葦原天理は巫覡である 作:氷桜
いや、
「うう……」
だが、子猫を飼い主に返した数分後に転んだ老婦人を見かけて助け起こしたり。
「止めて!」
子供が乗ったベビーカーが暴走して、此方に向かってきたり。
「うわっ……!?」
やっとのことでイネスに到着したと思えば、強風で自転車が連続して倒れ。
それを助け起こしたりと。
「なぁ銀。 お前毎日こうなの?」
少しばかりげんなりした表情を浮かべる。
「何が?」
「いや、来る最中の諸々」
トラブル三昧で散々な目に合い、少しばかり疲弊を見せた俺と。
日常茶飯事のように、平気そうな顔をしている隣の少女と。
露骨な程に体力差……と言うよりはトラブル慣れの差が見えていて。
以前にも聞いたようなことを口走ってしまう。
「あー……人助けって良いことだろ?」
「良いこととは言え少し異常だと思うんだ」
「フツーだよ、フツー」
フードコート、その片隅。
ある種の定席となりつつある場所で、互いに隣り合って座る。
頂きます、と口を揃えるのまでは二人同時で。
ぱくり、と銀が口にするのは茶色がかったジェラート。
そういえばこういった味の嗜好も少し違うよな、と緑色のジェラートを口にする。
……俺が知る限り、醤油味とか頼んでる人余り見ないんだが。
いつ来てもメニューに乗っているし、意外と人気だったりするんだろうか。
「俺の知ってる普通と違う……!」
「ならアタシの中でのフツーがこういう感じってことでいいだろ?」
「いやもう、銀自身には何言っても無駄だろうけども」
こんな事言いつつも、約束の時間帯とかは気にする方というのが何かおかしい。
余裕を見て間に合うように動いている筈なのに、なにかに遭遇してほぼ必ず遅れる。
その体質というか、もはや呪いから逃れられるケースは然程多くないはず。
例えば、此奴の体質を理解している奴が常に警戒するとか。
例えば、更に余裕を見て早く出るとか。(この場合は半々くらいで失敗する)
或いは……強引に連れ出してしまう、なんて場合もあったか。
無論、そうした後は不機嫌というか不安定になってしまうので対応は必要になるけど。
(あんまりそういう顔見せないからなー……特に
常に元気な、笑っている表情が一番印象的ではあるが。
ほんの少しだけ曇っていたり、或いは露骨な態度を示すこともなくはない。
ただ、彼女自身の定義が『姉』であるように。
引っ張っていく、守る立場を取る此奴は友達間の関係性を壊す事には二の足を踏む。
多分、その顔を知っているのは。
意識して一線を引いている俺だからで。
そしてその事を銀自身が知っている。
だからこそ、『腐れ縁』というなんとも曖昧な関係性が成立しているのだろうけど。
そういった所は、昔のご近所さん……赤茶色か桜色の印象が強い、少女を思い出させる。
彼奴も何かを恐れているようなところが見え隠れしていた頃があった。
とは言っても、小学校にも上がるずっと前……俺の勘違いの可能性も高いけど。
「どーした?」
ジェラートを舐める口が止まって、目線を伏せていたから。
不思議がって……或いは心配してか。
覗き込むように顔を横向きにしながら、伏せていた目と目が交差する。
(
少しだけ瞳が揺れ、それに応対して口にする内容を咄嗟に変える。
「あーいや、人生の憂鬱さについて悩んでた」
「何いってんだよ、アタシと同い年で」
嘘じゃないんだけどなぁ、と軽く笑いつつ。
それもそれでどうなんだ、と窘められつつ。
少しばかり溶け始めた緑色……今日は抹茶味を口に含む。
若干の苦味と、それを包み込む氷菓の味。
此処に来る度に食べる味は大体二択で固定しているが、流石の味だ。
「アタシさ、天理のそのお茶好きなところだけはどーしても理解できない」
「何でだよ。 美味しいだろお茶」
始まりが何だったか、それは曖昧だが……お茶は美味しいと思う。
自分で淹れる、煮出す……或いは冷やしを作る時は其処まで手を掛けないけれど。
「えー、苦いだけじゃない?」
「それは喧嘩売ってると認識するぞ。 其処までにしておけ」
他人に振る舞うときくらいは手間掛けるぞ。
本格的なお茶は苦味を通り越して甘味だって目立つというのに。
まあそんな高級品を使うことなんて殆どないが。
「だったらさー」
「んー?」
「天理が淹れてみてくれよ。 そんなに美味しいっていうんだったら」
あー、と少しだけ視線を持ち上げる。
……そういや、実際飲ませたことはない……んだっけか?
俺が
銀との付き合いもほぼそれと同じであるのに、
俺が一方的に距離を離していた、という側面があるにしろ……ちょっと異常なんだろうか。
……そういや、暗に付き合いを窘められたこともあったか。
本気で良く分からん。
少なくとも我が家には絶対招きたいとは思わんが。
「別にいいけど……機会があればな?」
淹れるなら、何処か場所が必要になる。
だからこそ曖昧な返事で濁そうとしたのに。
「言ったな。 約束だからな?」
ぐい、と距離を更に一歩詰められ。
一歩後ろへ下がりつつ。
手に持ったままのジェラートが溶け、ぽたり、と。
地面に落ちるのを、俺は他人事のように見ていた。