葦原天理は巫覡である 作:氷桜
白い雪華がちらつき。
はぁ、と吐き出す息も白く染まり。
上に着込んだ防寒具が、身体の動きを阻害し始める時期。
(――――今年には、お役目が始まる)
白襦袢を冷水が濡らす。
背筋が凍り付き、だからこそ私自身の精神が研ぎ澄まされていく気がする。
右肩、左肩。
今まで通りの、決められた回数。
それより一度ずつ増えたのは……あの十五夜の日以来。
『神樹様以外の。
合集しなかった土地神様の声が聞こえる、そんな人間なんだ』
彼の――――天理くんの呟いた、俄には信じられない
今でもあの言葉が耳に残る。
私が今まで学んできた、そして鷲尾の家で伝え聞いて来た話と別の存在。
『土地神様は
『世界を護る為、神樹様の加護を与えられた無垢なる少女は勇者となる』
『選ばれることは名誉なことで、だからこそ感謝を捧げなければならない』
浮かべようと思えば幾つも、幾つだって浮かぶ。
けれど、たった一年にも満たない付き合いではあるけれど。
彼は話を伏せることはあっても、決して嘘だけは付いてこなかったから。
(だからこそ…………)
そして、多分あの中で私だけが感じていたこと。
表情がコロコロと移り変わる人形を見た時。
以前に……それこそ、初めて出会った時と似たような、胸の奥への衝撃。
恐怖や敬意、敵意や好意。
幾つもの感情が、私の考えを塗り潰し。
私の根底の何処かが、少しだけ変わった気がして。
「……くしゅん」
……少し、考え事をしすぎてしまった。
精神を研ぎ澄ませる為の毎朝の行水なのに、余計なことを考えてしまう。
水場から、足早にお風呂場へと足を向けながら。
(あれも、これも。 全部……天理くんのせいなんですから)
すぐ手元に置いた、小さな装飾品。
私の髪を結ぶ組紐状の髪飾りとはまた違う。
瞳の色に合わせた、と言っていた深緑色の小石を起点とした腕飾り。
『お守りだから』とか。
『出来れば常に付けていて欲しい』とか。
その目は、普段何かを渡してくれる時の悪戯っぽさは欠片もなく。
真剣な……滅多に見ない、心が揺れ動かされる瞳で。
気付けば、ぼうっと。
受け取ってから、月を四人で眺めていた。
(……そのっちや銀とも話をしたけど)
あの二人も、私と同じように余り覚えていないようだった。
それだけの何かを見たのか……何かを感じたのか。
それを聞くには、全員が恥ずかしがって答えられなかったけれど。
いつもの道のり、お風呂場までの最短距離を通り抜ける。
既に用意されている着替えを視界の片隅に、もう一度腕飾りを傍に置く。
簡単に体温を取り戻す、という意味での湯浴み。
外気との差で、薄く滲み出る汗も一緒に流しながら。
改めて、私自身に問い掛ける。
(……私は。
『お役目』に選ばれた時点で、どうなろうと覚悟を決めていて。
鷲尾のお父さんお母さんも、それを分かった上で受け止めてくれて。
自分の好きなことが出来る内に、色々とやってきたはずなのに。
勉強だって、訓練だって、趣味のお料理だって。
どれだって真剣に、頑張れるだけ頑張って。
それでも、一日一日が過ぎるのは早かった筈なのに。
銀と、そのっちと、天理くんと。
私の中での知り合いが増える度に、毎日の時間の流れがまた早くなった気がする。
毎日が少しだけ楽しみで。
話すのと、顔を合わせるのと。
私の好きなことで、喜んでくれるのが嬉しくて。
知らなかったことを知って。
知っていることを教えて。
だからこそ、悩んでしまう。
(四人だから……? それとも、
良く分からない、心の情動。
出来るなら、ずっと四人で過ごしたい。
出来るなら、時々でも良い。
私だけを見て欲しい。
そんな相反する言葉を、お湯と一緒に流し捨てる。
少しだけ赤くなった、熱っぽくなった肌と頬に一度手で触れ。
自分の身体を掻き抱き。
誰も見ていない、今だからこそ。
考えてはいけないことを考えた自分に、小さく震える。
私は、神樹様に選ばれたんだから。
そんな後悔を、お役目の前に残したくない。
仮に、この感情の答えを求めるとしても。
(お役目を終えてから――――二人と、話をしてから)
もうすぐ、朝御飯の時間。
お父さんお母さんを待たせるわけにもいかないから、急いで上がらなければ。
でも、その後で少しだけ。
迷わせ続ける彼と、お茶の約束があるから。
(……花の匂いは、嫌いだったかな。
それとも……喜んで、くれるかな。)
今日の約束。
たった二人で話すのは、いつ以来になるか分からない。
今頭を悩ませている相手との時間が迫っていることに、喜んでいる私も――――。
心が、大きく波打っている私もいた。
※変更点
・神樹様への信仰心がほんの少し揺らいでいる。
・大赦への信用が揺らいでいる。
・贈り物は全員分の目の色に合わせた腕/首飾り。
・誰も、あの時の発言を嘘とは疑っていなかった。
「わすゆ」中編パートに於ける最終話ヒロインあんけ~と
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そのっち
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銀ちゃん
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わっしー