葦原天理は巫覡である 作:氷桜
清め、と書いて拷問、と読むような時間帯の後。
各々が自分のやるべきことを見つけに動き。
ただ待機し続けているのも時間の無駄なので、資料室らしき場所を見つけて潜り込んだ。
(多分……こうしてる事自体もバレたらなんか言われるんだろうなぁ)
”再現”という前提。
人の記憶からか、或いは神樹サマ自体が大きく干渉し得た場所だからなのか。
並べられているそれは、現在の大赦の資料室よりも過去の情報に優れていた。
……と言うより、俺の手が届く範囲では一冊たりとも置かれていない書物ばかり。
(こういう場所でもねーとこんなの読めないもんな)
目の前に広げられたのは、関係者でもなければ拘束でもされそうなモノ。
つまりは。
神道や仏教などの自然と消えていった宗教の知識。
神樹サマを崇める形に移り変わる為に、飲み込まれていった知識。
なんだかんだでそういったモノを利用し、生き延びてきた俺だからこそ。
当人側の知識であるワカやヒメのそれではなく、文章という形で知識を得たいと思っていた。
「誰かに聞く、ってのは確かに便利だけどな」
独り言を漏らしながら、手元の古びた紙を捲る。
以前に聞いていた、『杏は精霊に関しての研究を行っていた』という言葉。
恐らくはこの辺りの知識だとか、当時生きていた研究者から聞いた事を土台にしていたのか。
民間伝承や伝説の生物などなど、手に取りやすい書物が入口側に固まっている気がする。
(……あれ、でも。 誰かが――――)
ふと。
誰だったかが言っていたことと、現状が微妙にズレている気がして。
手を止め、疑問を浮かべる事が一つ。
「何してるの」
それと同時、背中から投げ掛けられた聞き慣れた声。
ただ、今聞こえるとは思ってもいなかった声。
肩が少しだけ跳ね、恐る恐るに背後に目線を向ける。
「うげ」
「酷い挨拶ね、まーくん」
腕を組み、此方を見下ろす形のせんちゃん。
笑っているように見えて、口元と目は一切笑っていない。
何と言うか……そう、見てはいけないものを見てしまった、みたいな感じ。
あまりこういう顔は見たことがなかったから、新鮮味も有りつつ。
震えが出ているのは多分――――単純に。
「倒れたばっかりだから留守番してる、って話だったわよね?」
「はい……」
絶対的に此方が悪いのを理解していて。
逆らえない、という状態であるのも分かりつつ。
隠れて調べ物をしていたことに寄る罪悪感由来、なのだと思う。
「だったら寝てなきゃ……とまでは言えないけど。
頭を使うのも出来る限り控えなきゃ駄目じゃない?」
「そうなると何もやることがなくなるんだけど」
少しでも足掻こうとしてみる。
実際の所(俺自身は言われたことはないのだけど)病人にはそう言うものらしい。
嘗ての同級生が何も出来ずに暇だった、と語っていたのを思い出し。
俺のことを最もよく知る一人に、そんな形で言うだけ言ってみる。
……子供っぽいよな、と自分でも思いながら。
「寝てなさい。 ……と言ってしまえば単純だけど」
それで眠れる筈もない、というのは彼女も理解しているのだろう。
特にCシャドウ、ともう一つの名前を持つ彼女ならば尚の事か。
はぁ、とあからさまに溜息を一つ。
それで自分の意識を切り替えたのか、此方に近付き覗き込むように手元の資料を読み取ろうとする。
僅かに漂う花の香り。
外の何処かで拾ってきたのか、朝方には感じなかった匂い。
肩越しに感じる柔らかさは普段と変わらず、体温を感じること自体に安堵する。
そうして、生きている事自体が奇跡のようなおねえちゃん。
「これは?」
「神様……神樹サマじゃなく、天の神の情報かな」
ぴくり、と手が震えたのを目視しながら何も言わない。
西暦時代の、初代勇者達が特に抱える
意識して気遣う事はあっても。
普段の話では出さないようにしていても。
必要があれば出す必要性はあるし、それを抑え込む重要性もお互いに理解している。
それを分かっていながら言わない、というのこそ彼女達に取っての侮辱。
だからこそ、言葉を紡いで話を続ける。
「俺や銀を気に入ってる……でいいのか? あの剣を借り受けたわけだけど」
「……ええ、そうね」
「それ以外にも神樹サマ側に付いた天の神がいるかも知れない。
そもそも名前だけ言われても分からない相手もいる」
勉強不足、と自分を叱咤すれば済む問題かもしれないが。
逆に言えばそういった内容を学んでおけば済む話でもある。
「だから、今調べてるの?」
「大赦の方だと表向き調べられる範疇には資料揃ってない、ってのもあるから」
唯でさえ教科書とかから外国の神々、現れるバーテックスに関しての前提情報の隠蔽と不足が起き。
その名前を象るのならば、それに親しい能力を備えていると考えても不思議では無い筈なのに。
大赦は銀達にその知識を何も与えることはなかった、筈だ。
どうしても身構えてしまう、少しでも違っていればそれが致命傷になるのかもしれない。
危険視する目線に対し、分からなくもないと認めながらも――――それならば、と反論が一つ。
付き従う巫がその知識を担い、推測という大前提の下で口にするくらいは許されて良いのではないのか。
或いは、そういった知識一つ一つを天の神が認めない可能性を考えたのかもしれないけれど。
既に今更の話。
とっくに俺は睨まれているし、もしかすれば贄として俺自身を要求されるかもしれない。
それでも尚足掻く、と決めたのだから。
「伊予島さんも……」
「杏も?」
呼び捨てにして呼べば、キッと睨みつける目線が刺さる。
「相変わらず手が早いのね」
「人聞きが悪すぎない?」
「どれだけ手を伸ばすの、って話よ? これは」
半ば諦めているのか。
自分も似たようなものと認識しているのか。
頬を微かに染めつつも指摘する言葉に、素直に頭を下げる。
「分かってます」
「その言い方は絶対分かってないわね」
そして右頬を指でぐるぐると渦を描くような嫌がらせ。
他の誰にもするはずのない行為。
二人きりだからこそ見せる、態とらしささえ浮かぶ行動。
「後で苦労するのはまーくん当人だって言うのに」
「……もうさ、それは今更の話じゃない?」
特にそのちゃんに美森ちゃん、銀の三人にあんなこと言った時から考えて。
一周か二周くらい回って、せんちゃん達は楽な気さえする。
背景、という重みが薄れているからなのだろうけれど。
「ああ言えばこう言うわね……」
「一方的に言われ続けてるのは俺だと思うんだけどどう思う?」
喧々諤々。
たった一人で行っていた資料探し。
けれど、一人増えただけでこれだけ騒がしさを増した。
「……もう良いわ。 それより、続き調べたいんでしょう?」
「逃げたね」
「五月蝿い」
互いに冗談を混ぜ込んだ対話を重ねながら。
肩越しだった近さは、気付けば顔を横並べに同じ資料を見つめ。
指でなぞりながらに互いの意見を交わす場へと変化していった。
そして。
その変化は、決して嫌なものではなかったのだと。
お互いに思える、時間帯だった。