葦原天理は巫覡である 作:氷桜
甘ったるい話もやりたいんだけど話題が浮かばないぜ
天叢雲剣、或いは草薙剣。
手に取ったこの剣、今現に銀に手渡したこの剣を
それは、この神具が持つ若干特殊な特性であり。
そして、本当の意味で天の神を解放するのに必須な知識だった。
「……ん、んんー?」
「持つだけで違うだろ?」
「あー、うん。 すっごいムズムズする」
背後から迫っていた物音は、気付けば止み。
数多の首が此方を睨みつつ、同時に気圧されているような視線が刺さる。
無論、その先は剣を持つ少女……銀。
手の重みと、自身の変化と。
そして気付けば身に纏っていた、以前と僅かに違って見える衣装を確かめている。
(……ある程度予想はしてたけど、確信が持てたのは助かるな)
海の底に沈み続けている、と伝えられる伝承。
『龍』という存在が持つ、水に親しい在り方。
八岐之大蛇伝承に於ける山からの川、という始まり。
そして何より、素■嗚命の統治領域としての『海原』。
そのどれにも大きく関わるのは水であり。
故に、この剣は水……その中でも海としての在り方を根本に秘めている。
すべての生命の始まりであり。
人の大部分を占め続ける水分、という意味合いを併せ持つ意味。
そして戦神、として謳われる在り方と合わせ。
この付喪神が持つ権能は大きく分けて三つ。
「警戒してんのは多分そう長くはないぞ」
「分かってるよ……でもさ」
とん、とん、とん。
地面を足で叩き、軽く跳ね。
「前よりも自由に動く気がするんだから、仕方ないだろ?」
そんな言葉と共に、改めて地面を蹴り。
次の瞬間には――――胴体の目前、首の根本へと姿を移していた。
一つ。
戦い続ける持ち主を補助し、決して折れないという在り方の強化。
つまり、身体的な能力の強化と持ち主への強大な治癒能力の付与。
一つ。
海原の主、という元の主の属性を受け継いだ事による操作能力。
つまり、水分を元にする武具の強大化・範囲攻撃手段の確保。
そして、一つ。
逸話の上で、天の神自身をも恐れさせたという逸話の具現。
即ち――――。
再びの凶声。
ただ、その意味合いは先程までと反転している。
目の前で起こっている光景。
振るわれた刃の先に、透明な刃……水分を圧した水の刀が伸び。
一本の首を絶ち、そしてそれは一向に再生しようとはしない。
「多分……本来は何処かで誰かに渡すつもりでもいたんだろうな」
天の神に対する特攻の武具、そのもう一振り。
相手の在り方、大本……『
無限に湧き続けるバーテックス、その結晶体……十二星座の名を与えられた遣い達。
それらを本当の意味で潰し、他の神々からの影響を引き裂く本来の刃。
それが、与えられた新たな神具の持つ能力。
「どういうこと?」
眼の前……衝撃さえも届くような距離で一人、言葉を発せば。
それに合わせるかのように、背後に一人。
黒い衣装に身を包んだ、彼岸花の勇者が地面に降りる。
「他の皆は?」
「伊予島さんが少しだけ怪我をした、くらいね。
それも東郷さんを庇ってみたいだし……後で声くらいは掛けてあげなさいよ」
分かってる、と言葉で発する前に頷き。
そして先程の疑問へと言葉を返す。
……俺自身も、理解したのは柄を握り。
保持者、担い手として
まあ、俺が同一視されている神々は担い手の子孫という補正もありそうな気はする。
「多分だけど、俺や銀がいない場合。
あの剣を継承し、担い手として継ぐのは
踊るように。
楽しむように。
自由に動く四肢の感覚を確かめるようにしながら。
幼い頃に見ていた、自由気ままに動いていた頃のような表情で。
恐らく無意識に、先程までは傷さえも付かなかった神の遣いを切り裂いていく。
そんな光景を見ながらに。
ただ眺めているだけ――――正確に言うなら、それしか出来ない状態に陥りながら。
後で言わないとな、とどうでもいいことを脳裏に浮かべる。
「それは……ごめんなさい、どういう理由で?
神具の繋がりで、とかそういう話ではないのよね?」
「うん。 そうだな……ちょっと前、若葉とひなたを助け出した時。
タマっち先輩が、暴走する彼女にとっての切り札になった事覚えてるよね?」
一番通じる近例がそれ、というだけではあるのだが。
ほんの僅かに顔を顰めた気がするのは……此処最近の二人との関わり故だろうか。
地面に膝を落とし、顔だけを上に持ち上げながら。
そんな俺自身を訝しみながらも、支えるように肩を貸してくれる彼女に甘え。
敢えて顔は見なかったことにしつつ、頷いた彼女に言葉を続ける。
「其れと同じで、神……或いはそれに近い存在を鎮めるには、
特に、力が足りてなかった今は」
前例、つまりは八岐之大蛇退治の逸話。
それ自体を知る為の難易度が(神世紀では特に)高い、というのを除外しつつも。
なりふり構わなければ得られただろう情報では、あったのだ。
そして、俺自身も知っていた筈なのに。
この世界に落ちてから、何かに考えを妨害されるかのように答えが浮かばなかった。
きっと――――選択こそを、見たかったが故に。
「って、言うと?」
「巫女/巫覡と勇者、巫からの勇者への願い、互いに異性同士であること……。
人として条件が成立する範疇で叶える程に有利になった、って感じだと思う」
若葉の場合、巫女と勇者という条件と持つ剣の関係性で二つ。
俺の場合、ずっと亜耶から『勇者』と呼ばれていたという意味合いを含めれば多数。
銀は純粋に……なんだろう。
一番最初に選んだ勇者だから、だろうか。
正直に言えば、他の誰が同じになってもおかしくはなかったと思う。
そういう意味合いで捉えるのならば、彼女自身が強く望んだからか。
だから、その代償というか消耗は巫が強く支払うべきもの。
今俺が動けないのは、櫛名田比売が櫛へとその身を変えられた事の再現に近い。
――――つまり。
あの剣を振るう限り、俺は今と同じように一切の身動きが取れなくなる。
身体の治癒は……不可逆的だろうから問題はないのだろうけど。
また迷惑掛けるなぁ、と先を考えると少し暗くなってしまうのも確かだった。
「いいの?」
「何が?」
「まーくんが、他の子を守れる機会なのに」
「……そういうのは、俺がやれることじゃないからさ」
どうだか、と呟かれる言葉。
恐らくは彼方此方から向けられているのだろう視線。
剣を銀へと手渡してから、脳内に流れていた声も途切れていることから考えれば。
多分は……あの剣を持った時の、俺の出来ることの一つなのだろうか。
神樹サマの似姿であるのだから、他の勇者と繋がる……多分、そんな無茶な繋がりで。
「そういうヒーローみたいなのは、俺からすれば……」
一拍の間。
叫び声。
地上から天へと駆け上るような、水の音。
吹き出す間欠泉のような勢いと、鋭く伸びた水の刃は。
先を四方八方へと分かれさせながら、残った首を下から上へと貫くのが見えた。
「ああいう、銀とか友奈……たかしーが担えば十二分じゃない?」
せんちゃんにしてもそうだろうし。
そんな意味を込めて、口にして。
……貸して貰っている肩に、抓られるような鈍い痛みが走った。
■三ノ輪銀(神具勇者/初代勇者ver)
├武具:天叢雲剣
├能力:身体能力向上、自然治癒、水の武具化、バーテックスのコア破壊能力
├精霊:天叢雲剣(付喪神)
└『担い手』から貸し与えられることで勇者として復活した『嘗ての勇者』。
本来の歴史上に於ける御霊放出の儀式が実用化されていない現状、バーテックスのコア露出・破壊を実行するにはこの剣による傷が必要となる。
(この神具によるダメージが多ければ多いほど破壊しやすくなる)