葦原天理は巫覡である 作:氷桜
相手の巨体。
こちらの数。
動き出すのはほぼ同時で、けれど反応は対照的。
八つの首を再現したのだろう針は、一点に凝縮するかのように降り注ぎ。
総数15の群体は、各々の行動方針……そして慣れに応じて取る行動を切り替え。
咄嗟に動き出せなかった、足を止めてしまった数人を引き摺るような行動を強いられてしまった。
(……仕方ない部分はあるけど!)
既に実戦を幾度も経験している勇者達。
彼女たちの場合はどうしても距離を詰めることを前提とする武具を主体とする。
だからこそ、距離を詰められない事そのものが自身達の不利に繋がると理解している。
一歩踏み込み、巨体と
経験を持たない、或いは戦う手段を知らない勇者と巫達。
一瞬の合間に前方に逃れる術を失い。
けれど、反応することは出来得るだけの体を持ったからこそ後方に飛び退る。
「友奈ちゃん!」
「ひなたさん!」
射撃武器、という物珍しい武具を与えられたからこその猶予を活かし。
最も手近にいた、護るべき相手を見定めながら。
「怪我させたら悪い!」
「きゃぁ!?」
ただ、そもそもその反応自体が遅い複数名。
その場にいれば生命を落とす事を脳が理解できたとしても、身体が反応しなかった少女達。
彼女たちに対しては両手を用いて、無理矢理に後方に引っ張るように飛ぶことで回避させる。
修羅場、というよりは戦場と呼ぶのが正しいのか。
幾度も経験してしまっているからこそ動いた身体に感謝しながら。
ぴん、と張った腕に僅かの痛みを覚えながら。
内側から炙られるような熱と、脳裏に過る悪感情と。
力を引き出し与えることの代償を確かに感じながら、細かいことは後だと割り切る。
恐らく、それが出来ることが今までの経験故なのだろうと理解しながら。
「てんり!」
「って、タマ先輩!?」
そんな中で、同じように後方に飛んできた勇者の一人。
本来なら前衛に立つことで本領を発揮する、盾にも似た武具を持つ小柄な先輩の叫び声と勇姿。
彼女が数歩前に立ってくれた事で防がれた、隙間から見える現象が脳裏に過る恐怖を軽減する。
木々の根に突き刺さる針と、衝撃が雨のように降り注いだ事で起こった当然の現象。
地面に大きな穴が空き、散り散りとなった破片が多量に舞うことで起こる二次被害。
本来ならばただの時間稼ぎ、或いは視界を遮る阻害としてしか働かないだろう行動。
けれど、勇者服を身に着けていない俺達にしてみればそれ自体が武器と然程変わらない。
咄嗟に顔を腕で覆いながら、銀と亜耶を背で隠すように庇い。
けれど目の前に大きく拡大された――思考の片隅が鈍るのが分かった――盾に遮られ。
ガガガガ、と機銃にでも撃たれ続けるような物音を聞き届けながらにその場から動けない。
「ねえ、葦原」
「あの、葦原先輩」
同じような呼び方で、似通ったような
けれど決定的に違う、姉妹ということを如実に表す二つの声。
直視ではなく、周囲視……周辺を見る特有の見方で彼女達を見つめてみれば。
私服姿から打って代わり、神樹サマに見定められた特有の戦闘衣装に身を包んでいる。
傍らには、人丈をも超えるような大型の剣を。
傍らには、腕に付属した装飾品のような何かを。
それらが武具だとするのなら、互いに分かりやすい個性とでも捉えるべきなのか。
それとも――――選ばれてしまったことを嘆くべきなのか。
今更ながらにそんなことを脳裏に映しつつ、なんですか、と口にした。
「私達はどうすればいいの?」
「私も……えっと、お姉ちゃんみたいな武器じゃないんですけど」
ああ、と言葉が口の端から漏れそうになって。
慌てて口を閉じながら、ある程度大声で指示を出す。
本来ならそうすること自体が間違っていたとしても、経験自体は今は俺が上。
特に、
「相手が確実に動かないのを理解した時、それ以外では踏み込まないで下さい」
前方、音が落ち着き始め。
そして前衛で武具を振るう物音と、金属製の何かを叩くような快音。
同時に聞こえるのは悲鳴にも似た大声と、改めての意思疎通を込めた互いのフォロー。
「あの時よりも硬い……!?」
たかしーの右腕に輝く天の神殺しの武具。
けれどそれが微かな凹みのみを与え、その反動が腕に伝わる。
ずさり、と後方へと滑るように距離を取り。
そのまま一歩、二歩と小さく飛んだ一瞬前の足場を針が執拗に狙う。
既に通常の勇者服ではなく、精霊を身に纏う切り札姿に変わった少女達。
降り積もるように重なる代償……実際の使用制限とも呼べるそれら。
幾分かは俺へと伝わって、内側で熱へと変わる痛み。
繋がっている、と錯覚してしまう行為と行動そのものを武器の一つへと変え。
以前よりも力強くなっているはずなのに。
眼の前に映る光景は、以前の焼き直しと然程変わらない。
「乃木さん! 無理はしないで!」
「分かっている、同じことは二度も繰り返させん!」
針そのものの威力、そして掠りでもすれば臓腑を腐らせる猛毒。
その数が多いだけでも厄介なのに、再現すると宣言したその名前。
『竜』、或いは『龍』と名乗るそれが持つ吹き出し口にも見える部分。
何の意味もなく持たせるわけもなく、下手にその前に待機することも出来ず。
必然的に移動を強いられ続けるからこそ、戦術を立てる事自体も中々出来ずにいた。
「あのバーテックス……その元になった存在は勇者を簡単に殺せる相手です」
「ころ…………え?」
その光景は幾百と見た。
二人の勇者を殺し続けた、呪いにも似た焼き付いてしまった光景。
もしかすれば。
今こうしているのが夢とも思えてしまうから、彼女達の好意を受けられないのかもしれない。
そんなどうでもいいことが、脳裏を過ぎった。
「絶対に真正面から攻撃を受けないで下さい。
仮に攻撃を受けなければならないとしても……」
「もう慣れてるんだよぉ!」
目の前の、大きな刃付きの盾を以て。
ほんの僅かに角度をつけることで衝撃を逸らし、戦闘の流れを取り続ける
参考にするのなら……まず彼女の行動だろう。
「あのように、角度をつけて地面に逃がして下さい。
そう出来ないのなら、絶対に攻撃を受けないこと」
出来ますか、と聞いてみたが。
同時に横に振られる首が二つ。
まあ、だよな。
無意識下にそんなことを思いつつ。
片手に握りっぱなしの銀の手の握力が、微かに。
眼の前で見ているだけでは耐えられないとばかりに、強くなるのが分かった。