葦原天理は巫覡である 作:氷桜
冬先にしては珍しく、微かに早朝に雨が降る日だった。
水分が葉を湿らせ。
けれどその程度で収まり、雲の合間から陽が顔を覗かせる。
知っている身からすれば、何かの予兆かとも警戒してしまう……そんな日。
かさり、と葉を踏み締めて。
あいも変わらず胸元に人形を二体。
微かな眠気は、朝からのカフェインと
「……なぁ、ワカ様にヒメ様? 此処で結界を解く、って何するの?」
幾度か全員足を運んだからか、何となくの場所感覚は理解している。
後数歩も踏み込めば空気が変わる、その場所で。
『お主等は静かに見ておれ』
『そなたらの背の君*1の、一世一代の活躍ですからね』
場所が場所だから、車椅子が通れるような場所ではない。
それでも嘗ての俺の家……そして銀の家に近いこの公園。
周囲に変な噂をされるのを嫌い、出来るだけ短時間で済ませようと急ぎ足。
メインになるのは俺だからか、そのちゃんと須美ちゃんの肩を借りて移動しているのだが。
「ミノさん、肩いた~い」
「一人だけ抜け駆けしたからだよ!」
明らかにそのちゃんへ体重を多く掛けているのが見て分かる。
多少の身長差、というのもあるが……須美ちゃんさえも当然のようにしているのは、こう。
(……何かを抱いて寝ると眠りやすい、って本当だったんだなぁ)
そんな事を考えて、三人を眺めれば。
視線を合わせられそうになって慌てて前を向き直す。
結局、あの眠った姿を二人に見つかって。
特に足で挟んでいたことが二人には許しがたいことだったらしい。
朝からウトウトしていた彼女が眠らせて貰えない、というのもまた珍しく。
そして俺へも『当然私/アタシにも』という意味の行動を取られたのは記憶に新しい。
(お陰で目は覚めたけど……なんか別の意味で変な状態になりそう)
一度首を小さく振って脳内をリセット。
――――おねえちゃんに言葉を告げる、大事な大事な時だから。
『天理』
「はいよ。 それで?」
『結界の縁を……そうだな、
其処にある、というのを分かった上で。
霊力を持つ何か、或いはそれ自体に意味がある行動を持って『囲いで無くす』。
其処から侵入する、立ち入ると宣戦布告するような行動。
ただ、今回の場合は互いが認識した上でのもので。
身体への負担は然程無いだろう、というのがワカの言葉。
(負担は然程無いって言うけどなぁ。
……霊力云々考えつつやろうとすると
それは、恐らく体内の――――本来扱えるはずもないモノを利用しているから。
ワカとヒメ、二柱の神々を「切り札」のように降ろしているからこそ出来る行為。
正しい意味での勇者や巫女であれば、きちんと修行を重ねれば出来るらしいが。
そもそもの才能がないものを行使すれば、無理に神経が作られていくような感覚に襲われる。
『それくらい出来たほうが良い』とはどの時代の論理なのか。
……身体が丈夫になる、という効果がなければ絶対にやらないことであるのは間違いない。
(これから先も、多分誰もが満開を……切り札を使わざるを得ない。
だったら、またあんな風に気絶している余裕もない……もんな)
もしかしたら死んでいたかもしれない。
そんな紙一重を体感しても。
三人……いや、おねえちゃんを含んで現状四人。
誰にも、何も失ってほしくはない。
だから……自分を削る。
がり、がり。
一見すればただ足を引き摺るだけの、意味のない動き。
けれどそれこそが発展した――――してしまった、謡われてしまった歩き方。
(ワカが言ってた。 数多くに信仰されれば、その方向に
少なからず、神樹サマも同じような変化を遂げたはずだ。
人の思うように曲げられて。
神の思うように弄られて。
恐らく、何方も同じように影響を与えている。
それを知った上で。
がり。
足で引いていた直線が、ある線を突き抜け。
微かな閃光……周囲の清らかな空気が霧散していく。
「…………え?」
「わっしー?」
背後から、小さな声がして。
けれど、その光の中へと脚を踏み出す。
(――――
それが分かったのは、直感というには鈍く。
けれど、血の中の何処かが微かに囁いている。
対になるような、絡まりあった
白と赤、一本ずつが根を張り。
けれども、微かに枯れそうな雰囲気を出しているのが最初に見えた。
折れた、鎌の刃先のような部分。
微かに錆を帯び、その花に寄り添うように立ち尽くし。
その奥。
木々に、草花に隠れて眠るように。
本当に浅い、気付けば直ぐにでも眠ってしまいそうな呼吸音が響く。
実体を持った――――見惚れてしまう、少女が一人。
「…………」
ゆっくりと、けれど確実に。
その傍へ近付き、跪く。
口元だけは、微かに揺れているのが分かって。
右腕が、大きく裂かれているのが目に取れた。
死と生のあわい。
揺蕩う姿を、捉えてしまった。
背後から、三人が駆けてくるのと。
須美ちゃんが電話で近くの……待機しているはずの二人へ連絡しているのを他人事のように聞く。
「……三人とも。 悪いけど、あとは頼んだ」
何をしなければいけないのか。
彼女を見た時に気付いた――――分かってしまった。
だから。
そんな言葉を、後に残し。
錆びた鎌へと手を伸ばし、指で触れながら。
そっと、口付けた。
※変更点:
・「冥婚」に似た形を取った。
・自身を呪う儀式の一つ。 「ひとりかくれんぼ」と同種。
・天の神――――その逸話に沿うように、死者を迎えに旅立つ先。
・それは、名前という言霊の影響を多分に受けている。
・「自分の存在価値は勇者のみ」と思っていた少女へ、語り掛ける。
・ずっと、ずっと。 見ていた相手へ。