そんな曖昧な距離感覚を、作っていた。
……そう思ってくれていた、と。
腑に落ちたからこそ、受け入れた。
多分、そんな雨の日の出来事だった。
・多分大人か若葉ちゃん辺りじゃないと理解も出来ない悩み。
・「当然」の領域が狂っていたから、それを是正して貰った。
・それだけ?の話。