葦原天理は巫覡である   作:氷桜

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想定イメージ曲:月光/鬼束ちひろ


起-9

 

かさり、と踏んだのは何だったのか。

 

枯れ木、枯れ草、或いは周囲の空気。

一度だけ来たあの時の青臭い空気は何処かに消えて。

周囲は、秋の終わりのような寒気に覆われていた。

 

(――――冥府、か)

 

言われてみれば……そして実感してみれば何となく理解できる。

 

何処かに引かれ、そのまま沈んでしまいそうな冷気と。

そ(・)う(・)し(・)て(・)し(・)ま(・)え(・)ば(・)楽(・)に(・)な(・)れ(・)る(・)、と囁く自分が何処かにいる。

 

胸元にいた二柱の姿は何処かに消えている。

そして、自分も何処か薄いような気配に包まれている。

 

肉体ではなく、その内側……魂とか霊体とか言われる存在か。

二度も無理矢理に引き摺り出されれば、その感覚にも気付いてしまう。

また一つ無駄な経験を積んだ、と思いつつ。

 

「……おねえちゃん」

 

目の前。

 

俺から見て奥側へほんの少しずつ移動していく、黒髪の女性に声を掛けた。

背を向け、その顔は見えないけれど――――。

今更に、彼女と別人を見間違える筈もない。

 

「……本当に、来たのね」

 

声に気付き、けれど普段と違う声色。

 

足を止めない。

止められない……引かれているのか。

 

一歩二歩、大きく踏み込めば脚が沈み込むような錯覚を覚え。

けれど無視して強く蹴り込めば、きちんとした地面の感触が返る。

 

「来るよ……言いたいことだって沢山ある」

 

「……最(・)期(・)の(・)挨(・)拶(・)の(・)つ(・)も(・)り(・)だったのだけど」

 

誰かの真似をする態度ではなく。

普段よりも物静かな――――彼女当人と思われる態度と口調。

 

こないで、と一言聞こえた。

その言葉は……震えていたから。

 

近寄る、近付く。

けれどおねえちゃんが奥に進む速度は変わらない。

否定する事もなく、抗うこともなく。

姿勢として、言葉と行動の差異を顕す。

 

ぽたりぽたり、と。

落ち続ける右腕の血液が道筋のようになり。

その後を追いかけるように、手を伸ばす。

 

手に触れる。

手を掴む。

 

足を止めて。

けれど、彼女は此方を向かない。

 

「……ねえ、おねえちゃん」

 

「……何?」

 

手の感覚はぬるりと滑り落ちそうで。

けれど、微かに震えているように思えた。

 

痛い、と言いつつも。

彼女は、振り払おうとはしなかった。

 

「……理由とか、ある?」

 

何(・)で(・)此(・)方(・)を(・)向(・)か(・)な(・)い(・)の(・)か(・)。

向(・)け(・)な(・)い(・)か(・)ら(・)。

 

少なくとも今まで……俺が記憶する限り。

おねえちゃんが、俺のことを見なかったことは一度もない。

 

目を見て、少しだけ懐かしそうにしたり。

動きを見て、こうしたほうが動きやすいと教えてくれたり。

そんな風に、常に同じような目線で向き合ってくれていたから。

 

向く角度次第では見切れていたりはあったけれど。

完全に、背中を向け続けていたことは一度たりともない。

 

だからこそ、異常には気付けた。

気付いて欲しい、と無言で続けていた。

 

「……どう思う?」

 

主体となる言葉を発しないで。

けれど、互いが互いの意思を聞く。

 

少しずつ腐り行く風景の中で。

先の黄色い花畑――――恐らくは菜の花、だろうか。

其処だけが奇妙な程に輝いて見えて、恐ろしく感じてしまう。

 

聞かないで、と聞こえた気がした。

だから、それ以上は口にしなかった。

 

向かせないで、と言った気がした。

だから――――その背に、告白する。

 

「……帰ろう?」

 

「……何処に?」

 

その場に立ち尽くしながら。

互いの意思を知っていながら。

決定的な一言を待ち続ける。

 

「何処が良いの?」

 

「……何処でも、良いかな。 私は――――帰る場所も無いから」

 

聞くつもりは? と。 小さく聞こえた。

腕からの出血量はどんどん増していくのが分かる。

けれど、手だけは決して離さない。

 

多分、少しでも滑らせてしまえば……それが永遠の別れに繋がると。

薄々に理解していたから。

 

「……そういえば、おねえちゃんについて何も聞いてなかったね」

 

「教えてもどうしようもなかったでしょ」

 

苦笑が聞こえる。

当たり前のことにも気付かないで、と声がする。

 

耳の裏、白く痕のように伸びた傷が目に焼き付いて。

今まではこんなものにも気付けていなかったな、と自嘲する。

 

「…………私はね。 勇者になる以外、何もなかったの」

 

こんな事言うの……多分初めてなのよ、と。

告げられたのは、彼女が今まで抱いてきた。

そして、眠りに就くまでの記憶。

 

家族との関係。

故郷での出来事。

故に彼女が抱いた、『特別な在り方(ゆうしゃ)への固執』。

 

何を失っても。

そう、思っていたはずなのに。

 

友を喪いかけ――――そして、永(・)久(・)に(・)会(・)え(・)な(・)い(・)だ(・)ろ(・)う(・)人(・)柱(・)として眠りにつき。

代償として支払われた、彼女達の巫女の生命力の半分。

 

大社にも、そして民衆にも。

決して伝えることはないように、その場にいた人物たちだけで口を閉ざして。

けれど返ってきたのは、無言の罵倒と他人事のように囀る人々の声。

 

『■■と■■■のせいで被害が出た』

『■■なんだからもっとやれよ』

『俺(・)達(・)を(・)護(・)る(・)の(・)が(・)役(・)割(・)な(・)ん(・)だ(・)ろ(・)う(・)?』

 

拠点で。

故郷で。

実家で。

実父に。

 

淡々と呟かれるその言葉一つ一つ。

おねえちゃんの精神を切り刻みながら漏らしている、と気付いていたから。

少しずつ、声色に水分が含まれているのにも気付かないフリをした。

 

「……そして、私は……友達と。 嫌いで、好きだった人に呪いを残したの」

 

「呪い?」

 

「そうよ。

 …………関係性を、永久に変えられないと分かっていて。

 忘れないでいて欲しい、って呪(ねが)いを」

 

でも、死ねずに。

今こうして、どっち付かずの存在として漂っている。

そんな風に、自分の事を呼び続けながら。

 

何かを言って欲しい、と。

そんな風に、叫んでいる気がした。

 

「私は――――弱くて、何も出来ない。 そんな、自分のことが嫌い」

 

そんな私に、貴方は何を。

 

そんな言葉に、俺は彼女へ。

 

「…………でも」

 

「…………うん」

 

否定の言葉。

肯定の言葉。

 

どんな言葉を求めているのかは分からなくても。

何をしたいか――――何を言わなければいけないのかは、分かる。

 

「俺(・)は(・)、(・)そ(・)ん(・)な(・)お(・)ね(・)え(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)だ(・)か(・)ら(・)好(・)き(・)な(・)ん(・)だ(・)と(・)思(・)う(・)よ(・)」

 

視界の奥。

花畑の先。

鏡面で見るような目をした、誰かが其処で立っている。

 

そ(・)れ(・)で(・)良(・)い(・)、と聞こえた気がした。

 

「俺は弱くて、何も出来なくて、全部無くして。

 でも――――そんな時でも、唯見ていてくれた貴女だからこそ」

 

両親を喪って。

二柱と出会って。

銀と、須美ちゃんと、そのちゃんと出会って。

彼女達を喪いかけて。

親類を喪って。

そして今、見ていてくれた人も喪いかけている。

 

「ずっと、ずっと……一緒にいてほしいって思ってる」

 

他に知る人が誰もいなくとも。

俺だけは、決してもう忘れないから。

 

年下の/子供の/弟の/異性の/巫覡の。

年上の/大人の/姉の/異性の/勇者の。

 

300年という、通常であれば決して会う筈のない。

永く遠く離れた貴方/貴女だからこそ。

請い、伏して祈る。

 

「だから――――帰ろう」

 

もう一度だけ、手を引いた。

 

今度は――――その手の動きに、抗いはなかった。




・■■■は言いました。 「決して後ろを向かないで」
・■■■は言いました。 「分かった、その言葉に従おう」
・けれど、二人は永久に別れ。 寿命という言葉が生まれました。


・■■は言いました。 「帰ろう」
・■■は――――。
・その手の動きと、脚の動きが答えでした。
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