葦原天理は巫覡である 作:氷桜
その日の晩。
或いは新年の始まりの日。
「…………あれ?」
奇妙な夢を見た。
自分自身で夢、と認知できている夢。
知らない場所にいるのに、誰かに招かれたような感覚。
少しだけ自分の身体に違和感があるような、無いような。
そんな、ふわふわとした実感の中で立っていた。
(……明晰夢、っていうんだっけ?)
何処から調べてきたのか、そのちゃんの小説で見た気がする。
その時は夢だと思っていた
ニヤニヤしながら見せてきたのは悪意の証明で良いのだろうか。
目の前は暗闇で、以前に通り抜けた黄泉路にも似ており。
その中で、緑で作られた垣根のようなモノに留まる青い鳥が目に入る。
嘴に挟んでいるのは……時期が良く分からなくなってくる、桜の花が咲いた枝一本。
(何だこれ、夢だからぐちゃぐちゃなのか?)
季節感が全く統一されていない光景。
一瞬気配そのものを怪しみ、けれどほんの少し変化した行動に目を奪われた。
青い鳥が上を一度向き、嘴の枝を咥え直し。
着いて来い、とばかりに顔を動かしたのが見えたから。
(……ええ、何だこれ。 神託……な訳無えよな)
神当人からのお墨付き。
俺に神の側を見る知覚能力は
だから、あるとすれば文字通り夢として
或いは俺の脳が何かを整理しようと見せているのか、くらいだとは思うが。
(取り敢えず、ついて行ってみるか……)
俺が動かずに見ていれば、その鳥も動かない。
ただじっと見ているだけで。
――――その鳥に、自分と親しい何かを感じたのは誤認か錯覚か。
気付けばふらり、と歩き始めている。
先導するように、鳥も舞う。
緑の垣根は、その場でただ佇むのみで。
何処へも知らない場所へと導かれている。
(……須美ちゃんと、国土さんにも聞いてみるか?)
実際問題、神託の受け取り方は人に寄ると聞いている。
俺が今見ているものが何なのか、自分一人で答えを出せるとは思わない。
だからこそ、お仲間に話を伺ってみよう。
話の切っ掛けにもなる――――久々に会う契機にもなる。
(そんな事言ったらまた睨まれるけど)
知り合いの中で唯一、切っ掛けがなければ話すことも出来ない相手。
それは向こうも同じで、何かしらの理由を用意して話し合うのが常で。
けれど巫女と、関係ない唯の資格としての『神官』。
それもどうなんだろうな、とか考えてしまうのは……多分。
ただ愚直に信じていた考え方が少しだけ変わったように思え。
ただ無心で存在を確認していた考え方に、少しだけ疑問が浮かび。
互いに影響を与え合う、年下の少女との神道問答。
あの時間は、結構好きだからこそ――――。
ざくり、と踏み締めた先。
足元、唐突に何かを超えた感覚に感じるのは既視感。
故に、少しだけ想像に浸っていた考えは吹き飛び。
「…………ッ!?」
急に立ち上る砂煙。
幾度か――――結界を介して乗り越え、つい先日も苦痛に耐えた場所。
樹海のような雰囲気の場所に、気付けば立っていた。
(何だ……!?)
視界の奥、巨大な何かが振り下ろされ。
お盆よりやや大きい程度の、円状の何か。
盾のようにも見えるそれで、誰かが必死に逸らしている行動が目に映る。
「守る…………!」
何かを叫んでいるのは、聞こえる。
己に言い聞かせているのも分かる。
けれど、その内容が耳に入ってこない。
何かで声だけが阻害されているように。
脚さえも、その場で張り付いたように動かせなくなっていた。
良く見れば、その背後に崩れ落ちた誰かの姿も見える。
腕が青黒く、そして無事なもう片腕に武器を構えている姿。
やがて、その均衡は崩れ落ち。
巨大な何かがほんの数度、ほんの少しだけ斜めに逸れたことで直撃は避けたように見える。
けれど、その先は二人の胴を掠めたことは変わらないように。
地面に叩き付けられた衝撃で、ふわりとその肉体は浮き。
そして数メートル先で叩き付けられ崩れ落ちる。
「た、タ■っち……先■……」
掠れたような声色なのだろう、と
喉元から逆流した血液が、喉に詰まっていると
伸ばした手が、届くか届かないかという位置で崩れ落ち。
震え続けているのを
俺の目の前で、衝撃のみの二次被害は感じるのに。
何処か早回しのように行われる光景を、目に焼き付けさせられる。
手を伸ばす――――奇妙な、硬い。
それでいて木々の葉のような覆いの触感に阻まれ何も出来ない。
(…………何だ、これ)
影が駆けていく。
何かをし。
酷い叫び声にも似た、振動を感じて……一瞬暗転し。
気付けば、何かを乗り越えた時と同じ立ち位置。
同じ光景で、同じものを見せつけられている。
一度。
二度。
五度。
十度。
五十。
百。
千。
万。
繰り返す度に加速するような、それでいて一切の変化を見せない光景。
張り付いたままで、無限に見せつけられる光景。
誰かが、言った。
「……■マが、あん■を守■な■ったか■」
誰かが、言った。
「■じ■、駄■。 も■も、助け■く■る英■がい■のなら――――」
言葉は変わらず理解できず。
けれど、悔恨と、叱咤と。
けれど、想像と、絶望と。
繰り返しの果て、抱いたのだろう感情だけが酷く焼き付いたまま。
その場所に取り残されているのだけは分かる。
地に落ちて、黒ずんだ髪の少女の虚ろな目が
血に塗れ、服装までもが朱に染まった少女の虚ろな目が
それは錯覚で、俺がそう思いたいだけなのだろう――――とも、感じながら。
それでも、理解したことはあった。
これが、バーテックスの……或いは天の神の遺した呪いの一つで。
これが、恐らくは死の間際で抗い続けている二人の末路で。
これを見せるためだけに、何かが俺を呼んだのだろうということ。
思う。
強く、思う。
(
それが、神の思惑の通りなのだとしても。
これが、俺の身体を蝕む媒介への第一歩なのだとしても。
結局――――俺は、その誰かを見捨てられない。
そう、呪われているのだろうと思いながら。
また来る、と小さく漏らし。
意識を、その場で手放した。
変更点:
・二人は『死の間際を繰り返し続けている』。
・蘇生に至らないのも精神的な死に抗い続けているから。
・■を守る。
・逃げない。
・ほんの少しの差で発生した、無限に続く精神の牢獄。
・救いを求め、それを目にしたら――――。
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