葦原天理は巫覡である 作:氷桜
微かな浮遊感。
ついで何処かに流される感覚――――けれど以前よりも明らかに短く。
どさり、という物音と大地に落ちる感覚はほぼ同時に。
そして。
「っ!」
「ちょ、何!?」
身体に抱き着くような柔らかい感覚と、絡め取られるような手が幾本か。
地面に落ちて、周囲を確認する間もなく行われた行動に目を白黒してしまう。
胸元……妙に近い顔の直ぐ側。
亜耶の半分泣いているような顔。
背中側、何とか後ろに目線をやれる位置。
たかしーが満面の笑みで抱き着き、挟み込んでいる状態。
此処は――――前回立ち去る直前の場所。
草原の前、のもう少し手前。
一時休憩を挟んだ森の中、一部開けた場所か。
周囲が森に囲まれ、木々の青臭過ぎる香りが暴力的に襲い掛かり。
多分向こうの……現世では余り浴びることもないモノを浴びながら。
少女達に覆われている不可思議な状況。
……現状を把握してからも余計に混乱し、言葉に戸惑う中。
「……高嶋さん?」
「あうう、ぐんちゃんんん~」
いつの間にか、という言葉がピッタリ当て嵌まる。
恐らくは俺と同じく、別の場所に降り立つという経験を踏んでいるからなのか。
自然と姿を現した、聞き慣れた声色が更に背後から聞こえ……同時に動きを止め。
引っ張られるようにしてたかしーが剥がされ、妙な声を上げた。
いや、うん。
凄い助かったのは間違いないしありがとうせんちゃん。
でも怒ってるような喜んでいるような奇妙な二面相を俺と彼女に向けるのはどうかと思う。
っていうかやめてくれないだろうか。
そんな生温い感想を浮かべていれば。
周囲から同じように落ちる音と着地する音、複数の物音が静かな空間に響き渡る。
その音と、目の前で行われた行為。
其れ等を以て距離を取った亜耶に、人知れず微かに息を吐く。
こうした経験が増えすぎている以上、いい加減に慣れて然るべきではあるのだけど。
普段なら……それか覚悟を決めて、俺自身から踏み出した時なら兎も角。
咄嗟の行動や俺自身の精神性に引っ張られ、そうするのも中々難しかったりする。
(結局、これも言い訳なんだけど)
顔を真っ赤に染めつつ転がっている人たちに手を貸している姿を見。
せんちゃんに詰められているたかしーに目線をやりつつ。
すっ転んでいる風先輩やひなた、後は銀を助け起こせば奇妙な目で俺も見られる。
「……何だよ」
「べっつにぃ。 アタシはなんにも見てないし」
「拗ねんなよ……っていうかその言い方、見てたって言ってるようなもんじゃねえか」
普段の通学路や道程と違い、足元は木々の根や土で異様に凸凹している森の中。
だからこそ、松葉杖に未だ慣れ切っていない……そしてその杖も地面に転がっている今。
目の前の
それを理解しながらも、見てしまったものを否定するように。
腕に捕まりながらも距離を取るようにする態度に苦笑いを浮かべ。
同時に何も変わらない事を実感し、ほんの少しだけ安堵すれば。
拳一つ、二つ分程離れた位置の亜耶もまた
「どうしろと」
流石に距離もあるし、同時に対応もできない。
せめてどっちかが受け入れてくれでもしないとどうしようもないのだが。
関係性自体は何方も同じ。
受け入れているか否定しないかの差はあるとしても。
故に何方を優先することも出来ずに困り果てる現実が生まれる。
……いやまあ、今まで滅多に起こったことが無いのがおかしいのだが。
それもまぁ、彼女達が自重してくれていたからなのだろうけれど。
「人気者の宿命でしょ、受け入れなさいよ」
「パイセンは黙ってれば色々評判になるのに勿体ないですよね」
「そう? ……いや待て葦原、今馬鹿にしなかった?」
誂い混じりだと分かるからこそ、此方も冗談を混ぜ込んで。
茶化す事でほんの僅かに緩んだ空気を更に広げる。
変に緊張し続けるよりはこの方がいい……のは間違いないのだけど。
(……さて。 今代の勇者達はアプリ入りのスマホにまだ変えてないんだよな)
一応の脳内確認。
俺自身も詳しくなく。
そして向こう側もきちんと教える気がなく……匂わせる内容を噛み砕いた程度だが。
勇者部に対しての報酬/依頼の一環として最新のスマホに変えることを依頼内容にするらしい。
要するにアプリに対しての使用感を教えて貰うためのテストユーザー、という側面。
然しその裏はそのアプリ自体に仕込まれた勇者機能そのものを与えること、という二段の仕込み。
ただ、この場ではそれを使用することは出来ず……そもそもの最初から俺を経由する変身になる。
それ自体が初めてで、同時に変身することも無論初めて。
その状態で問題がないのか、と言う今更の不安が若干残るのもまた事実。
せめて――――もう少し落ち着ける場所に落下出来れば良かったのだが。
(神様が認めてくれなかったんだろうな、多分)
あの時に語りかけられた、理解できない言語。
それでも何となくに理解出来てしまった感情、意味は『再訪』。
もう一度は顔を出せ、という神との約束。
その神様を頼りにやってきたのだから……まぁ、そうもなるか。
「「天理くん?」」
「ん?」
二重音声のように聞こえる声。
一見一卵性の双子、と言っても違和感がない程にそっくりの二人の友奈の声。
心配そうな顔は、俺が浮かべていた百面相に対してのものか。
「えーっと、大丈夫?」
「色々考えなきゃいけないことは有るし、少し安心した部分はあるけど」
前者は神様に対して。
後者は未だに悪いことをした自分と、周囲に怯えているような亜耶が無事だった事。
其れ等は同列に並べるには中々厳しいものがある、けれど……。
「先ずは……全員無事で良かった、って喜ばせて欲しいかな」
薄っぺらい笑い方。
きちんと笑えない笑い方。
それが、どれだけ心労を掛けるかは分からない。
それでも。
心に抱いた、思った言葉は伝わると信じて。
精一杯の笑みを、彼女達に浮かべ。
満面の笑みの、花の盛りを――――お返しとして、胸に受けることになった。