葦原天理は巫覡である 作:氷桜
「それで、千景さん?」
部室で集合し、一人だけ遅れてきたせんちゃんとも合流を果たし。
その後に真っ直ぐ向かったのはアパート周辺。
学校では解放された気分の男女生徒がそれなりに過ごしていて。
少しだけだが居心地が悪かった、というのもある。
そして……せんちゃんが珍しくやや急ぎ目で移動を開始したのに付いていったのもある。
今日だけは特に何をするでもなく自由日。
昼食を
以前から言っていた事を改めて確認した。
要するに期末試験で疲弊した脳の修復期間。
それを設けなければいけない、と感じる程に幾人かの疲弊は目立ち。
一番酷かった……いや、一二を争うくらいに酷かった友奈と風先輩を見ればそうもなる。
冷えピタが必要になるくらいに知恵熱を出していた友奈。
普段の(表面上)真面目な態度は欠片もなく。
小動物じみた形で変な声を上げてるだけのパイセン。
全員の見る目がどこか冷たくなるのもまあ無理がないといえば無く。
多分、樹ちゃんも心配していたとしても半分程度だった気はする。
故に、自宅へと戻った時には同居する三人のみ。
そして、それだけ近い関係だからこそ心配する度合いは非常に強く。
部屋に戻ろうとした彼女を二人で押し留め、居間でお茶休憩と洒落込む事に相成った。
……今は、彼女を一人にさせたくない。
恐らくその意識は、俺達の間で共有出来ていたから。
「……何?」
「一体何があったんです?」
少しだけ良い緑茶……俺の手持ちのお茶っ葉の中でも二、三を争うくらいのやつ。
早摘みで、ほんのりとした甘さが特徴的の一番茶。
三人分を湯呑に注ぎ、お茶請けとして黒餡の菓子を添えてと準備をしていれば。
銀が単刀直入に聞いている声が耳に届いた。
「ちょっとした用」
「嘘ですね」
「……まだ言葉の途中なのだけど」
はぁ、と溜息を吐きつつ答えるせんちゃん。
けれどその言葉に覆い被さるように、否定する言葉が走り。
その言葉に全面的に同意しながら居間の方へと戻っていく。
何しろ、奇妙……というよりは
普段よりもピリピリとした感じを隠そうともせず。
だからこそ、当人を除いてほぼ全員が彼女の異変には気付いていながらも。
俺達へとその問い掛けを任せてくれたから、たった三人の今がある。
そして何より。
戻ってきて以降、俺と全く目線を合わせようとしないところ。
普段であればもう少し合ってもおかしく無いタイミングでも、逸らすように外し。
そしてそんな自分へも苛立っている――――と感じるのは、気の所為なのだろうか。
「千景さん、皆心配してるんですよ?」
「……本当に関係ない、気にしない方がいいようなことでも?」
「はい」
どんな小さいことでも、
面と向かってそういう事を言いきれる銀。
恐らくだが……せんちゃんが苦手と言うか、敵わないと思ってるのはこういうところ。
銀も銀で、せんちゃんの落ち着いている雰囲気や在り方に憧れている節がある。
お互いがお互いを――――と言う関係性は、こういう時だから強いのだと改めて実感する。
「銀の勝ち?」
「勝ちも負けもないでしょ」
「それもそうだけどさ」
そんな軽口を投げつつ目前に湯呑と茶請けを並べる。
有難う、という言葉は確かに聞こえたが……それでも声色は微かに震え。
正常ではないことは、身近な人間であれば気付けるような状態が続いている。
「……それで?」
「まーくんも聞きたがるの?」
「そりゃあね」
それ以上は何も言わず、唯二人の圧力で以て訴えかける。
なんだかんだで優しいのと、分かり難いけれど年下には甘いのと。
そんな良さを良く知る俺達だからこそ出来る手段の一つなのは確か。
「……
「だったら余計にだよ。 一人で抱えさせたくはないかな」
恐らく、嘗てと最も変わった場所は此処なのだろう。
一人で抱え込むことを辞め、周りに零す事が出来るようになったこと。
それ自体が分かりづらいとか、もっとああしろこうしろと言う事自体は容易くても。
事実上出来なかったことと、出来るようになったことでは無限大の差が生じている。
……だから、その負担を分かち合いたいと。
その言葉に。
彼女は、微かに……それでも確かに。
安心したように、肩を降ろしたのが分かった。
「……言ったからね」
そうして、唇を濡らしてから。
漏らした……否、報告した内容はある意味今まで考えていたことの結晶。
そして、俺自身への周囲の見方を改めて実感させられるものだった。
「って言っても……単純な話。
知らない相手から告白された、ってだけなんだけど」
「……え、告白?」
「千景さんに?」
「そう。 同級生らしいけど、顔も覚えてないし話したこともないわね」
……嘗ての故郷での事を考えれば、そもそも恋愛関係は強く忌避していた筈。
それが幾分か和らぎ、そして俺の願い事に答えるような形で受け入れてくれた事。
大切な思い出を思うと、腹の奥底から奇妙な熱が上がるような錯覚を覚える。
「……それで?」
「それでも何も無いわよ。
知りもしないし、一方的に言われても迷惑なだけ。
それに……私達は、もう相手がいるのだから」
「うん、まぁ千景さんならそう言うよな」
「そうね――――その後に言われたことが、ちょっとね」
そうして、俺と目を合わせた。
それだけで、俺に関することを言われたのだろうと理解が及んだ。
「気が多いあんな奴より、俺なら郡さん一筋で愛せる……ですって」
そう見られてるってことよ、と。
じっと見つめる目線は、冗談の欠片も見えない。
「少なくとも……上も下も。 まーくんのことはそう見てると思っていいでしょうね」
「殆ど事実だもんなぁ」
「……うん」
「だから、警告しておくわ。
――――何か、実際の行動に出られる前に立場を作らなければ。
いつかの私のように、今の状況は容易く崩されるでしょうね」
大赦の教育があるから、直接的な……嘗ての彼女に降り掛かった犯罪行為は無いとしても。
羨み、妬み、それらを切っ掛けとした行為が飛んでこないわけもない。
……つまり。
学校側でも、ある程度の立場と足場を作る必要性が生まれたということ。
「出来る?」
その瞳は冷徹で、けれど内側の光は優しさを秘めていて。
そう問い掛けてくれる事自体が、いつかの『姉』の焼き直しだと理解できたから。
「……やるよ」
当然の答えを返す。
具体的にどうするかの道は見えない。
ただ――――何もしない理由だけは、今の話で完全に消え去っていた。
「じゃあアタシたちはどうすればいい?」
先ずは周囲から『集団』として認められること……は部活として済んでいるし。
一周か二周くらい回って尊敬されるくらいに自分を置く必要でもあるかもしれない。
だったら。
「銀のそうやって直ぐ返事してくれるところ好きだなぁ」
「よせやい、照れるから」
――――彼女達と、今まで以上に親交を深めよう。
そう、受け入れてさえしまえば。
少しだけ浮かんでいた不安は、脳裏から消えて。
分かり難い笑みを浮かべている、目の前の……初恋の女性に。
もっと尽くそう……なんて。
思えてしまうのだから、不思議なものだった。
――――長い、永い休みが始まる。
これからを左右するだけの価値を持つ、数十日が。
・ぐんちゃんがふつーに学校にいたら告白なり受けると思うの。
・当人にどれだけのダメージが発生するか、なんて気にも止めずに。