葦原天理は巫覡である 作:氷桜
暫くはこんな感じな気がしますが申し訳ない……
草原に近づく度に、肌に纏わりつく感覚は強まっていく。
肩、腕、指先。
或いは脳裏、頭上に内側の霊体まで。
何処かしこも見られているような、触られているような感覚。
「……ピリピリしませんか?」
「するね……見定められてるんだと思うけど」
それを正しく感じているのは――――以前に経験を持つ人間と。
そういった感覚に極めて敏感な人間達なのだろう。
『戻ったのか、この時代に産まれ落ちた巫覡よ』
耳に、微かになにかの声のようなものを捉えながら。
似た感覚を覚えたらしいひなたの問い掛けに頷きを返し。
震えるような、それでも覚悟を決めた表情の亜耶は歩みを止めず。
杏さんはタマ先輩と脚を並べながら、けれどその足取りは目に見えて重く。
「東郷さん、大丈夫?」
「ええ……大丈夫、だと思うけれど」
何方の才能をも引き継ぐ稀有な黒髪の少女は、彼女の親友に支えられながら。
草原の間近――――前回と同様くらいの距離で、自然と全員。
何かに支配されたかのように同時に足を止めた。
背丈程もあるような草……というのは今の時代、俺の周りでは殆ど見ることはない。
それだけ手入れがされていない、という土地が少ないということも有るけれど。
其処まで伸ばそうとする意識が自然と働かない、というのはあるのかもしれない。
多分、それは。
神樹サマとかいう巨大な樹木の形を取った神への無意識下での尊敬の念と。
其処に与えるような無駄な栄養素が存在しない――――そういった勿体無い精神の発露。
『問いたいこと、知り得るべき事は山のように残っているが』
明後日の方向へと意識が向き。
けれどだからこそ、なのだろうか。
内側の自身のもう一つ……重なるように宿っている、それ。
気付けば実感できるようになってしまっているモノ。
霊体、もう一つの身体。
微かに振動するように瞬き……言葉らしき透明な何かを、身体全身で受け止める。
他に出来ているのは――或いは出来るのは――たかしー、或いは巫女としての深い才覚を持つ存在達。
恐怖を感じることが出来るからこそ、それを受け止める器を持つ。
ある意味では当たり前の、そんな原則を急速に理解しながら。
残った試練を告げられるのを待ち、隣に立つ少女達と。
肩を貸し続ける、幼い頃からの彼女の僅かな震えを受け止め押し止める。
それが出来るのは……少なくとも今は、俺だけだったから。
『それを問うのも今は無粋よな』
はっきりと深く、沈むような音が聞こえた。
けれど微かに、囁くような声色で。
何かが起き上がるように、立ち上がったような気がした。
そして。
それが聞こえてしまったのは、俺だけなのだろうと無意識に気付きながら。
一切目を離せず、それ以上に口さえも開けずに。
何かが移り変わる姿を眺める他無かった。
『我は、姉にさえ見捨てられた力の具現化としての一柱。
そう定められたのならば、その通りに確かめるだけよ』
俺の中の半分が、微かに震えた。
俺の中の半分が、確かに怯えた。
それは、元となった神の属性の差。
本来あるはずではない、有り得てはいけない天と地の神に触れてきた俺だから。
その何方の力をも借受、利用し、触れ合って。
一個人でしか無い精神を凝縮し、変容させてきた俺だから。
そして、この世界だからこそ。
今目の当たりにしている光景だからこそ。
脳裏に自然と焼き付き、固定化され、理解していく。
否定しようと思えば浮かぶ幾つもの種。
けれど、それは……現実逃避に他無く。
今の現実を否定するには、真反対の行動だった。
「……ぁ」
誰だろうか、言葉が漏れた気がした。
怯えるとか、そういった感情がどこかに押し流されて。
ただ単純に口の端から漏れてしまった、意図を持たない声色。
本来、肉体という守護と世界という壁を経て尚相対するには辛い存在。
その内の一枚を介さずに、その力の本質を剥き出しにしたモノと出会して。
覚悟を決めるよりも前に、恐らくは魂自体が理解してしまった故のモノ。
言葉を解するにも、才を必要とする。
だからこそ、微かにでもそれを理解できてしまう巫の才を持つ者たちは。
流れ込んできたその許容量に耐えられたのか――――。
目を離せない今では、それを確認することも出来ない。
ぴしり。
周囲が微かに揺れた気がして。
その挙動に、思わず目が動きそうになり……何とか理性で持ち堪える。
地震、という全てを失い変わることになった契機。
脳内では既に理解していても、身体の芯は……きっと、死ぬまで。
それを引き摺り続ける。
『故に。 己が力を託したものを見極めさせて貰おう』
同時に、空間が塗り替わり始める。
それは、幾度も結界を介して見届けてきた場所。
勇者達が犠牲となり、食い止めてきた変異する世界。
樹海化、と呼ばれる神樹サマが齎す祝福の一端が内側から引き出されるような錯覚を覚え。
微かにふらついた足元を、肩を貸していた彼女の存在で縫い留める。
草原。
古びた刀、剣。
ワカ達が微かにでも知る存在。
きっと、その名前を呼ぶには融合し過ぎ。
けれど、完全に喪失するには
ちかりちかりと脳内で浮かぶ幾つかの情報。
ひょっとすれば、これが『巫女』が見るという未来の光景に近いものなのかもしれない。
ただ――――こうして見えているのは、過去の幾つもの断片と言うだけで。
目の前の存在の、剣の内側から何かが浮かび上がる。
それは……恐らく、当代の勇者を除いては全員が見かけた存在。
「…………あれって」
幾人もの命と、戦う意志と。
僅かな希望を打ち砕いてきた、毒性を持つ強い天の意思――――バーテックス。
それが、周囲の力を取り込む毎に巨大化し。
数秒を経る毎に、膨張しては姿を変える。
「タマっち先輩」
「うん」
溢れた言葉と、武具を握るような軋む音。
戦う意志と、その力を持つ存在たちはゆっくりとその姿へと変化する為の行動を起こし。
「……天理くん?」
「先輩?」
「皆は……多分、俺を介せば大丈夫だと思う」
一切成ったことの無い彼女たちへは、物品を使用せずに肉体を繋げる。
最も最初に、最も原始的に、最も非効率的に。
けれど、互いが認めるのならば誰にでも分け与えられるかもしれない格好へ。
「だから、一度俺の後ろに」
そう、呟くのとほぼ同時。
目の前の存在は改めて――――そう、宣告した。
『
一息を置き。
『
討ち果たしてみよ、と。
嘗て、それを為した当人が。
試練として与えたのは、そんな決戦という名の実戦だった。