葦原天理は巫覡である   作:氷桜

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破終了。


破-12

 

白い雪華がちらつき。

はぁ、と吐き出す息も白く染まり。

上に着込んだ防寒具が、身体の動きを阻害し始める時期。

 

(――――今年には、お役目が始まる)

 

白襦袢を冷水が濡らす。

背筋が凍り付き、だからこそ私自身の精神が研ぎ澄まされていく気がする。

 

右肩、左肩。

今まで通りの、決められた回数。

それより一度ずつ増えたのは……あの十五夜の日以来。

 

『神樹様以外の。

 合集しなかった土地神様の声が聞こえる、そんな人間なんだ』

 

彼の――――天理くんの呟いた、俄には信じられない()()

今でもあの言葉が耳に残る。

私が今まで学んできた、そして鷲尾の家で伝え聞いて来た話と別の存在。

 

『土地神様は()()集まり、神樹様として私達を護ってくれている』

『世界を護る為、神樹様の加護を与えられた無垢なる少女は勇者となる』

『選ばれることは名誉なことで、だからこそ感謝を捧げなければならない』

 

浮かべようと思えば幾つも、幾つだって浮かぶ。

けれど、たった一年にも満たない付き合いではあるけれど。

彼は話を伏せることはあっても、決して嘘だけは付いてこなかったから。

 

(だからこそ…………)

 

そして、多分あの中で私だけが感じていたこと。

表情がコロコロと移り変わる人形を見た時。

以前に……それこそ、初めて出会った時と似たような、胸の奥への衝撃。

 

()()()()()を前にして、何故平然としていられるのか。

恐怖や敬意、敵意や好意。

幾つもの感情が、私の考えを塗り潰し。

私の根底の何処かが、少しだけ変わった気がして。

 

「……くしゅん」

 

……少し、考え事をしすぎてしまった。

精神を研ぎ澄ませる為の毎朝の行水なのに、余計なことを考えてしまう。

水場から、足早にお風呂場へと足を向けながら。

 

(あれも、これも。 全部……天理くんのせいなんですから)

 

すぐ手元に置いた、小さな装飾品。

私の髪を結ぶ組紐状の髪飾りとはまた違う。

瞳の色に合わせた、と言っていた深緑色の小石を起点とした腕飾り。

 

『お守りだから』とか。

『出来れば常に付けていて欲しい』とか。

 

その目は、普段何かを渡してくれる時の悪戯っぽさは欠片もなく。

真剣な……滅多に見ない、心が揺れ動かされる瞳で。

 

気付けば、ぼうっと。

受け取ってから、月を四人で眺めていた。

 

(……そのっちや銀とも話をしたけど)

 

あの二人も、私と同じように余り覚えていないようだった。

それだけの何かを見たのか……何かを感じたのか。

それを聞くには、全員が恥ずかしがって答えられなかったけれど。

 

いつもの道のり、お風呂場までの最短距離を通り抜ける。

既に用意されている着替えを視界の片隅に、もう一度腕飾りを傍に置く。

 

簡単に体温を取り戻す、という意味での湯浴み。

外気との差で、薄く滲み出る汗も一緒に流しながら。

改めて、私自身に問い掛ける。

 

(……私は。 ()()()()()()()()()()()()()んでしょうか)

 

『お役目』に選ばれた時点で、どうなろうと覚悟を決めていて。

鷲尾のお父さんお母さんも、それを分かった上で受け止めてくれて。

自分の好きなことが出来る内に、色々とやってきたはずなのに。

 

勉強だって、訓練だって、趣味のお料理だって。

どれだって真剣に、頑張れるだけ頑張って。

それでも、一日一日が過ぎるのは早かった筈なのに。

 

銀と、そのっちと、天理くんと。

私の中での知り合いが増える度に、毎日の時間の流れがまた早くなった気がする。

 

毎日が少しだけ楽しみで。

話すのと、顔を合わせるのと。

私の好きなことで、喜んでくれるのが嬉しくて。

 

知らなかったことを知って。

知っていることを教えて。

だからこそ、悩んでしまう。

 

(四人だから……? それとも、()()()を……?)

 

良く分からない、心の情動。

出来るなら、ずっと四人で過ごしたい。

出来るなら、時々でも良い。

私だけを見て欲しい。

そんな相反する言葉を、お湯と一緒に流し捨てる。

 

少しだけ赤くなった、熱っぽくなった肌と頬に一度手で触れ。

自分の身体を掻き抱き。

誰も見ていない、今だからこそ。

考えてはいけないことを考えた自分に、小さく震える。

 

私は、神樹様に選ばれたんだから。

そんな後悔を、お役目の前に残したくない。

仮に、この感情の答えを求めるとしても。

 

(お役目を終えてから――――二人と、話をしてから)

 

もうすぐ、朝御飯の時間。

お父さんお母さんを待たせるわけにもいかないから、急いで上がらなければ。

 

でも、その後で少しだけ。

迷わせ続ける彼と、お茶の約束があるから。

 

(……花の匂いは、嫌いだったかな。

 それとも……喜んで、くれるかな。)

 

今日の約束。

たった二人で話すのは、いつ以来になるか分からない。

今頭を悩ませている相手との時間が迫っていることに、喜んでいる私も――――。

心が、大きく波打っている私もいた。




※変更点
・神樹様への信仰心がほんの少し揺らいでいる。
・大赦への信用が揺らいでいる。
・贈り物は全員分の目の色に合わせた腕/首飾り。

・誰も、あの時の発言を嘘とは疑っていなかった。

「わすゆ」中編パートに於ける最終話ヒロインあんけ~と

  • そのっち
  • 銀ちゃん
  • わっしー
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