葦原天理は巫覡である 作:氷桜
「――――
口にしたのは、以前にこの場所で唱えた言霊と同じ。
相手が同じだからとか、その理由が同じだからとか。
細々とした理由を挙げれば切りがないけれど、結局そうする理由はたった一つ。
「「この地に仰ぎ奉る――――」」
ちらり、と目線を向ける先。
剣を取り囲むように三角形を形成する巫女達。
そして俺達の背後で同じように手を組んでいるであろう、勇者達の為。
こんな俺に対して好意を示し、そしてすることに従ってくれる彼女達の為。
故に、告げる言葉も同じ。
けれども。
(……最初だけは正式にやらないと、だしなぁ)
剣から伝わっていた意思。
正しく継承し、其れを認めるための大前提の儀式。
故にそれを中途半端に行うことは許されず、既に宣言した俺でなくては意味もなく。
そんな本心を隠しながらも、まず最初に巫女に話を持ちかけ。
そしてその後に
(他の……少なくとも見知ってる神様なら別なんだろうけどさ)
結局のところ。
剣の戦神、日ノ本の神話に於ける龍殺しに認められてしまった奥底は俺個人で。
銀自身を担うもの、『勇者』として選んだのは俺でしかない。
恐らくは……そんな前提にはなってしまうけれど。
あの時に連れていた少女達だけでなく、その全てを認めさせなければ。
話の始まり、旅の始まり。
やってきた大元の理由、その最初の場所にさえも辿り着けないと。
心の中の
(――――ただ、言い方だけは変えたほうが良かった気がする)
自身の
半ば儀式でもなければ言えることでないのも当然のことであり。
そして同時に、口にしてしまえば周囲がどう反応するかもある程度想定が出来ていたから。
妙に熱を帯び、そして重力をも帯びたような視線の幾つかが背に刺さっている気がする。
正直な話。
俺なんかよりよっぽどいい出会いもあるだろうし、其れを求めれば得られる立場だと思うのに。
絶対に口にすることはない、けれど思ってしまわざるを得ない考えの一つ。
『彼氏/彼女』という、特別な立場を選んだ相手と違い。
其処にまで行き着くことを互いに選ばず、けれどどこかしらで想うのは好意に似た感情。
その生き方、精神性。
誰かのために、という考え方を突き詰めて生きてきた彼女達を支えたい、と。
そう思って、ずっとやれることをやってきただけだと言うのに。
引っ張られてしまうのは――――未だに、青臭い理由があるからなのだろうか。
(……迷うこと自体が、彼女達への侮辱なのかな)
何が正しくて、何が間違っていて。
こんな事を相談できる相手も勿論いない。
だからこそ、想うことがないわけではないのだ。
ずっと奥底に眠らせている、神に祈る言葉が一つ。
『もし天罰が下るとすれば、それは全て俺にのみ』と。
そう思うこと自体が、罪に該当するのでは、なんて。
自縄自縛に呑まれている予感がしなくもないけれど。
ふぅ、と一つの浅い呼吸。
唱えながら、自分自身の思いを再認識しながら。
けれども『儀式』としての形を全うし。
地面に突き立てていた剣へ再度手を掛ければ、伝わる意志のような
『考え過ぎず、動いてみてもよいのだぞ』と。
その言葉の持ち主の伝承と、言われた言葉。
其れがどうにもおかしくて、軽く笑ってしまった。
(……ぉ?)
そして同時に、身体全体から力と言うか……大切な何か。
敢えて言葉にするのなら
思わず足元がぐらつき、視線が地面へと限りなく近づき。
慌てた誰かが後ろから支えるように、複数の手が伸びてそれ以上の異常を食い止めてくれる。
「天理さん!?」
「天理様!?」
「あぁ……うん、いや……大丈夫、ではあると思うんだけど」
確信を持って言えないのは、抜けた力が中々元に戻らない感じだから。
地面を伝う力が周囲に波及し、恐らくは何かの根……神樹サマのモノだろうか。
それに染み渡り、俺達のものへと移るような感覚。
人ではない状態を実感するのに慣れるためなのか。
奇妙に力が入らない状態が、それなり以上に続く。
それでも尚、剣が手から離れないのは。
恐らく、地面に伝わっていく媒介自体がそれだから。
神から下げ渡され、仮の所有権を預かった神具を利用しているから。
そんな答えだけは、脳内を巡り巡って理解していく。
「ちょっと……悪い、暫く……動けそう、に、ない」
全身の力が少しずつ抜けていく。
戻って来る感覚がないわけではないが、それよりも失われるほうが強く。
気付けば目眩と頭痛、そして掠れていく意識。
気絶寸前のような、ギリギリのところで持ち堪えているような実感を急に覚える。
「お………………理!?」
誰かが叫んでいる。
それは確かに分かる。
そして、それが大事な相手だというのも分かる。
でも、其れがどの程度の距離にいるのか。
誰の声色なのか。
目まぐるしく変わる状況の中、それを追い求めること自体が苦痛に感じてしまう。
こうして、考えることは出来るのに。
それを外へと発信できない状況であり、真実であり。
どうにももどかしさのほうが際立ってしまう今の状態。
死ぬことだけはない、というのは正しく分かっているからこそ。
何処か他人事のように、こうものんびりしているのだろうが。
それを周りに理解して貰えるとは到底思えず。
だから、最も近くにいた誰かに。
段々と力が抜けていく最後の力を込めて、軽く握りながら口にした。
「拠………………点、に」
其れが何処なのか、伝わると信じ。
全身の力が霧散するのと同時に、意識も何処かに溶け込み。
俺自体が移り変わってしまっているモノ――――
誰かの髪が、頬を撫でたような気がした。