葦原天理は巫覡である 作:氷桜
声の元へと足を運び、視線に入ったモノ。
手足などの服の末端部が傷つき、その下の素肌が見え隠れするような状況の中。
「ミノさ~~ん!」
「だからいい加減泣き止めって、そんなに泣き虫じゃないだろ園子」
「でも……そうなっちゃうのは分かるわ」
そのちゃんが銀に抱きつきながら、その手足が自由に動くことを触りながらに理解し。
そんな光景を見ながら、目の端に水滴が浮かんでいるのが理解できる美森ちゃんに。
三人を見ながら、僅かに微笑んでいるような奇妙な状況。
(……直ぐに気分を切り替えられるのは利点なんだろうけどなぁ)
普段はもう少し引きずるというか……。
外面に笑顔を貼り付けたりしてる感じだったりもするんだが。
もっと自然体、そうすることが当然というか。
有り体に言ってしまえば、小学生だった頃の三人の光景に近い物を見ている気分。
「……良いの、あれ」
「いいっていうか、下手に邪魔すると後が怖い」
冷静、平静であれば周囲に気遣うことも出来るせんちゃんの言葉。
やたらと向けられるのは俺たちに対してばかりで、嘗ての仲間へは余り向けられないモノ。
そんな彼女の性格も良く知っているから、軽く苦笑いを浮かべ。
ちょっとだけ予定を組み替えつつ、三人は三人の友情の確かめ合いを優先させた。
まだやるべきことが残ってるし、その為に美森ちゃんの力も借りたかったのだが。
……無理にやらせたとしても精神性っていうか、集中力に欠けるのは事実。
「園ちゃんが泣いてる……?」
「まぁ、私達より長い付き合い……っていうか、怪我した理由が理由でしょ?
そうもなる気はするけどね」
「お姉ちゃんもちょっと泣きそう、だよ?」
「そういう樹だってそうじゃない」
喧々諤々。
一番最後に事情を知り、そして日常から一歩踏み出し始めた三人。
初めての変身、初めての争い。
けれど疲労の様子よりも気遣う行動が先に出るのは……やはり勇者、と呼ばれるだけはあるのか。
そんなことを思ってしまいながら。
昔の俺ならいざ知らず、今の俺なら決して選ばれることもないだろうなと思いつつ。
周りで眺めている状況の何人かと、俺のご同類達に力を借りる方向に切り替える。
(まー、不足分は俺が無理すればなんとかなる範疇だ……と思うし)
精々丸一日寝込むことになるとか、そういう方向性の疲弊で済むとは思う。
いい加減に慣れてしまった、神への奏上とはまた違う方向性の儀式。
現時点でこの土地の支配権を握る神樹サマから、俺達側へと引っ張り込む転化の儀式。
何をしなければならないのか、何が必要なのか。
その為の一番の鍵となるのが、今手元に残っている剣だというのは先程脳裏に叩き込まれたこと。
剣技、戦闘方面での様々な知識や恩恵を受けたのが銀であるならば。
それ以外の、戦闘に立つまでの知識や民を飢えさせないための知恵。
支配者、最前線に立つものとしての開拓者としての知恵を得たのが俺。
だからこそ、何をしなければならないのか。
そういったモノは理解出来ても。
俺自身の感情自体は生きているから――――どうしても、二の足を踏むようなことだってある。
例えばそう。
他の勇者や巫女と深く繋がるための手段だとか。
(……ワカとヒメの声も、なんか遠いままだし)
首を振りながら、微妙に電波が遠い感じが直らないか試してはみるが上手くいかない。
先程までのような、声が何も聞こえない状態よりは近付いている。
阻害されてるというよりは、純粋に膜が邪魔してる……みたいな感覚を理解し。
戦闘中、或いはその前に声が聞こえなかったのは
はぁ、と溜息を漏らしながら頭を振った。
(俺自身の意志で、色々と判断できるようにならないとな)
知らず知らずの内に、色々と頼ってしまっている自分に気付いたから。
そんなことを思って、微かに切れた唇を舐め。
僅かに舌の先に走る鉄の味を覚えて、意識を僅かに整えてから。
そっと喉の奥から、空気を押し出した。
「亜耶にひなた、ちょっと手伝ってくれるか?」
そんな言葉に反応を示す複数名。
名前を呼んだ相手の理由を理解する何人かと。
単純に俺が呼んだからか、或いは変化が発生したからかの何人かと。
もう少し湿気にも似た、昔よく感じていた気がしないでもない目線が一つ。
……名前を呼ばなかった理由も分かっているだろうから、目線だけで済ませてくれた気もする。
そうでもなければ……どうなっていたんだろう、想像することさえ恐ろしいってのが怖い。
「手伝う、ですか?」
小走りで近付いてくる亜耶に頷きながら、周囲を見回し。
一番平面上……というよりは平らに整った場所へ剣を突き立てる。
本来であれば、元あった場所……要するにあの神域が最適ではあるのだが。
天の神と地の神の関係性、あの地を治める存在と見通してくる存在との繋がり。
そして何より、下手に踏み込めない場所であるという部分を差し引いて。
多少離れ、縁が薄れたこの場所を起点にしようと思い立ったわけだ。
「この剣を囲んで、全員で祝詞を唱える」
何をしなければいけないのか。
何をしてほしいのか。
恐らくは彼女自身の性格と、今までの教育の結果なのか。
全てを受け入れ、当たり前のように熟していた嘗てに比べれば疑問を抱くようにはなって。
「はい」
けれど、重要なときには真っ直ぐ受け入れてしまう。
美点であるのは間違いない……のだろうけれど。
一応名目上の『彼氏』である以上、彼女の身の回りのことが心配で仕方ない。
「大赦で習うような、神樹サマを祀るものじゃない。
それよりも、嘗て伝えられていたものを若干弄ったようなもの。
輪唱、とでも呼ぶべきなのか。
重ねて後追いで唱えて貰うことで、儀式の流れを増幅化させる技術としての一つ。
「あの、天理さん。 それを行うことで、何が起こるのでしょうか……?」
「前にも言いましたけど、この周辺の土地の掌握化。
要するに……神樹サマとの拠点を奪い合う戦略合戦としての起点確保、ですかね?」
正しく行うには、彼方此方の神社に祀られる神々の協力を受ける必要がある。
そしてそれを受けると同時、神具を預かる初代勇者たちの強化へと直結する。
つまり、神々に認められ――――同時に戦力を増していく旅路の第一歩。
「強大化・固定化された視線を正すには衝撃が必要……らしいので。
……まあ、そうですね」
罰当たりなのは間違いないんでしょうけど。
以前にも言った言葉。
けれど、重みを増した言葉。
そうしなければ眠る場所も、食事さえも手に入らない場所へと来てしまった。
故に……まあ、そうだ。
(もし罰を受けるのなら、俺だけでいいんだけどな)
叶うか分からない言葉を、胸の中で唱え。
そして次の瞬間に、その手を亜耶に取られて。
ほんの僅かに悲しそうな顔を浮かべる少女へ、苦笑いを浮かべた。