葦原天理は巫覡である   作:氷桜

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ちょっと一次の方もあるので暫く不安定投稿になると思います。


前-14

 

「今日は機嫌良いの?」

 

「んー、何で?」

 

「何となく……かな?」

 

翌日。

八月二日。

 

此処まで連続で少女達と日常を謳歌し、明日より『旅行』に旅立つ日。

その前日……鷲尾の家へと呼ばれ招かれ。

隣には絹のような黒髪を隠そうともしない少女が一人。

 

青を基調とした私服姿に、幾らかの物品を入れたポシェットを一つ。

良家の令嬢、お嬢様。

そんな雰囲気を一切隠そうともしない美森ちゃんの隣で、片手を取られた俺が一人。

 

「こうしていても嫌がらないし」

 

「いい加減慣れたよ、羞恥心にも」

 

これは嘘。

たった二日前に訪れた俺のことを忘れていなかった駅員からは苦い顔。

通りがかった同級生からは嫉妬心と羨望心。

 

そんな幾つかの感情を、目の前の少女は楽しみながらに受け流し。

そんな幾つかの感情を、浴びれた俺自身は苦笑いで受け止める。

 

そうするしか他になく、そうするだけの理由を背負い。

今朝方も、朝から取り掛かっていた作業は漸くに目処が付き。

そうしてまた、一昨日と同じ時間に発車する電車に揺られて移動中。

 

座る顔触れは当然に違い。

けれど、待ち時間自体は何ら変わらない。

隣の、座る女の子の手の温もりと……組み交わす手の在り方もまた違う。

自分のもの、というのを一向に隠そうとしないこの感じ。

 

(――――最初に会った時と、大分変わったよな)

 

もっとこう、かっちりきっちりしていた。

今がそうではない、とは決して言わないが。

少なくとも……今のような執着心や独占欲は余り見せず。

『勇者』としての存在を最も重視していたように思う。

 

それが切り替わったのはいつだったか。

俺からしても――――そして彼女からしても。

好意を思い切り見せ合ったのは、多分あの時。

今から向かう屋敷の中で、互いの名前を交換した時……になるのだろうか。

 

「どうかしたの?」

 

「いや……ちょっと昔のこと思い出してた」

 

目線を彼女の横顔に向けていれば。

俺でさえ気付くのだから、周囲に目を配る彼女が気付かない筈もない。

故に、当然のように問い掛けが有り。

隠すようなことでもないのでそのままに呟く。

 

電車の道程は、未だ長く。

こんな話をするのもきっと、時間潰しの一環だからか。

 

「ちょっと昔?」

 

「出会った頃のこと。 美森ちゃんが須美ちゃんだった頃、名前を知った頃のこと」

 

単純に、横で聞いていただけでは理解できない言葉。

今では過去となり、仲間達全員が知ることとなり。

けれどあの時は互いのみが知っていた、本当の名前。

 

名前の交換、真名の交換。

()()とも同じ読み方を成す、己自身を指す言葉。

呪術では、その名前そのものが呪いの媒介にさえなると聞く。

つまり――そんなものが実在するかは兎も角――お互いのいのちを交換した、あの時の事。

 

ああ、ときれいな形をした唇から言葉が溢れた。

 

「懐かしいですね」

 

「だよね」

 

少しだけ、言葉遣いが過去に戻る。

常に気を張り、言葉を張り。

敬語を多用していたあの頃。

 

今では、少しだけ変わり……当時の言葉は余り見えず。

けれど、その基礎は未だに息づき続けている。

 

「…………あの時、とっても嬉しかった。

 それだけは、ずっと忘れない」

 

以前に聞いたような、そうでないような。

思っていたことと、感じていたことと。

 

たった三人で抱えていた事情を。

ずっと三人で抱えていかなければいけなかった事を。

外側から介入し、好き勝手動き回ったのは俺がそうしたかったから。

 

安芸先生は、大赦という側の身分を持つから踏み込めず。

実家は、名家から勇者を差し出すという原則から逃れられず。

きっとその果ては、彼女達という根本的な何かを差し出す戦いへと至っていた筈だ。

 

「……俺の無茶を聞いて貰った、っていうのもあるしね」

 

「前提の話とか、三人を纏めてとかね。

 ……でも、それで良かったのよ」

 

けれど、その代償は俺が背負った。

だからこそ、決定的に失う何かは存在しなくなった。

 

それだけが結果で、それだけが真実。

俺達に取っては、その事実だけで十二分。

普段口には出さないことだからこそ、余計にそう思ってしまう。

 

「誰かを選んで、誰かを選ばなかったら。

 多分、私達の何かがズレてしまっていたと思うから」

 

三人で一つ。

そんな言葉の通りのように、急速に仲を深めていた覚えがある。

そんな光景を……見ているだけで良かったなら、それで済んだのに。

 

「俺で良かったの?」

 

だから、未だに抱えているのは。

自分自身に対しての僅かな劣等感。

 

三人の道程をほんの僅かに歪めてしまい。

今の今まで影に日向に戦わせ続けている、そんなことへの負の感情。

 

俺自身は戦うことが出来ないから。

その代わりとして動いてはいるけれど、積み重なってしまう呪いのような想い。

 

「天理くん以外に誰がいるのよ」

 

「や、ほら。 もっとちゃんとした身分の相手とかさ」

 

「怒るわよ?」

 

本気の言葉が多少混じっていたからか。

相手から返る言葉にも当然、本気の気持ちが多少は混じる。

 

「何度も行動でも、言葉でも言ってる気がするけど?」

 

今もやったほうが良いのか、という問い。

 

それは勘弁して欲しい、と頭を下げて。

美徳だけれど欠点なのは変わらないね、と言葉が届く。

 

「貴方じゃなきゃ駄目。

 もしいなくなったら、私は……私達は、どうしてしまうか分からない」

 

だから、私達のためだと思って。

 

そんな当たり前の言葉と。

そんな当たり前の気持ちと。

そんな当たり前の仕草を交え。

 

「……肌でも重ねた方がいい?」

 

「やめて」

 

冗談に成らない言葉を口にする。

 

その顔は――――決して冗談の成分を残してはいなかった。

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