葦原天理は巫覡である 作:氷桜
・「してはならない」系列の禁を言わなかったのも「言えばそれが確定してしまう」から。
・あのタイミングで口にしたのも「穢れ」が殆ど抜け出ていたから。
・普通だったら失血死してるけど、外からの干渉で死ねないので。
「――――り」
耳元で声がした。
「――――んり」
機械音、電子音……だろうか。
定期的に鳴り続ける音と。
何か、果物のような甘い匂いとそれを剥くような音。
「…………天理くん?」
「ん、ぁ」
返事をしたつもりで。
妙に舌がもつれ、言葉にならない言葉が漏れた。
頭では整理できているのに、肉体が上手く動かない。
『徒人の身で”清めの水”を通り抜けたようですからね。
精神が純化されすぎて肉体との齟齬も出るでしょう』
『あの水、
『精神修養……にはなったと思いますが。
それでも、普通はするものでも出来るものでもないのですよ……天理』
枕元から聞こえる、いつもの声。
俺達にしか聞こえていないと分かっていても、少しだけ安堵する。
「…………こ、は?」
「病院です。 また入院ですか、と驚かれていましたよ」
眠るベッドの横の椅子。
視線を向ければ、須美ちゃんが腰掛けている。
その手には少しばかり季節外れの林檎。
切り落とし、そのゴミを手元のゴミ袋に捨て使い捨ての皿に載せた上で。
枕元に置いて、小さく息を漏らした。
安堵のような――――怒りのような。
綯い交ぜになった感情が胸の中で膨らみ、言葉にならないように。
どうやら一人きりのようだが……。
「銀とそのっちなら、”おねえちゃん”のところ。
身体、動かせる?」
手に力を入れようとして上手く入らず。
起き上がろうとして付いた腕から崩れそうになり、彼女に抱かれて止まる。
「……無理、みたいね。 隣の部屋なんだけど」
呼んでくるか、という言葉に目線だけで否定する。
彼女がそう言うのなら、恐らくおねえちゃんも生命は繋いだということなのだろう。
焦りの心は何処かに消えて、小さく小さく息を漏らす。
……いや、呼び方を変えてほしいってことだったから。
別の呼び方に変わるだろうけど、どう変えれば良いのか。
名前を教えて貰ったから名前?
……でも、あの時愛称(?)で呼んでくれたよな。
聞いていると酷く落ち着く声で。
けれど照れ混じりで、きちんと声は届いていた。
会いたい、話したい。
けれど今は身体が動かないし、もう少し良くなってから。
(……今年一年で何回入院してるんだろうなー、俺)
『それは此方の言葉ですが』
『致し方ないとは言え、なぁ。
男子の本懐といった部分はあるが、天理は巫覡に過ぎぬし』
(何だその言い方)
いやまあ、自分でも分かってる。
本質的に補助――――或いは事前準備、事後対応でしか動けない俺。
そして治療手段、という意味で俺にはなにもないのも同じ。
このまま何度も入院なんてしていれば。
恐らくは既に、だとは思うが……『そういう人間』だと捉えられる。
そうなった場合に困るのは他の名家の動き方。
絡め取られる、或いは親達から干渉され始める前に対策したいところだが。
「…………はぁ」
「溜息を吐きたいのは此方です。 二日も寝たままで」
またそんなに寝てたのか。
やっと筋力もある程度取り戻せてきたのにまた劣化してしまった。
「…………で」
「寝ていた間のこと?」
彼女なりに嘗ての言葉と今の言葉が混ざり始めたのだろう。
未だに慣れてはいないが、それでも敬語部分は幾らか抜けてきている。
それに伴って……というわけでもないのだろうが。
唯でさえ美少女だったのが、美人へと羽化を遂げ始めている。
ほぼ、どころか毎日見る度にそう思うので……周りもある程度は気付いていそうだが。
(警戒心強いからなぁ、須美ちゃん)
やっと口と脳が一致し始め、舌の混乱も収まり始め。
それでも微かに頷く程度でその通りだと告げながら。
ぼうっと、少女の存在を上から下まで眺めてそう思う。
生まれ、役割、そして今後の動き方。
それら全てが決められて、それに従うような生き方で。
多分、同じような役割の二人がいなければ。
多分、全てを忘れでもしなければ。
自由、というモノは存在しなかったようにも思えてしまう。
だからこそ、彼女とこうしていると言われると……何とも言えなくなってしまうが。
「先に聞いていた通り、対応して……あの、おねえちゃん? も緊急手術。
神経まではやられてなかったみたいだけど、その分血管が酷く損傷してたって」
……銀の時の逆か。
或いは、
当人も分かっていなさそうだから、其処は聞くことはないだろうけど。
「それ……で?」
「ついさっき目を覚ました、って聞いて二人が行ったところ。
一応、私達三家と神樹様からの神託ってことになってるし……。
最終的には、天理くんが引き取るの、よね?」
勿論そのつもり。
約束して、口にして。
はっきり答えてくれたわけじゃないけど、それでも呪いの言葉をくれた。
死、という言葉が永遠の別れにならない呪い。
あの鎌を貸与した人物からすれば、洒落にならない言葉。
それでも喜びが先に出るのは、多分俺もどこかが狂っている証拠。
「退院予定とか、聞いてる?」
「目を覚ましたら検査して……問題なければ明後日には、かな。
多分もう一人はもう少し掛かると思うけど……銀に聞く?」
「後でね」
そのちゃんに、という言葉が出ないところがちょっと酷く。
それに頷く俺も同類。
まあ、真面目にしている時は一番凄い子なんだけれども。
談笑しながら、少しずつ精神と肉体が合致するのを感じながら。
枕元の林檎に刺さった四本の爪楊枝。
その内一本を取り、口に含む姿を視線で追う。
齧られ、半分程が目の前に残り。
その視線に気付き。
口を抑えながら、咀嚼しながら。
「…………」
頬を微かに染めながら、それを口元へ差し出され。
何も言わずに、それを齧り取る。
酸味、甘味。
それらがあることは間違いないけれど。
「…………」
飲み込み、その目を見て。
「…………ごちそうさま」
多分――――その行為のほうが、よっぽど甘かった。
※変更点
・X回目の入院。
・ぐんちゃん生還! ぐんちゃん生還ッッッ!
・そろそろ治療役欲しいですよね。
・ゆゆゆ本編に純ヒーラーなんていないんですけど。