葦原天理は巫覡である 作:氷桜
きん、こん、かん、こん。
ある種のリズムを以て奏でられる、聞き慣れた音。
それと同時に後ろから回されてくる紙を手に取り、手元のモノと纏めて前へ送る。
同時に彼方此方で聞こえる悲鳴や相談、後は納得。
俺個人としては……まあ、想定の範囲内と言ったところ。
(方程式利用すれば出せる問いが多くて助かった……)
ちらり、と目線を周囲へ向ける。
口から魂が抜けていそうな友奈。
それに負けず劣らず、不安そうな顔をして確認している銀。
無視して(と言うよりもいつも通り?)唐突に寝ているそのちゃん。
そんな全員を見つつも、俺と目線を合わせて微笑んでいる美森ちゃん。
各々の顔を見ればまぁ、出来と言うか結果はある程度想定が出来るもの。
(友奈と銀だよなぁ、やっぱり問題は)
問題用紙の方にも答えなりは書いておけ、とは言ってあるし。
後で確認すればいいだけではあるのだが、不安だけが積み重なるのはどうしようもない。
「はいはい、気が抜けるのも分かるけど静かにしてねー」
はぁ、と小さく息を漏らせば。
それと合わせるように担任教諭が今日の終わりを告げに来る。
期末試験、数日間に渡る成果を図る時間。
その最終日だからか、どのクラスメイトも気が抜けているのが丸分かりで。
同時に半日で終わる日々の終わり……また来週からは通常の授業が始まる。
結果が返されるのに少なくとも数日が掛かる以上。
全員と結果を見合わせるには十二分過ぎる時間で。
最悪のことも考えて、夏休みに向けての準備は日に日に加速している。
周囲の声が静かになるまで十数秒。
いつものような挨拶、いつものような伝達事項。
その中で目立つのは、やはり早く帰宅することでの警察沙汰への指摘。
先ず無いだろう、と分かっていて。
そして今のこの世界で起こることは限り無くないだろうと分かっていて。
それでも連絡、注意されるのは嘗てから伝えられる物事の一つなのだろうか。
或いは……その万が一で、事故でも起きてしまえばと言うのがあるのかもしれない。
特に、このクラスにはその対象として見られやすい車椅子の少女がいる。
普段から男女あまり関係なく接し、元気そうな表情を見せることが多く。
けれど、時折憂いを秘めた表情を手と足へと向ける……そんな相手。
好感の大小はあれども、その顔を見ると引き込まれる……と言うのは男子のバカ話の一つ。
(……大分落ち着いてきてはいるんだけどな)
ただ、その変化……治癒が足ではなく腕が先、と言うだけで。
きちんと見ているやつはその差異に目が行くとか何とか、この間の夕食の時に言っていた。
逆に言えばその部分にも目が行かないなら……と。
少しばかり黒い考えが浮かび上がりつつも、再びに席を立って挨拶。
それを済ませて、本格的に本日の授業の終りを迎え。
「終わったぁぁ……」
「なんか全部吐き出したような顔してるよな、毎回」
「そりゃそーもなるよ……っていうかそんなに余裕そうな二人のほうが怖い」
ちらほら別れ、昼食でも何処かで食べていくだのの話が聞こえる中。
机に伏して魂を吐き出すような吐息を漏らす銀の机に片肘を載せた。
「余裕っていうか……得意分野の差だろ。
こないだの部活の時にちょっと話した通りなんだが」
「それにしても、って話」
片腕……握力の安定が大分見られるようになった手を伸ばし。
頭、というか顔か。
それに触れようとする手を面倒臭がるように振り払う振りをする。
唯のじゃれ合いに過ぎず、この程度は幼い頃からの延長線上に過ぎず。
ただ、それは外から……他のクラスメイトから見ればまた別に見えるもの。
実際、俺も他の男女がこんなことしてたらそれなり以上の関係を疑う。
それを集団の中で実行して何も言わないのは……まあ、いい加減慣れられているからか。
「銀ちゃぁぁぁん」
「どうした……っていうかボロボロじゃん、友奈も」
「頭痛い!」
そんなじゃれ合いと、そのちゃんを叩き起こして動き出そうとする巫女を見つつも。
眼の前で抱き着くようにして銀に寄り掛かった友奈に、苦笑が二つ彼女に浮かぶ。
「昨日も同じこと言ってたじゃん」
「冷えピタいるか?」
「後でちょーだい」
使うんだ……と浮かぶ感情は試験初日で消えていた。
何しろ、大真面目に熱が出たようにふらついていたので。
周囲に知り合いしかいないのを確認した上で額に手を当てたが、微妙に熱があった。
恐らくは知恵熱とか言われるやつだとは思うんだが……それだけ集中したという事でいいのか。
まあ何日か繰り返しているうちに症状が軽くなったようだし、一時的なモノっぽいのは救い。
「ねむい~」
「そのっち……はいつもと変わらないわね」
「頭使ったから普段よりも眠いんよ~」
俺が二人の面倒を見ている(と言うより絡まれている)のに対し。
美森ちゃんは……まあ、姉と言うか母親と言うか。
そんな態度、何処か微かに慈愛を含んだ目線を向けながらに面倒を見ている。
多分そういう所を含めて人気なんだろうなぁ……と思いながらも。
数度振動を起こした携帯端末、その電源ボタンを押して確認して見れば。
「お……?」
「どうかしたのか?」
「多分全員に届いてると思うぞ。
風先輩とせんちゃんからの集合のお知らせ……何だが……」
うん、それ自体は全然良い。
問題、と言うより気になったのは『少し遅れていく』というせんちゃんの追加の書き込み。
今までで一度もなく、委員会などがあれば必ず先んじて連絡してくれていたからこそ。
唐突なそれに疑問を抱く。
「なになに~?」
「どうしたの?」
画面に集中していれば、背中に柔らかい感触と聞き慣れた声。
まるで転移なりでもしたかのような速度で、金髪と黒髪の一房が顔の両側に垂れている。
慣れてしまいたくはなかったが、既に慣れてしまったのもあって画面を向ける。
「……あれ、ちーちゃん先輩が?」
「珍しいわね……」
「だよね?」
同じ意志を持ち。
同じ疑問を持った。
どうしよう、と顔を見合わせ。
取り敢えず動かないか、と声を掛けられるまで。
そんな短時間ではあるが……脳内の疑問を解消する為に。
幾つか想定を口にし。
――――その想定と掛け離れた答えが返ってくるとは。
今の俺達は、考えさえもしていなかった。