葦原天理は巫覡である 作:氷桜
いい加減幕間も終りが近い。
「よ、は…………っと!」
両手を横に伸ばし。
白線の上を渡る中学生女子。
それを隣で眺める車椅子の上の中学生女子。
車椅子を支える中学生男子。
傍から見れば明らかに異常。
けれど、少なくともこの市、この周辺に限っては正常。
と言うよりは日常の一風景に溶け込んでいたりする。
「そんなバランス感覚必要なことだっけそれ……」
「天理、足元。 足元」
「んー……?」
呆れ声と、見る視点が違う事による声。
白線……裏路地にも描かれた歩行者と車とを分ける線の上。
つま先立ち歩きでバランスを保つ真似でもしているようなのだが。
余計に変な声が出そうになるのは……もう諦めていると言うか、何というか。
「昔はこんな事してても……あんなバランス取ってなかったと思うんだが」
「態とやってるんじゃない?」
「やる必要ないだろ……」
背中の荷物を二つ、改めて背負い直しながら愚痴る。
本来、望めば通学は車を手配することだって容易の銀。
けれど、此奴はずっと前から俺達と歩くことを望んでいた。
だからこその、交通量が多いところを避けて。
裏路地を経て一軒家への移動……にしては遠回りの道。
それもまぁ、勇者部としての活動の一環があったから。
「あるよ!」
「何のためだよ!?」
「えーっと……こう、狭いところを走る練習?」
「その言い訳するならせめて走ろうな?」
多分だが、そんな俺の態度が気に入らなかったのだろう。
反射的に返した理由に対し、同じように聞き返せば。
前提条件が成り立っていない答えがあって、突っ込むように言葉を放つ。
なんだか、以前にも似たような依頼があった気もするが。
今日の活動は比較的軽めのペット探し、それも猫。
だからこそ、大体の集会位置を把握している友奈の天然センサーに任せているのだが。
頼ったのが間違いだった……とは言えない。 けど思ってしまう。 うん。
「また何か考えてるでしょー」
「そりゃ生きてる以上は何か考えるに決まってるだろ……」
「そういうのじゃなくて……私について、かなぁ」
「其処は曖昧なのかお前」
今日はある意味で勇者部として部活動の一旦の締め。
何故かと言えば、期末試験が目前へと迫ったことに寄る部活動の自粛期間故。
だからか、妙に友奈のテンションがおかしいのは周知の事実で。
それを両手を上げて受け入れたのは美森ちゃんくらいなものではあったのだが……。
(風先輩に連れて行かれたからなぁ……)
形式上存在する勇者部の顧問。
その命令、という形……多分正確には自粛期間の徹底とかそういう感じなんだろうけど。
依頼だけは受け付ける状態を保ちつつ、実際の活動的な部分は少なくとも一旦停止。
……と、ちょっと嫌なこと思い出した。
「そうだ……友奈に銀」
「んー?」
「どうした?」
「忘れてはないだろうけど……期末試験、赤点大丈夫だよな?」
仮に赤点を取ってしまった場合。
俺達の周りで
問題はもう一つ、補習を受けなければいけなくなるということ。
その期間は夏休み中……とまでは言わなくても前半の幾らかは確実に取られる。
具体的な長さを口にしない、という脅しの掛け方なのかもしれないが……。
既に予定の大半が埋まっている俺達から考えれば、それだけの浪費は致命的な部分が大きすぎる。
だからこそ、暫く前から全員で勉強会だの手が空いてる人から教えたりだのしてるんだけど……。
「絶対……とまでは言わないけど、それなりに勉強はしてるし。
何より、失敗した時の須美と園子のこと考えると失敗できない……」
そこで俺の名前が出てこないのはちょっとチクッと痛みがあるが。
まあ……神樹館の頃の勉強風景を見てればそう思う部分もある。
中間試験の時の成績を見る限り、筆記試験で成績を補おうという意思は大分見られているのも在り。
体調を崩したり失敗さえしなければまず大丈夫……だとは思うんだが。
なんか大ポカしそうで怖いんだよなぁ……いや、それは俺も同じことが言えるんだけども。
「うっ」
「おい友奈」
「というかそんなリアクションする?」
攻撃を受けたときのように怯む
露骨と言えば露骨だが、そうする理由もまぁ分かる。
どっちかと言うと怖いのは此方側。
前の試験の時は張り付いて勉強させたわけだが、それで平均点少し上。
勉強自体が苦手、というわけではなく……興味があることに対しての学習能力に特化している感じ。
なので、それ以外の部分――――主に基本的な学習に関しては詰め込まないといけない。
幼い頃はこんな事も知り得ていなかった、新しい知見……と呼んで良いのかこれ?
「だ、だいじょうぶ! 大丈夫だと思う! 多分!
銀ちゃんだって大丈夫なんだし!」
「多分じゃ困るんだけど?」
「其処でアタシの名前を出さないでほしいんだけどなぁ……」
もう少し学習強度上げないとダメなやつか?
いや、教え方自体を変えないと駄目だろうか。
「あ、あの……天理くん?」
「ブツブツ言い出してて怖いんだが」
「お? ……おお、すまん。 どう勉強させるか考えてた」
「ひぇ」
半ば冗談、半ば本気。
声を掛けられて浮上した意識についてそのままに答えれば、微かな悲鳴を上げて距離を取る。
気付けば、友奈の白線の上を歩く
「それが嫌ならもう少し安心させて欲しいもんだなぁ……」
「そういう天理はどーなんだよ」
「英語以外は先ず平気。 美森ちゃんとも想定問幾つかやったけどほぼ一致してるし。
唯一の懸念点はそのちゃんと若葉さんに教わってるから……まぁ?」
自分の弱点が分かっているから、それに注視して勉強ができる。
無論他の部分でも落とせないからその対策も実行済み。
……運動能力的な意味で目立つなんて出来ないから、どうしても
「ぇぇ……園子の教え方で分かるの……?」
「いや……うん……時折入る突飛なやつも大分読み取れるようにはなってきたし……?」
天才型、とでも言うべきか。
ただ、それも汲み取れる側が慣れればそれで済む話でもあるし。
同時に――――そう出来たときの嬉しそうな顔を見てしまうと、どうしてもな。
「アタシにはよー分からんわ……」
「まあそれは良いだろ。 依頼終わらせたら……或いは終わらなくても時間制限が来たら部活動は終わりだ。
その後はまたいつも通り勉強だし」
「考えたくなーい……って言っちゃ駄目だよね」
「当たり前だろ」
そんな、極当然の雑談をしながら。
少しだけ裏路地へ、更に細道へと折れていく道程の中。
三人の立ち位置、距離感が少しずつ近づいて行くのもまあ必然的なことで。
……そして、そうしているだけで。
嬉しそうな顔をコロコロと回している姿が、印象的。
そんな、梅雨の中の一日だった。