葦原天理は巫覡である   作:氷桜

53 / 249
想定イメージ曲:月光/鬼束ちひろ


起-9

 

かさり、と踏んだのは何だったのか。

 

枯れ木、枯れ草、或いは周囲の空気。

一度だけ来たあの時の青臭い空気は何処かに消えて。

周囲は、秋の終わりのような寒気に覆われていた。

 

(――――冥府、か)

 

言われてみれば……そして実感してみれば何となく理解できる。

 

何処かに引かれ、そのまま沈んでしまいそうな冷気と。

()()()()()()()()()()()()()、と囁く自分が何処かにいる。

 

胸元にいた二柱の姿は何処かに消えている。

そして、自分も何処か薄いような気配に包まれている。

 

肉体ではなく、その内側……魂とか霊体とか言われる存在か。

二度も無理矢理に引き摺り出されれば、その感覚にも気付いてしまう。

また一つ無駄な経験を積んだ、と思いつつ。

 

「……おねえちゃん」

 

目の前。

 

俺から見て奥側へほんの少しずつ移動していく、黒髪の女性に声を掛けた。

背を向け、その顔は見えないけれど――――。

今更に、彼女と別人を見間違える筈もない。

 

「……本当に、来たのね」

 

声に気付き、けれど普段と違う声色。

 

足を止めない。

止められない……引かれているのか。

 

一歩二歩、大きく踏み込めば脚が沈み込むような錯覚を覚え。

けれど無視して強く蹴り込めば、きちんとした地面の感触が返る。

 

「来るよ……言いたいことだって沢山ある」

 

「……()()()()()()()()()だったのだけど」

 

誰かの真似をする態度ではなく。

普段よりも物静かな――――彼女当人と思われる態度と口調。

 

こないで、と一言聞こえた。

その言葉は……震えていたから。

 

近寄る、近付く。

けれどおねえちゃんが奥に進む速度は変わらない。

否定する事もなく、抗うこともなく。

姿勢として、言葉と行動の差異を顕す。

 

ぽたりぽたり、と。

落ち続ける右腕の血液が道筋のようになり。

その後を追いかけるように、手を伸ばす。

 

手に触れる。

手を掴む。

 

足を止めて。

けれど、彼女は此方を向かない。

 

「……ねえ、おねえちゃん」

 

「……何?」

 

手の感覚はぬるりと滑り落ちそうで。

けれど、微かに震えているように思えた。

 

痛い、と言いつつも。

彼女は、振り払おうとはしなかった。

 

「……理由とか、ある?」

 

()()()()()()()()()()()

()()()()()()

 

少なくとも今まで……俺が記憶する限り。

おねえちゃんが、俺のことを見なかったことは一度もない

 

目を見て、少しだけ懐かしそうにしたり。

動きを見て、こうしたほうが動きやすいと教えてくれたり。

そんな風に、常に同じような目線で向き合ってくれていたから。

 

向く角度次第では見切れていたりはあったけれど。

完全に、背中を向け続けていたことは一度たりともない。

 

だからこそ、異常には気付けた。

気付いて欲しい、と無言で続けていた。

 

「……どう思う?」

 

主体となる言葉を発しないで。

けれど、互いが互いの意思を聞く。

 

少しずつ腐り行く風景の中で。

先の黄色い花畑――――恐らくは菜の花、だろうか。

其処だけが奇妙な程に輝いて見えて、恐ろしく感じてしまう。

 

聞かないで、と聞こえた気がした。

だから、それ以上は口にしなかった。

 

向かせないで、と言った気がした。

だから――――その背に、告白する。

 

「……帰ろう?」

 

「……何処に?」

 

その場に立ち尽くしながら。

互いの意思を知っていながら。

決定的な一言を待ち続ける。

 

「何処が良いの?」

 

「……何処でも、良いかな。 私は――――帰る場所も無いから」

 

聞くつもりは? と。 小さく聞こえた。

腕からの出血量はどんどん増していくのが分かる。

けれど、手だけは決して離さない。

 

多分、少しでも滑らせてしまえば……それが永遠の別れに繋がると。

薄々に理解していたから。

 

「……そういえば、おねえちゃんについて何も聞いてなかったね」

 

「教えてもどうしようもなかったでしょ」

 

苦笑が聞こえる。

当たり前のことにも気付かないで、と声がする。

 

耳の裏、白く痕のように伸びた傷が目に焼き付いて。

今まではこんなものにも気付けていなかったな、と自嘲する。

 

「…………私はね。 勇者になる以外、何もなかったの」

 

こんな事言うの……多分初めてなのよ、と。

告げられたのは、彼女が今まで抱いてきた。

そして、眠りに就くまでの記憶。

 

家族との関係。

故郷での出来事。

故に彼女が抱いた、『特別な在り方(ゆうしゃ)への固執』。

 

何を失っても。

そう、思っていたはずなのに。

 

友を喪いかけ――――そして、()()()()()()()()()()()()として眠りにつき。

代償として支払われた、彼女達の巫女の生命力の半分。

 

大社にも、そして民衆にも。

決して伝えることはないように、その場にいた人物たちだけで口を閉ざして。

けれど返ってきたのは、無言の罵倒と他人事のように囀る人々の声。

 

『■■と■■■のせいで被害が出た』

『■■なんだからもっとやれよ』

()()()()()()()()()()()()()()?』

 

拠点で。

故郷で。

実家で。

実父に。

 

淡々と呟かれるその言葉一つ一つ。

おねえちゃんの精神を切り刻みながら漏らしている、と気付いていたから。

少しずつ、声色に水分が含まれているのにも気付かないフリをした。

 

「……そして、私は……友達と。 嫌いで、好きだった人に呪いを残したの」

 

「呪い?」

 

「そうよ。

 …………関係性を、永久に変えられないと分かっていて。

 忘れないでいて欲しい、って(ねが)いを」

 

でも、死ねずに。

今こうして、どっち付かずの存在として漂っている。

そんな風に、自分の事を呼び続けながら。

 

何かを言って欲しい、と。

そんな風に、叫んでいる気がした。

 

「私は――――弱くて、何も出来ない。 そんな、自分のことが嫌い」

 

そんな私に、貴方は何を。

 

そんな言葉に、俺は彼女へ。

 

「…………でも」

 

「…………うん」

 

否定の言葉。

肯定の言葉。

 

どんな言葉を求めているのかは分からなくても。

何をしたいか――――何を言わなければいけないのかは、分かる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

視界の奥。

花畑の先。

鏡面で見るような目をした、誰かが其処で立っている。

 

()()()()()、と聞こえた気がした。

 

「俺は弱くて、何も出来なくて、全部無くして。

 でも――――そんな時でも、唯見ていてくれた貴女だからこそ」

 

両親を喪って。

二柱と出会って。

銀と、須美ちゃんと、そのちゃんと出会って。

彼女達を喪いかけて。

親類を喪って。

そして今、見ていてくれた人も喪いかけている。

 

「ずっと、ずっと……一緒にいてほしいって思ってる」

 

他に知る人が誰もいなくとも。

俺だけは、決してもう忘れないから。

 

年下の/子供の/弟の/異性の/巫覡の。

年上の/大人の/姉の/異性の/勇者の。

 

300年という、通常であれば決して会う筈のない。

永く遠く離れた貴方/貴女だからこそ。

請い、伏して祈る。

 

「だから――――帰ろう」

 

もう一度だけ、手を引いた。

 

今度は――――その手の動きに、抗いはなかった。




・■■■は言いました。 「決して後ろを向かないで」
・■■■は言いました。 「分かった、その言葉に従おう」
・けれど、二人は永久に別れ。 寿命という言葉が生まれました。


・■■は言いました。 「帰ろう」
・■■は――――。
・その手の動きと、脚の動きが答えでした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。