葦原天理は巫覡である   作:氷桜

54 / 249
想定イメージBGM:月光花/Janne Da Arc


起-10

 

腐臭。

枯れ草。

暗闇。

 

互いと互いを結ぶ手の温もりと。

互いに話す声だけが、其処にいることを示している。

 

「……ちょっと、驚いたわ」

 

「何が?」

 

「さっきの言葉」

 

指文字――――指と指を絡めて意志を伝える。

 

血で塗れて、俺の手までを湿らし始めた生温い液体。

流れ続けているのも、どれだけ流れても影響がないのも。

恐らくはおねえちゃんの意思と、精神の傷が繋がり続けているからだろう。

 

「……将来、女の子泣かせそうよね」

 

「酷くない? 誰にでもは言わないよ?」

 

「でも、もう三人には言ってるじゃない」

 

既に周囲は何も見えない。

けれど、歩き続けろと誰かが言っている。

後ろを向かず。

意識の続く限りに進み続けろ、と背中を押されている。

 

『それくらいやってみせなさい。 貴方が、私の血を継ぐのなら』

 

分かっている、とは何に言ったのか。

口にしたけれど、良く分からずに。

おねえちゃんも訝しむ気配が伝わってきていた。

 

「……見てた?」

 

「自分で言ったんでしょ。 ずっと見てたわよ……一回此処に来るまでは」

 

くすくすと笑い声。

手と手の間に血が流れ込み、けれどそれに塗れながら握り直す。

指と指を絡めて、離れないようにと願いながら。

 

「だけど」

 

――――ぬるり、と。

足元の固さが急に途切れ、水辺に踏み込んだように沈んでいく。

 

俺に連れられ、彼女も落ちて。

けれどその手は外れないまま、確かに前へと進んでいく。

 

「……あんな事言ってもらえたのは、初めてよ」

 

「……そっか」

 

「……だから、死(・)ん(・)で(・)も(・)離(・)さ(・)な(・)い(・)からね」

 

冗談――――混じりであると願いつつ。

言葉だけで分かる喜び。

情動の揺れが、確かに伝わって。

語尾が少しだけ上がって、それを聞いたおねえちゃんの手が一度強く握られる。

 

「いちばん大事な友達……彼女にも、会いたいけれど」

 

彼女だけは、私だけではどうにもならない。

そんな言葉が、腕の血と合わせて水を朱に染めていく。

 

水。

全身を洗う清水。

黄泉路から戻る最中の。

けれど、前回は体感しなかったもの。

 

(……ひょっとして、これ……前、ヒメが言ってたやつか?)

 

遥か昔。

神が産まれた黄泉路戻りの話。

 

『黄泉路から戻った■■■は顔を洗うことで穢れを落とし、神を産んだ……と伝わっていますね。

 それだけ、穢(・)れ(・)は(・)何(・)か(・)を(・)産(・)み(・)出(・)す(・)切(・)っ(・)掛(・)け(・)というわけです』

 

あの時戻ったのは俺だけ。

元の肉体へと繋がっていたし、押し出されて戻されたというのが正しい筈で。

 

それに対し、今回はおねえちゃん……半分死人を冥府より連れ戻そうとしている。

故に、その部分を押し流そうとしているのかもしれない。

 

(……もしかすると、あの人が助けてくれたのかもしれないけど)

 

少なからず縁を持っていそうな、近くで見ることは叶わなかった人。

きっと、背中を押し続けてくれていた人。

恐らくは俺の先祖に当たる人……多分、送り出そうとしてくれているのはその人だ。

 

「ねえ、天理君」

 

「どうかしたの、おねえちゃん」

 

身を清め、口を濯ぎ、その上で元の世界へと戻る。

足掻こうと水の中で泳いでいけば、誰かに引っ張られる感覚があった。

 

知っている相手。

知っている声。

 

『■■、■■■■』

『■■■、■■■■■■■■■』

 

そんな誰かが、俺の空いた腕を引っ張ろうとする。

 

「その声に従っちゃ駄目よ」

 

「へ?」

 

そのまま引き寄せられそうになるところを逆に引っ張られる。

迂闊に顔を見そうになって、咄嗟に目を閉じれば。

舌打ちのような音と共に力は抜け、胸元に抱き留められたのが分かった。

 

「良く考えて。 神樹様に認められる子が――――。

 或いは、それを信じる人がこ(・)ん(・)な(・)場(・)所(・)に足を伸ばせる?」

 

「ぁ」

 

「勿論、私や……乃(・)木(・)さ(・)ん(・)は例外だけど」

 

胸元で囁かれる言葉。

同級生達に抱き締められる時にも似た。

けれど何かが違う、安心感が強く耳元から脳裏までを支配する。

 

「乃木さん……そのちゃんじゃなくて、だよね?」

 

見ては駄目よ、とこの段階に入っての指摘。

無論見る気はないが、彼女に抱かれたまま動くのは妙に恥ずかしい。

 

「ええ。 私達の時代の代表……乃木若葉さん。

 最(・)初(・)の(・)や(・)ら(・)か(・)し(・)さえ無ければ……多分、無事に生きてくれた人」

 

「やらかし?」

 

後で教えるわよ、と。

私のこと、私の全部。 あの時代から取り残された全部を。

酷く当たり前のような口調で答える彼女へ、指で頷いて答える。

 

視界を閉じた暗闇。

恐らく、外を覆う暗闇。

その二重の漆黒の中を、水辺を漂うぱちゃぱちゃという音だけが木霊する。

 

「……それと」

 

そんな空白が、そんな物音だけが心地良かったのだけれど。

互いの肌が接しているのもあって、緊張感も同時にあって。

見えないけれど、照れているんだろうな――――そんな事を感じる声で。

 

「おねえちゃん、って呼び方……やめない?」

 

「え、駄目?」

 

「駄目っていうか……昔は良かったけど、今はちょっと……」

 

見た目の問題、なのだろうか。

首を捻りつつも、彼女の受け答えへは肯定し。

少しだけホッとしたような雰囲気を感じ。

同時に、少し先で頭上からなにかの暖かさを感じ取った。

 

「ああ、そろそろね」

 

「……出口?」

 

「根堅洲国、或いは黄泉路から葦原中国へ繋がる道。

 ……美佳さんに聞いていた通り」

 

……多分、その名前が俺の先祖で。

彼女を長きの間眠らせた巫女で。

今、送り出そうとする人の名前か。

 

「穢れを外に持ち出すのでなく、その手前で押し流すことで外へと出さない場所。

 ……死者だけが知る、隠し通路」

 

穢れそのものとなっては通れない道。

 

半分だけ、で済んだから――――血、という形でそれをこの地へと捧げたから。

彼女は、禁を破らなかった俺と共に現世へと戻れる。

 

「……行きましょう……え、っと……その…………ま、ま(・)ー(・)く(・)ん(・)?」

 

え、という言葉は外に出たのかどうなのか。

 

ただ、今の俺に分かったのは。

誰かから囁かれる、『幸福にしなければ祟り殺す』という呪詛と。

引き込まれる中で薄れる意識と。

握った手と…………暗闇の中でも映える、彼女という存在そのものだけだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。