葦原天理は巫覡である 作:氷桜
「東郷さん、なんだかこれ張り付くんだけど……」
「友奈ちゃん、それはそういうものだから……」
残っていた二人の声が背中に聞こえ、けれどそちらには目線を向けたくない。
口には出さずに息を吐き、けれどそれは繋がる三柱には当然のように
『……いい加減慣れてはどうなのだ?』
『ワカ様はそれこそ獣のようでしたが』
『吾も若かったのだぞ、ヒメよ……』
『あのー、私の居心地悪くなるから辞めてくれませんかー?』
わんわんと鳴り響くような声。
思わず耳を塞ぎたくなるのだが、実際これ神を信仰してる人が聞いたらどうなってしまうのだ。
正直、親のような存在だとも感じているからこそ聞きたくないのだけれど。
『いや、本当にたかしーの言う通りなんだが?』
『とは言ってもな』
『穢れを体感せねば難しい部分もありますからね』
『え、これこのまま続けるの?』
意識を集中し、無言での会話を続行する。
部屋の内側は……まぁ、似たような格好の集団。
何も知らない人間が見れば明らかに怪しい儀式にしか見えないだろう……とは思う。
或いは、その顔触れを見れば神樹様関係の秘匿する儀式とでも勘違いしてくれるだろうか。
女性陣全員が薄衣に近い白衣。
念の為に透けない対策として上に一枚更に羽織ってはいるが、それでも明らかに異常な状況。
クーラーをガンガンに効かせながら、俺も清めた和装一揃えで佇むのだが。
他の少女達に比べ、明らかに衣装的観点から見ても上に立つように見える姿。
こうなっているのもまぁ、以前に行った神を上と扱う儀式の変形系。
身を清める、というのは巫女……というよりも神職にとっての基礎の基礎であり。
同時に徒人が神社などを参る際に行っている当然の行動と同じ部分がある。
それを服装まで切り替える、というのは更に一歩進んだ行為。
体内だけでなく服装に付いた『穢れ』を持ち込ませない、という神域を揺らがせない為のモノ。
そうまでする理由は……ま、単純な話。
ワカとヒメだけでなく、たかしーの声までも全員に聞かせようとすると必要な行動だったから。
それだけ持つ力の差がある、と鑑みれば良いのか。
受け手である俺達の才能の差、と読み取れば良いのか。
多分其処は個人判断に落ち着くんだろう。
それはともかくとして。
『穢れを体感、で慣れって言葉と結び付けないでほしいんだが……』
いや、何が言いたいのかは予想できてる。
山の神は嫉妬するから女性が登るのを制限している、と言われる伝承がある。
これ自体は正式な名前が存在していない包括的な”神”という概念ではあるが。
この嫉妬、以外にももう一つ言われる場合が存在する。
それが――――『月の穢れを持つから』というパターン。*1
正確に言うなら血液、体液そのものを穢れと呼ぶ場合。
この場合は山の中での狩りは勿論のこと、山に入るモノ自体の怪我さえも許されない事が多い。
故に、山に入る時は女人を断つ……或いは生涯をその身一人で過ごす。
『それが必要なのは理解してるが、強制するならぶん投げるぞ』
純粋故に神として成立している存在を地に落とす。
そんなことで対応できるなら、恐らくはワカやヒメなら容易に行っていたこと。
その手法を選ばなかった時点で、必須なことではないと思う。
何より……今の推定天の神の中心、その伝承上。
見ように依っては姉弟間での神産みを行っている可能性が残る以上。
それを主体にするのは論外だろう。
『ただ、いつまでも逃げていられると思うなよ』
『……どういう意味でだよ』
『自分の胸と周囲に聞いてみなさい。
最も、それが最期になりかねませんが』
『……私だけ例外みたいに扱わないでほしいなぁ』
目線を逸らしながらの言葉。
年月を重ねるごとに確かに変化する関係性。
そのどれにも正しく対応できなければ……と思えば良いのか。
もっと直接的な行為、行動だと思えば良いのか。
何にしろ、恥ずかしすぎるし考えたくもないので外に追いやるが。
たかしーの言葉が少しだけ不穏。
嘗て、というよりは時代を遡れば遡るだけ、か。
性に奔放、と言うかその辺りに開放的に成っていくのは仕方ない部分。
その当時の価値観と今の価値観が違うのは……一応二柱共に理解しているんだが。
その理解で天の神を討ち果たせるのか、納得させられるのか。
嘗ての価値観を引きずっていないと何故言い切れるのか。
きっと言いたいのはそう言う忠告を含めてなのだろう。
……それはそれとしても、そう簡単に頷ける話じゃないけどな!?
『ほれ、天理よ。 ”たかしー”が寂しがっておるぞ』
『絶対楽しんでるだろワカ……』
また今度罰を与えてやろう、と決意しながら。
恐らくは似たことを考えていたヒメと意識が合致した気がしながら。
落ち込むような素振り……いや雰囲気か。
何となくそんな物を漂わせる少女へと言葉を発しようとして。
「天理くん、全員準備できたわ」
「集中するのは良いけど~、此方も見てほしいなぁ~って」
うげ、と思ってしまった――――のは伝わったかどうか。
たかしーへと謝罪を送りながら(届いたかは後で確認するとして)。
流石に何も話さない、という状況は極めて不味い。
後で個別に……それこそ何処かで二人きりくらいは覚悟し。
彼方此方から視線が飛び交う中で。
ぱたん、と締め切られた部屋の中で。
ふぅ、と小さく息を吐き。
「……じゃ、全員揃ったらしいから。
そう言葉にして。
次に口を開いて出した言葉は、祝詞だった。
――――
そんな意味合いを込めた祝詞を、口にした。
謝罪という意思をも、込めながらに。