葦原天理は巫覡である 作:氷桜
気恥ずかしさの中で眠りに付き。
けれど翌日になっては、微かにせんちゃんの頬に赤みが残るだけ。
その理由は分からずとも、普段と違う違和感を銀が指摘しては御魔化されて。
煙のように消えてしまったあの時間から、数日が経過していた。
その間に行われたことと言えば、普段と変わらない日常と言うには騒がしいもの。
本来行われる授業に費やす時間全てを部室で過ごす、というある意味では青春のような。
もしかすれば……彼女達に出会っていなければ過ごしたかもしれない普通の時間。
ただ。
「量多いよー……」
「そりゃまぁ、一ヶ月掛けてやるもんだからなぁ……本来」
朝早くから
戻ってきた時には疲弊は余り見えなかったが、宿題を始めた途端にぐったりし始め。
凡そ三十分ほどが経過したと思えば目の前の光景。
ぐったりとしながら文句を垂れ流す生命体へと変異していた。
「なんでそんなに早くやれるのー?」
「なんでって……昔から慣れてるから?」
宿題を早めにやるか、毎日やるか、最終日に纏めてやるか。
この辺は各個人の嗜好とか予定次第で分かれるところだとは思うが。
昔の……特に小学校の頃だった時も似たような状態になったことはある。
無論、その対象とかは違っているわけだが。
「なんか言ってるぞ銀」
「其処でアタシに振るかフツー」
当時、今の友奈の立場だったやつ。
今は両手を用いて宿題に取り掛かっている銀へと声を掛ける。
明らかに嫌がるような声は、昔の自分を思い出してのモノだろうか。
軽い牽制のような猫パンチを回避しながら、ニヤニヤしてその顔を見てやれば。
深い溜息を吐きながら、その目は此方を強く睨み返してきた。
「覚えてろよ?」
「嫌だよ、事実でしか無いんだし」
「天理が忘れてもアタシは忘れないからな……!」
昔のような軽い会話。
幾らか刺さる視線も、今だけは余り気にならない。
「えーっと……銀ちゃんもそうだった、ってことでいいんだよね?」
ただ、そんな表面上だけの悪感情を見せた会話に強く反応した友奈。
介入するかのように話しかけてくるのは……まぁ、想定の範囲内。
そして、俺に向けて聞かなかったのも。
聞けばまた何か一悶着が発生するから、と読んだからなのだろうと察しは付いた。
「あー……うん。 こうなる前までは動くほうが好きだったし。
後は普通に散歩して人助けとかしてたから、あんまり時間も無かったってのもある」
「今だって動くほうが好きだろうに」
「そりゃそうだけども。 まだ完治してないのに動けるわけ無いだろ……?」
「そりゃそうだ」
その為に、ほぼ常に俺かせんちゃんが付いているようにしてるんだし。
この中で最も年上の少女に目をやれば、何か言いたそうな表情で此方を見詰めていた。
そして、微かに口元だけを動かして言葉を告げる。
(……あ……後で、お仕置き?)
何故だ、と思って目と目を合わせようとしたが。
もう一度息を吐き、手元の宿題へと目を向けてしまった。
……つまり、なにかされるのはほぼ確定。
凄い嫌な予感がする。
「とは言ってもね、友奈ちゃん。
やろうと思えば何だって気分は変わるものでしょう?」
「そうだけど~……その切っ掛けが出てこないんだよ、東郷さん」
「切っ掛けかぁ~」
そんな風に一人焦っていれば。
目を離せば眠ってしまうそのちゃんの面倒を見ていた美森ちゃん。
彼女が友奈に話を振り始め、全員の手が止まり始める。
……まぁ、誰が何を望んでも好きでいいと思うけど。
後で終わっていなかった場合に苦しむのは自分だって分かってるのだろうか。
「園ちゃんは何かあったりするの?」
「私? そうだなぁ~……夏休みの宿題だったら~、お祭り、とか?」
「お祭り?」
「うん。 昔は外に出るのも大変だったからさ~。
そういうのにちょっとでも参加出来るように、運転手の人に約束したりね~」
実際に遊びに行けたこと無かったけど、とか。
此方にちらりと目線を向けるのは……要するに。
あの時が初めてだったよ、とでも言いたいのか。
分かってる、と手をひらひらとさせれば。
少しだけ嬉しそうに、小さく顔を上下させているのが分かった。
「と言うか友奈は今までどうしてたんだよ」
「…………夏休みが終わる前に、お母さんにやれって言われて……かなぁ?」
「駄目だこりゃ」
ただ、純粋に気になったこと。
今まで……小学校時分の頃は一体どうしてたのか。
ある程度想定しながら聞いてみれば、顔を横に向けながらそんな事を宣う。
まあ、今の状況を見ればそんなところだろうなぁ……とは思うのだが。
くっきり二極化するような状態なのはどうなんだろう、この部活。
「そういえば千景さんはどっちだった?」
「私は……そうね、家で早めに片付けていた側かしら。
外に出る用事も、出ようとも余り思わなかったから」
こうなれば全員に聞こうとしているのか。
銀は手近なせんちゃんとの質問に入り、宿題片付けという時間は消し飛び始めた。
そんな中で――――誰も口にしない相手。
友奈以上に手を付けず、机に突っ伏したままだった某先輩を冷めた目で見る。
「風先輩は……まあ聞くまでもないですか」
「葦原、何その言い方は」
「いや、言うまでもないですよね?」
今の格好で何をどう否定するつもりなのだろうか。
一周回って気になってきたので教えて欲しい。
「私だってやるときはやるのよ!」
「なら今やってくださいよ……樹ちゃんはコツコツやってるのに」
「チア部の活動で疲れてるのよ……変な目向けられたりもあったし。
……まー、それもこれも私が魅力的だからよね!」
自己肯定感の塊なのだろうか。
その内妹と立場が逆転する気がしないでもない。
が、多分樹ちゃんに何かがあれば大暴れする気もする。
結局、変なところで姉妹バランスが取れているということでいいのかどうなのか。
「……まぁ、もう(どうでも)いいです」
「あれ、今見捨てられた!?」
ハッ、と鼻で笑えば。
その行動には反応し、詰め寄るように近付いてきて。
距離を取ろうと振り払おうとする。
……そんな、部室の中での奇妙な休憩時間は。
振り払った際に足を引っ掛け、巻き込まれて転び。
……いや、これ被害者以外の何者でもないだろ!?