葦原天理は巫覡である 作:氷桜
むかしむかしの、おはなしです。
今の時代になる、ずっと前。
未だ、世界が西暦と呼ばれていた頃のおはなしです。
そんな、思い出すような言葉と共に。
誰か懐かしい人を見るかのように、俺の目を見ていた”おねえちゃん”のことを思い出した。
――――ずっとずっと、昔のことだ。
子供の頃。
今よりずっと幼い、未だ両親が生きていた頃。
俺は、他の人には見えない誰かの姿を見続けていた。
気付いた時には、その人は既に近くにいて。
少しだけ透明で、少しだけ地面から離れていて。
そして何より、その黒い髪の毛が綺麗な人だと思っていた。
『ねえ、おかーさん。 あのひと、だあれ?』
『天理。 其処には誰もいませんよ?』
一度だけ、指を向けて聞いたことがある。
けれど微笑むだけでその存在を否定して。
それ以降は聞くこともなく、家にいる時で一人の時は……その”おねえちゃん”に話しかけていた。
――――ねえ、なんで浮いてるの?
答えるのに戸惑うような、苦笑を浮かべていた。
――――ねえ、なんで此処にいるの?
『ご先祖様と知り合いだったからよ』と、目を見て言っていた。
――――ねえ、おなまえは?
『私のことを忘れなかったら、おしえてあげる』と。
誤魔化すように呟かれて。
けれど、いつでも”おねえちゃん”は傍にいて。
昔のご近所さんの相手をするときでも、
そして、いつしかその姿を消した人。
そして、俺もその存在を忘れ去っていた人。
そんな人が、今俺の目の前に浮いている。
相も変わらず、微笑を浮かべたまま。
思い出したあの当時と変わらない姿の、今では目線の高さもそう変わらない”おねえちゃん”。
「久しぶり」
第一声はそんな言葉で。
色々と――――それこそ、色々と問いたいことはあったけれど。
「……此処は?」
まず、そんな事を口にした。
先程までいた樹海とは明らかに場所が違う。
地面があり、木々があり、風がある。
周囲の雰囲気は似ているのに、決定的に何かが違う場所。
一番の違いといえば……視界の奥に見える、一面黄色の花畑。
俺は一度も見たことはないのに、行ったことさえもないのに。
花畑だと、断じられる香りが届く。
「
「?」
「分からないなら、まだ知らないほうが良いかもね」
相変わらず、何処か煙に巻くような口調。
見た目は殆ど変わらないはずなのに、何処か落ち着いているような。
年上を相手にしているような、そんな感覚。
「今まで、何を?」
「ずっと近くにいたわよ? 天理君が気付かなかっただけで」
まぁ酷い、とでも言いたげに。
けれどおかしそうに、少しだけ口元が笑っている。
「……そうだ。 他の三人は?」
「
色々と特殊なことをしたのに、全くの正常だからこそ
少しだけ、発音がおかしかった気がする。
けれど、何より。
「後輩……え、先輩って言いたいの?」
「見えない?」
「見えないっていうか……」
何を見てそう言ったのか。
そんな人物がいるのなら顔合わせさえさせない理由とは。
何より、浮いていて他に見えない存在には既に心当たりもあったから。
「おねえちゃん、ひょっとして……
「
「普通に認めるんだね……」
一歩後退り。
草木を踏む感触。
その時になって初めて、先程までの痛みが何もない事に気付いた。
「冗談よ。 半分は」
「半分は本当なのその言い方!?」
再びに、小さく笑う声が聞こえる。
昔好きだった声。
僅かにしか聞いた覚えがないのに、妙に心を惹かれた声。
「……まあ、此処で話すのはあんまり良くないから。
今は一度戻りなさい。 貴方を待ってる子達もいるわ」
ひとしきり笑い終え。
指を、俺の背後へと向ける。
それに従い後ろを向けば――――良く分からない、暗闇だけが其処にある。
「結局、此処は何だったんだ……」
「詳しく聞きたいならワカかヒメに聞けば教えてくれるわよ。
そうね……私の名前でも言えば良いんじゃない?」
「その名前を知らないんだけど。 っていうか、教えてくれなかったでしょ」
「今まで忘れてたじゃない、私のこと」
……約束事のことか。
図星を突かれて口を閉じ。
「……でも、思い出せたならいいか。 今私の名前を出したところで、誰も知らないでしょうし」
そういう約束だったから。
そういう約束を、彼女は護ってくれたから。
「いつか生きた証を残すように、なんて。 まだ死んでなかったのにね、私。
それは、貴女達が一番知っていたでしょうに」
誰かに語りかけるように。
俺の瞳を見て、呟きながら。
「郡千景。 西暦時代の勇者で、貴方達から神具を借り受けている勇者」
そう言えば分かるから。
ぽかん、と間抜けな表情を浮かべた俺へと付け加える。
「貴方の最初の祖先に見出されて、そして今は……貴方に見出された勇者よ。
――――
……金庫に仕舞われていた、苗字。
”おねえちゃん”と繋がりがあった、名前?
西暦……三百年は昔の話。
神具……ワカとヒメの貸し与えられないそれ。
眠っている……
混乱が混乱を生む。
何処まで隠されていて、何処まで繋がっているのか。
そうして、最後に。
「伝えて。 眠っている場所で待ってるから、って」
そんな言葉と同時に押し出され。
たたらを踏んで、後ろの暗闇へと落ちていく。
「……何処まで見越していたのかしらね。 私の武器に、彼女達の武器。
それに――――高嶋さんも」
闇の中で。
深い親愛が混じった、後悔のような。
そんな何かが、最後に聞こえた気がした。
変更点:
・大体全部。
・因みに「ワカ」は奈良の某神社にも祀られている存在です。