葦原天理は巫覡である   作:氷桜

52 / 249
起-8

 

冬先にしては珍しく、微かに早朝に雨が降る日だった。

 

水分が葉を湿らせ。

けれどその程度で収まり、雲の合間から陽が顔を覗かせる。

()の事情を知らなければ、唯の珍しい日に過ぎず。

知っている身からすれば、何かの予兆かとも警戒してしまう……そんな日。

 

かさり、と葉を踏み締めて。

あいも変わらず胸元に人形を二体。

微かな眠気は、朝からのカフェインと()()()()()()()()()()で吹き飛んだ。

 

「……なぁ、ワカ様にヒメ様? 此処で結界を解く、って何するの?」

 

幾度か全員足を運んだからか、何となくの場所感覚は理解している。

後数歩も踏み込めば空気が変わる、その場所で。

 

『お主等は静かに見ておれ』

 

『そなたらの背の君*1の、一世一代の活躍ですからね』

 

場所が場所だから、車椅子が通れるような場所ではない。

それでも嘗ての俺の家……そして銀の家に近いこの公園。

周囲に変な噂をされるのを嫌い、出来るだけ短時間で済ませようと急ぎ足。

メインになるのは俺だからか、そのちゃんと須美ちゃんの肩を借りて移動しているのだが。

 

「ミノさん、肩いた~い」

 

「一人だけ抜け駆けしたからだよ!」

 

明らかにそのちゃんへ体重を多く掛けているのが見て分かる。

多少の身長差、というのもあるが……須美ちゃんさえも当然のようにしているのは、こう。

()()()()、と言わざるを得ない。

 

(……何かを抱いて寝ると眠りやすい、って本当だったんだなぁ)

 

そんな事を考えて、三人を眺めれば。

視線を合わせられそうになって慌てて前を向き直す。

 

結局、あの眠った姿を二人に見つかって。

特に足で挟んでいたことが二人には許しがたいことだったらしい。

朝からウトウトしていた彼女が眠らせて貰えない、というのもまた珍しく。

そして俺へも『当然私/アタシにも』という意味の行動を取られたのは記憶に新しい。

 

(お陰で目は覚めたけど……なんか別の意味で変な状態になりそう)

 

一度首を小さく振って脳内をリセット。

――――おねえちゃんに言葉を告げる、大事な大事な時だから。

 

『天理』

 

「はいよ。 それで?」

 

『結界の縁を……そうだな、()()()()()

 

其処にある、というのを分かった上で。

霊力を持つ何か、或いはそれ自体に意味がある行動を持って『囲いで無くす』。

其処から侵入する、立ち入ると宣戦布告するような行動。

 

ただ、今回の場合は互いが認識した上でのもので。

身体への負担は然程無いだろう、というのがワカの言葉。

 

(負担は然程無いって言うけどなぁ。

 ……霊力云々考えつつやろうとすると()()()()するんだよな)

 

それは、恐らく体内の――――本来扱えるはずもないモノを利用しているから。

ワカとヒメ、二柱の神々を「切り札」のように降ろしているからこそ出来る行為。

 

正しい意味での勇者や巫女であれば、きちんと修行を重ねれば出来るらしいが。

そもそもの才能がないものを行使すれば、無理に神経が作られていくような感覚に襲われる。

『それくらい出来たほうが良い』とはどの時代の論理なのか。

 

……身体が丈夫になる、という効果がなければ絶対にやらないことであるのは間違いない。

 

(これから先も、多分誰もが満開を……切り札を使わざるを得ない。

 だったら、またあんな風に気絶している余裕もない……もんな)

 

もしかしたら死んでいたかもしれない。

そんな紙一重を体感しても。

 

三人……いや、おねえちゃんを含んで現状四人。

誰にも、何も失ってほしくはない。

だから……自分を削る。

 

がり、がり。

 

一見すればただ足を引き摺るだけの、意味のない動き。

けれどそれこそが発展した――――してしまった、謡われてしまった歩き方。

 

(ワカが言ってた。 数多くに信仰されれば、その方向に()()()()()()と)

 

少なからず、神樹サマも同じような変化を遂げたはずだ。

 

人の思うように曲げられて。

神の思うように弄られて。

 

恐らく、何方も同じように影響を与えている。

それを知った上で。

()()()()()()()()()()()()()

 

 

がり。

 

足で引いていた直線が、ある線を突き抜け。

微かな閃光……周囲の清らかな空気が霧散していく。

 

「…………え?」

 

「わっしー?」

 

背後から、小さな声がして。

けれど、その光の中へと脚を踏み出す。

 

(――――()()

 

それが分かったのは、直感というには鈍く。

けれど、血の中の何処かが微かに囁いている。

 

対になるような、絡まりあった曼珠沙華(ひがんばな)

白と赤、一本ずつが根を張り。

けれども、微かに枯れそうな雰囲気を出しているのが最初に見えた。

 

折れた、鎌の刃先のような部分。

微かに錆を帯び、その花に寄り添うように立ち尽くし。

 

その奥。

木々に、草花に隠れて眠るように。

本当に浅い、気付けば直ぐにでも眠ってしまいそうな呼吸音が響く。

実体を持った――――見惚れてしまう、少女が一人。

 

「…………」

 

ゆっくりと、けれど確実に。

その傍へ近付き、跪く。

 

口元だけは、微かに揺れているのが分かって。

右腕が、大きく裂かれているのが目に取れた。

 

死と生のあわい。

揺蕩う姿を、捉えてしまった。

 

背後から、三人が駆けてくるのと。

須美ちゃんが電話で近くの……待機しているはずの二人へ連絡しているのを他人事のように聞く。

 

「……三人とも。 悪いけど、あとは頼んだ」

 

何をしなければいけないのか。

彼女を見た時に気付いた――――分かってしまった。

 

だから。

そんな言葉を、後に残し。

錆びた鎌へと手を伸ばし、指で触れながら。

 

()()()()()()()()()()()()()()()――――血に塗れた、その手に。

そっと、口付けた。

 

*1
旦那。 或いはそれに近い存在の古い呼び方。




※変更点:
・「冥婚」に似た形を取った。
・自身を呪う儀式の一つ。 「ひとりかくれんぼ」と同種。
・天の神――――その逸話に沿うように、死者を迎えに旅立つ先。
・それは、名前という言霊の影響を多分に受けている。


・「自分の存在価値は勇者のみ」と思っていた少女へ、語り掛ける。
・ずっと、ずっと。 見ていた相手へ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。