葦原天理は巫覡である 作:氷桜
げほりげほりと咳が漏れる。
喉に罅が入ったような錯覚と水分不足。
声も、最後の方は枯れているのかいないのかが分からないもので。
慌てて唾を飲み込むように喉を潤そうとし。
「どうぞ……無理はしないで下さい」
差し出された碗に入った水を、奪うように呷る。
喉を通して胃に水分が落下する感覚に、思わず腹部に手を当て。
そうすることで漸く、胃痛と言うか、空腹と言うか。
身体中全てが違和感を示していることに気付けた。
その姿を黙ってじっと見つめている杏さん。
俺が落ち着くまで待ってくれている……多分、それだけじゃない。
なんとなくそう感じてしまうのは、俺が相手を疑っているからだろうか。
「……ごめん、助かった」
「いえ。 そうなる気分も、分からないではないですから」
熱を持つ腹部と、潤った喉と。
多少なりとも『不調』と言う状態に落ち着いた後。
つい先程取ってしまった行動を謝罪し、其れを受け入れられる。
どうにも。
そう、どうにも――――俺らしくない行動を、肉体が反射的に取ってしまった。
その理由を深く考えるのが、どうにも怖くて。
謝ることで蓋をした。 其れを自覚しながら。
もう少し休んでいて下さい、と囁かれた言葉に甘えることにした。
再びに布団に潜り、額に熱冷ましを置いたまま。
肉体、と言うよりはどうにも
それでも聞くべきことを聞こうと、隣を離れようとしない彼女に問い掛ける。
「……此処は?」
「天理さんが指示された場所。 以前にもやってきた、私達の元寮……です」
だよな、と。
思わず、見た覚えのある天井であることを再認識。
ただ、そうなるとまた別の疑問が浮かんでくるということでもある。
「多分……相当無理なこと言ったと思ってるんだけど。
どうやって此処まで?」
正直な話。
他に指示する選択肢もなかったとはいえ、無茶な事を言ったとは思ってる。
四人で移動した時でさえ数日掛かっていたあの道程を、再びに通る。
行き先案内自体はたかしーが出来るとは言え、相当に無茶な事をさせたとは反省しているのだ。
「ああ、それでしたら……。
銀ちゃん、と言うよりは天理さんが預かったその剣、その神様の加護のお陰なんでしょうね。
解決する手段が手に入って本当に良かったです」
倒れた俺を前に色々と大慌てだった、とか。
銀が動けるようになった反面、俺がこうなったとあっては元も子もなく。
口がさない言い方で言ってしまうのなら、
……肉体的な強度、疲労を考えると亜耶や樹ちゃんもまぁ似た部分があるのだけど。
文字通りに手足が動かせない、と言うわけではないから不安であったのもまた確かだったのだが。
「と言うと?」
「転移の力、風を利用した移動手段の確保……らしいです」
実感でしか理解できていないこと。
原理までははっきりせず、恐らくは神々が持つ力の一端を貸し与えられたような形。
剣と加護と、何方が中心なのかは分からずじまいで巫女たちも困惑したらしいのだけれど。
分かったことは、『巫の誰かが行ったことがある場所』に一瞬で移動できる能力。
何重にも安全を確保し、それでも尚無理をせずに実験を繰り返した結果得た情報。
……と、なるとだ。
「……俺、どれくらい寝てた?」
「二日間くらい、ですね」
その間ずっと交代で見ていた、と。
ただ寝ているだけ、その意識が戻る時間が長引いているだけ、と。
後者を断言したのがたかしーであったのは……まぁ、良かったこととして。
それだけ心配を掛けたことは、後ほど謝罪するだけで済めば良いのだが。
「それは……いや、ごめん」
「……私も、そちら側だった気分は分かりますから」
そちら側。
つまり、病人……面倒を見られていた時の状態。
多分、タマ先輩とを助けた時とはまた違う時の事。
以前に聞いたかは曖昧になっているけれど――――。
「お話しましたっけ? 私、体が弱くて一学年遅れてるんです」
だから、本当だったら……皆さんの一つ上になるんでしょうね、と。
疑問符を浮かべたような顔に反応するように。
少しだけ寂しそうな、けれど吹っ切れたような笑い方。
致し方のないことなのだから、と
「それで、色々と――――ええ、色々とあって」
細かくは話そうとはしなかった。
ただ、面倒を見られている側の目線は俺よりも深いのは間違いなく。
そして、幼い頃の一年の差という部分を考えれば。
身体が弱かった昔、面倒を見て貰っていた過去。
体調が良くなり、けれど戻った先に知る相手は近くに誰もいない
ある程度の推測はできてしまったからこそ……少しだけ。
今聞くべきではないかもしれないことを、問い掛けた。
「だから……」
一拍を。
其れを口にすれば。
はっきりとした意思として示してしまえば。
関係性が、定められてしまうと分かっているから。
其れを複数人で体感してきた俺だから。
けれど、そんな相手に対し。
暗に、明に。
口にし続けてきた彼女だから。
多分、今此処にいるのは彼女が望んだことだろうから。
そんな幾つかの思考を脳裏に浮かべて。
間違いならば、或いは自意識過剰ならば笑い話で済ませてしまえばいいだけだから。
「だから、好意に似た感情を?」
同じく、僅かに一拍の合間。
見上げ、見下ろし。
そんな寝たままと、看病する相手との会話に似つかわしくない言葉。
「似た、じゃないです」
しっかりとした目線。
それが上下で交錯し、半ばで結び付く。
僅かに頬を朱に染めて。
けれど、その目に宿る力は強く。
正しい意味で、踏み入れようとしていた。
沼に過ぎず。
勘違いに過ぎず。
彼女にとっても、俺にとっても正しくない選択肢を選んだという眼。
「私は――――」
それでも。
「憧れ、夢って意味もありますけれど。
私自身が選んでいいのなら。 気持ちに従って良いのなら。
貴方のことを、異性的な意味で想っています」
他に誤摩化しようのない言葉。
飾ることのない意味で。
見え隠れさせていたそれを、正しく区切りとした。
神樹サマ、という。
俺とも、彼女とも。
勇者達の誰もが繋がる、精神世界の中で。