葦原天理は巫覡である 作:氷桜
「…………ううん」
「……何よ」
「いえ、此処でずっと待ってるってのも恥ずかしさのほうが強いなって」
全員合流後の話。
各員買うものは買ったし、後は帰るだけ。
そんな折に友奈が手荷物の中を見て、少しだけ焦った声を上げていた。
曰く、『下着もう一つと靴下買うの忘れてた』。
それに反応したのは……まあ、服とか諸々が大好きな金髪の子。
アレは外に出られなかった分の代償行為な部分もあるとは思っているのだが。
まあ、小説と買い物。
二つも趣味があるのは悪くはない、筈。
それはそれとして、その声に引かれて周りの女の子達を引き連れて。
その店の前まで着いていくことまではしたのだが、その中に踏み入るのは流石に無理。
何しろ、
内側を伺うこと自体も恐ろしく、出入り口が見える位置で少しだけ休憩しようと腰掛け。
無言で……何も言わずに隣に座ってきたのが、今日だけで大分尊敬度を落とした風先輩だった。
「今更?」
「どういう意味ですかそれ」
落ち着きを取り戻した……と正しく言えば良いのか。
全員からほぼ無視され、俺と二人きりになったので頭が冷えたのか。
買うものがないから入らない、を徹底しているだけなのか知らないが。
少なくとも、今この場から動こうとしないのは事実。
「いやぁ……見慣れてるんじゃないの?」
「見慣れるようなことした覚えないんですけど!?」
何だその偏見!?
いや、洗濯物って意味だと見ていないって方が嘘にはなるけど。
それでも基本は二人がやってくれてるし……。
「ええ……ひょっとしてヘタレだったりする?」
「何から訂正していいか分からないんですけど……。
パイセンの中で俺はどうなってんだよ」
思わず敬語も剥がれ。
時間潰しに飲んでいた謎ジュースを吹き出しそうになった。
……いや、いっそ顔に吹きかけてやれば頭も冷えただろうか。
「いや、同じ家に二人も囲ってるとか何とか……昨日話題になってたのよ。
こないだの話で予想してた通り、って感じではあるわねー」
多分、目がだんだん細くなっていたと思う。
この間指摘されて気付いたことではあるのだが。
ある一定のラインを超えて強い感情を抱くと、俺は露骨に目に出るらしい。
主に細くなったり、視線が強くなったり。
それが発現し、今風先輩を見ているとはっきり理解しているわけで。
具体的にどんな状況なのかをはっきり言えないから困りものではあるけれど。
冗談めかして、情報を教えてくれている……と取って良いものなのか?
「それはまあ良いし、有り難いんだけど。
でもなんで今誂った?」
「おーこわ、葦原が怒るとこうなるのね……」
「良いから言ってくれません?」
ひらりひらりと言葉を躱されている気分になる。
これ以上怒りは湧きはしないが、それなり以上に不快な気分。
それを隠そうともせずに見続けていれば、小さく息を漏らして真剣な顔を作った。
「最初に謝っておくわ、ごめん。
単純な話、アンタの感情表現が見たかったのよ」
「――――は?」
俺の……感情表現?
色々としてきたつもりでいるが、今更?
その理由を自分の中で噛み砕こうとしても答えが浮かばず。
首を捻りながら、続きの言葉を待つ。
「いや、これに関しては私が勝手に気になったことなんだけど。
アンタ、喜怒哀楽の内で『怒り』の感情を表に出すのって得意?」
「…………いや、どうなんですかね?」
確かに口に出したり、或いは行動に出ることは……少ない、とは思う。
唯一変化があるとすれば目くらいで、後は内心で抱え込む。
或いは誰かに
……自分から表に出した、って思い出せるのはいつだ?
そんな疑問をふと抱いてしまうくらいには記憶が曖昧な程度。
多分、俺自身より周りの皆のほうが知っている気がする。
「部活と、後は悪巧みしてる時から何となく見てたけどね。
意識してんのかしてないのか分かんないけど……。
怒る、って事柄自体が苦手か……もしかすると表に出せないんじゃないか、と」
「それで、今の質問を?」
「そ。
後はさっきも言った通り、色々噂されてるのを拾ったからそのまま伝えたのよー」
女子だけの話って結構エグいんだから、なんて軽口を交えながら。
ただ、その顔だけは真剣味を崩さない。
以前に想定していた、女子陣の間では――――というのは、俺の抱いていた幻想に過ぎない?
ぐるぐると回りそうになった頭を、両手で挟み込まれるようにして真っ直ぐ向けられ。
先輩と俺との顔の距離が妙に近く感じてしまう。
「ただ、私はそれは悪いとは思ってない。
アンタも相応に重いモン背負ってるんだし、そうなるのは私だって分かるしね」
「……にしては、今朝方浮かれてませんでした?」
同じくらい重い物を、というのなら。
せめてもう少し真面目な姿を見たかった。
……いや、今の状態はかなりグッと来るものがあるのは事実だが。
「浮かれたって良いでしょ!
「……告白?」
あ、だからあんな浮かれポンチだったのか?
ただそんな噂一つも流れてきた覚えもない。
完全に一目惚れからの勢いなやつじゃないんだろうか。
「チアの格好に一目惚れしたから付き合ってくれないか、って応援先のエースからね。
いやー、私も捨てたもんじゃないわねー!」
手を離し。
やや甲高い、キンキンとするような声で自慢げな言葉を放つ。
「…………いや、まぁ。 先輩が魅力的なのは事実でしょうし?」
また調子に乗りそうだ、という予感もあったのだが。
取り敢えずそれはそれとして、至極当然のことは伝えておくことにした。
……そうすれば、急に錆びついたロボットのような動きへと変わる。
ぎしぎし、とゆっくりとした動きで首を回し。
「へ?」
「へ、じゃなくて。
いやまぁ、外見は勿論そうですけど。
それ以外にも色々と良い点を知ってるから、そう言ってるだけです」
一目惚れ……とまではいかないにしろ。
それなりに変な付き合い方を重ねて、共通点も幾つかある相手。
好意を抱かないか、といえば嘘になる……というのもまた本当。
それが直接的に関係性の変化に結び付くか、と言われれば首を捻るが。
「……え、葦原も? でも」
「でももかかしも無くてですね。
……色々と指折り数えて良い点とか魅力的な点挙げましょうか?」
例えばー、と折り始めようとして。
それに対し、つい先程までとは逆転した立場で慌てている先輩がいて。
……実際問題。
そういう人でもなければ、助けなんかしてませんよ。
強欲な人間なので、俺。
そんな、絶対に言わないことを脳裏で謳いながら。
全員が戻ってくるまで、奇妙な論争は……終わることもなく続いていた。
その呪いは、俺の優柔不断さは。
更に拡大して、色々と飲み込み始めていた。