葦原天理は巫覡である 作:氷桜
木々がへし折れる。
身体が回転する。
ほんの数秒後には、恐らく血反吐を撒き散らしながら浮かぶ二つの影が見えていたかもしれない。
いや、恐らくは。
何もしなければ、無策であれば起こっていただろう仮想を。
少しだけ距離があるというのに、すぐ傍で見ているような感覚の中。
木々が倒れると同時に、幾本かのそれが切断され。
僅か……恐らく数瞬にも満たないような時間差の内側。
遠心力が、巨体が遅れて宙を舞った。
『く、ぅ……!』
異音のような、ノイズに塗れた声。
聞き覚えのある、けれど聞き慣れない声。
悲鳴、というよりは歯を食いしばる声。
つい先程まで身近にいた三人の少女達の一角。
気付けば、せんちゃん達と打ち合わせて姿を消していた彼女達。
最も幼い勇者――――樹ちゃんの声が、耳に届く。
『お姉ちゃん!』
『後ちょっとだけ我慢してね、樹!』
距離からして、二人の声が聞こえてくるのは明らかな異常。
故に、今こうして聞こえるのは……杏さんと同じ理由だからなのだろう。
根本的な理由さえも掴めないまま、音声と周囲の物音で判断し。
更に一歩、と
「おい、てんり!」
「タマ先輩、すいませんけど手伝って下さい」
肩を貸し続ける銀も、俺の行動を否定しない。
寧ろ……そうしなければならない、という焦燥感にさえ駆られながら。
木々の根を潜り抜け、砂煙と千切れた騒音の中へと足を踏み入れる。
どかん、という巨大な物音。
同時に響き渡る、悲鳴のような雄叫び。
僅かに見える巨大な剣のようなもの……恐らくは風先輩が振り下ろした彼女の剣。
『こなくそ、硬いわこいつぅ!?』
『先輩、そのまま!』
周囲は――――より正しく言うならば、現場を確認しているせんちゃん以外は。
彼女から伝えられる言葉と、周囲の気配や状況からどうすべきかを判断している筈だ。
にも関わらず。
鉄火場は経験していても、実際に武器を打ち合った経験を持たない俺が。
何も聞かないのに、その中へと進み続ける俺達が。
周りからどう見られるのかは予想はできていても、タマ先輩以外の否定の言葉が出てこないのは。
ある種の信頼にも近いのかもしれないな、と一人心の中で愚痴を呟く。
『ある種、じゃなくて信頼ですからね?』
『……聞こえてたんだ』
こんな
新たな発見と、更に減った多少の自由。
ほんの僅かに、弛緩した空気を心の中で漂わせながらも。
先程に続き大きな物音が二つ、いや三つ。
『あああああああああああああああ!!』
『ていやあああああ!!!』
似たような声色……ほぼ同じような声色の、異口同音の叫び声。
鈍いものを叩くような、振動までもが聞こえてきそうな轟音と。
金属を叩いた時特有の、けれどやはり轟音。
そして先程と似た、叫び声と周囲を破壊する音。
誰が何をしたのか、というのは何となくに理解できてしまった。
友奈とたかしー……どっちがどうしたのか、までは掴めずとも。
どちらかが相手の首か胴体を殴り飛ばし。
合わせて、どちらかが
刃が微かにでも鱗を貫いていれば、衝撃で更に分断できる。
仮に徹っていなくても、同じ点を攻撃できる。
それを瞬時に考えたのかまでは分からずとも。
有効打を与えた、という認識は間違ってはいないはず。
「……少し急ぐぞ」
「頼む」
出来るだけ近くに。
本体か尾か、どちらかの分断された側へ。
近付く度に呼び掛けられているような錯覚の中、更に一歩足を進め。
『結城、友奈! もう一発だ!』
『分かって、ます!』
『若葉ちゃん、合わせて!』
脳内に響く声――何故かノイズの有無で分かれる――に耳を傾けつつも。
一切そういったものが聞こえてこない二人……美森ちゃんにそのちゃん。
二人の安否が気になって仕方がないものの、そちらを追う手段はなにもない。
(……どういう基準なんだ? 力の総量って問題だけじゃないだろうし)
ふと、目の前の……通常時の盾を構えて警戒し続けているタマ先輩に目を向ける。
繋がった、と感じた時。
何かの大きな違和感を感じた時。
内側から引き出されるような違和感は、先ず間違いなく満開……或いはそれに似た物だった。
……それの有無。
つまり、二人は満開にまで至っていないということなのか。
或いは、満開は開放しても全てを展開していないこと*1が理由なのか。
疑問は浮かび続けるが……後に当人たちへ聞くしかない事実。
幾つも増え続ける疑問符の中。
ばきり、という極めて硬質な何かが砕ける音と。
再びの轟音、地震、悲鳴が響き渡る。
見上げれば、龍の首が横倒しに倒れ。
頭上を暗闇――――正確に言えば、肉体と千切れた際の影響で吹き飛んだ巨体の破片。
つまりは尾の先が此方に向かって飛んでくるのが見え。
口の端が僅かに揺れるのを実感した。
「ふっざけんな!?」
叫ぶだけの猶予があった、と思えば良いのか。
周囲への警戒を告げたつもりだったのか。
正直自分でも良く分からないが、身体は咄嗟に反応した。
咄嗟に肩を抱き、隣で悲鳴と聞き慣れない女の子としての声がして。
地面を滑るように回避した数秒後、すぐ前までいた場所に肉片が跳ねて周囲を砕く。
「うっわ!?」
「潰されるなよー!?」
各々が大声を挙げながら散り散りに回避し。
地面を何度か跳ねたそれが落ち着くのを待って、目線を向け――――。
じぃ、っと。
頭上から見つめられる悪寒。
元々狙っていたと思わしき、肉片の持ち主から見られているような気がして。
荒れる息を心中に収めながら、全力で駆け出した。
探しているだろうモノが、其処にある気がして。
呼んでいるだろうモノが、其処にこそある気がして。
決して奪われてはいけない、と。
誰かが叫んでいる気がして。
引っ張り続ける片割れの少女の顔色さえも、伺う猶予もなく。