葦原天理は巫覡である 作:氷桜
断面が下へと向いている。
先が根に引っ掛かり、ぐたりと凭れ。
何色と表現していいのか分からない、奇妙な色に塗れた尾の根本。
その先から何かが突き出ているのが分かった。
背後からの物音は続いている。
それと同時、新たに増えた打撃音や斬撃音。
弾かれるような金属の音に、千切れ飛ぶような風切音。
そして脳内に届く叫び声に悲鳴。
押し留めようとしているのは、してくれているのは嫌でも分かった。
片手の先。
決してそうしようとは思えない、少女と共に走り抜ける。
後少し。
もう少し。
近付く毎に視界に映るものの全体像を理解し。
その先に存在していたものを、一度ならず二度は目視していたものだと判断した。
叢、或いは草原に突き立っていた一振りの剣。
相手している巨体の名前と、想定していた造反神の神としての名。
其れがすぐに結びつかなかったのは……其れに関する知識を手に入れた大元。
一般的に流通しなくなってしまった、
「なぁ、天理」
「……ん?」
走り続けるだけの体力。
其れに追従するだけの身体。
現状、銀がそう出来るのはこの世界だから……という理由が強いだろう中で。
俺が問題なく走り切れたのは、毎日の鍛錬が生きている結果なのだと考えながら。
すぐ目の前、手を伸ばせば届くだろう剣の眼の前で息を整え。
口を開いた少女に対し、恐らく同じものを感じている相手へと返事を行う。
「呼んでたのって、多分これだよな?」
「……だろうな」
強く握りすぎたのか、離そうとする時に顔を顰めるのが分かった。
奇妙な、時間の流れが遅れるような感覚。
其れが再びに発現したような気がした。
「……でも、多分。 最初に触れるのはアタシじゃない気がする」
「やっぱり、俺なのかね」
謝ろうとする矢先に、更に別の言葉でそれを上書きされてしまった。
謝るんじゃない、と言われている気がして。
話を続けることを求められている気がして。
その感覚にこそ従い、話を。
「多分、だけどな」
共に呼ばれている。
こうして近くで眺めてしまうと余計にそう思う。
呪いを掛けられた物体――――というには神々しく。
神の所持物、というには血腥い。
まあ、目の前で肉に包まれているから余計にそう思うのだろうけれど。
後ろからの物音が更に近付く中で。
空いた右手を、その剣の柄へと伸ばす。
決して戦う技術も、精神も、力も持たないのに。
何となくに、それは。
ひなたから話を聞いていた、神具に呼ばれた時のことを思い出させるもの。
だからこそ、手を伸ばすことに拒否感はなく。
背後のものを打ち払う為に……そんな言い訳を心の中で述べながら。
柄へと触れ。
握り。
そして、脳裏に知識が流れ込んできた。
(――――え、は)
濁流、という言葉が正しいのだろう。
ただし流されることはなく、両手で支えるモノに掴まれた中で一方的に理解する。
流し込まれる、理解する。
八岐之大蛇、素■嗚命。
それらに関わる伝承。
葦原中国に於ける龍退治。
或いは山に住まう敵対部族を打倒し、捧げられた剣の話。
生贄に捧げられるはずだった、巫女の祈りを受けた勇者。
龍退治の際に同行し、八塩折之酒を以て調伏し討ち果たした伝承を持つ存在。
櫛へと肉体を変え、当人と共に結び付く繋がり。
異性から異性へ、そして生涯を共にする契約を結んだ相手。
剣を手に入れたからには龍は討伐され。
討伐されるからには、その鱗を切り裂くだけの力を手に入れる。
そんな逆説論理的な、日ノ本に於ける三大神器。
熱田神宮に祀られる実物、海の底に沈んだとされる形代。
その二つの存在を受け継ぐ、精神体としての本物。
日本での精霊信仰の一種、八百万の神々としての一角を占めるに相応しい存在。
(そうか)
今までは見えなかったものを見てしまう。
今までは聞こえなかった声を聞いてしまう。
それでも、決して
今までに積み重ねられてきたことと、目の前に対抗するための方策を理解する。
根本的な才能の欠如が理由なのか。
或いは、人としての枠組みを大きく外れてしまうからなのか。
(こういうことか)
何となく、どっちもな気がした。
(神具を預かる巫ってやつは)
自然と腑に落ちるような実感の中。
どうするんだ、と誰かに問われた気がした。
その声の持ち主は、つい先程聞いたような声色だった。
厳しくも暖かく。
それでいて自身の意志を押し通すことしか考えない、武神に似た声。
目の前の敵を打ち払い、そしてその後に民の為にその地を切り開く。
荒御魂と和御魂という、神としての両側面を今理解している気がした。
手元に引っ張りながら。
するり、と抜け落ちた剣を手に。
本来ならば。
そうするだけの力があるのならば。
嘗ての伝承の通りに、力を振るう資格を得たと言っていいのかもしれないけれど。
「銀」
「ん」
「
戦う力は、俺には必要なかった。
其れを支えられるだけの力があれば良かった。
だから。
「応援してるぞ、ヒーロー」
巫覡として、勇者へと全てを託した。
異性として、異性へ全てを任せた。
それらが、必要なことだったから。