葦原天理は巫覡である   作:氷桜

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ちょっと短め。


前-24

 

その存在の名前を初めて知ったのはいつだったか。

 

少なくとも小学校や中学校を含めた学校教育ではなく。

個人的に調べることになった、勇者絡みの事実を知ってからだったか。

或いはワカやヒメからの個人授業の際に名前が上がったのだったか。

それとも、せんちゃんに誘われて一緒に遊んだかなり古いゲームの中だったか。

 

色々と混合していて、『知っている』事は分かっても『知らなかった』事を思い出せない。

 

ただ、今確実に言えるのは。

目の前にいる存在が、嘗てのそのままの再現ではないとしても。

俺達にとっては十二分を超える程の『壁』であるのだろう、という紛れもない事実。

 

「……集合体?」

 

「私達の時に起きていた……星屑の進化、の更に上か?」

 

眼の前で揺れるその存在。

動き出すまでに余裕を設けているような、明らかに通常ではないと知らしめる怪物。

 

蠍座を元にしたらしい()()が、勇者達を前に。

各々が警戒をしながらも武器を構えるのを()()()()()

 

その行動自体が明らかに異常。

その存在、在り方自体が神樹サマを狙うために費やされる機械。

……もっと単純に言うのなら、生き残った人の抹殺という役割を与えられた使い魔に親しいのに。

それを妨害する役割を担う、勇者達を前にして動かない……それ自体が異様にも感じる。

 

名の通り、加護により守られた勇者達の臓腑をも一刺しの毒にて犯し尽くす存在。

鋭い針を持つ天の神の使い――――その針の数を八つへと増し。

やや下がった、少しだけ膨れたようにも見える変異した場所には微かな穴が見える。

それら全てを束ねる、巨大な胴体の辺りは……地へと接しながらも揺れ動き。

俺の目の奥、巨体を対した反対側には尾のように太い鱗が見え隠れしている。

 

(……どうする?)

 

肌に感じるのは悪寒と視線。

見られている、見透かされている。

それ自体は以前にもあったことで、ただ単純に「俺」を見るだけならば構わない。

ただ、今感じているのはそうではなく――――。

 

()()()()()()()()()()、と言う意味で……二重に敵対するモノではあるんだよな)

 

お互いがお互いに刃を向け合い、けれど脚を踏み出さない。

どちらかが動けば、或いはそれに類する言葉を発すれば。

それを契機として動き出すのが分かっているから動けない。

 

多分、乃木として幾度の戦いを経験した少女たちはそれを理解し。

付き従うように、己の意思で抗ってきた存在も薄々とそれを見知り。

事情と、これからを知ってしまった数人は下手に動けない状態が続いている。

 

偶然と、そしてある意味で意図して成立している均衡状態。

崩すのは……多分、俺になってしまうのだろう。

 

勇者である犠牲者(しょうじょ)を選ぶモノ達。

数多の妻と、神と結びつくことで主として確立した神樹の中心……作り上げたモノ。

神からすれば狙われるとされる、御姿を保つモノ。

 

目の前に見えてしまった悲劇を払おうとし、その代わりとして身に負ってきた幾つもの現象。

そのどれもが……目の前の「神」と敵対し、そして近く結び付く結果として成ってきた事。

 

「皆」

 

だから。

 

「俺は、全員が全力を出せるように準備することしか出来ない」

 

相手が待ってくれている今だからこそ。

今にも動き出しそうな……恐らく、最も死を思わせる相手だからこそ。

神が与える試練だからこそ。

 

「だから、ずっと直ぐ後ろで見てる」

 

例え、誰が抜かれようと。

誰がその場で倒れようと。

逃げることだけは許されないから。

 

「俺の命は、皆に託すから」

 

同じことを思いながら。

戦場に立つことが出来なかった少女の目線を右から感じた。

 

「皆も、俺達に託してくれ」

 

未だ戦場に立つこともなく。

けれど、その生命を信仰に捧げ。

殉じようとしていた無垢な瞳を左から感じた。

 

「俺に捧げられるモノならば――――全てが終わった後に、捧げるから」

 

直ぐ横から。

犠牲となった、肩を貸す少女の強張る手指の震えを感じて。

 

直ぐ横から。

ずっと昔から、見守られ続けてきた目線と溜息を感じて。

 

()()()

 

ただ、それだけを口にするのに掛かった労苦、心労は妙に重く。

初めての相手……そもそも何が出来るかも分からないのに。

勇者として選ばれてしまった三人に告げられる言葉は、何もなく。

背後から伸ばされた手と、自由になっていた左手が連続して交差し。

ぱちん、と叩くような乾いた音がした。

 

当たり前でしょ、と声がした。

 

今更よね、と声がして。

 

任せて、と鈴の音が響いた。

 

――――それが、始まりだった。

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