葦原天理は巫覡である 作:氷桜
幾度。
幾百。
幾千繰り返したか――――もう、忘れてしまった。
何度も、何度もやり直した。
神様……もう名前も忘れてしまった、思い出せない神様。
誰かに呼ばれて、あの武器……金弓箭を手にした後のこと。
タマっち先輩に助けられて、みんなと一緒に丸亀城に集まって。
桜を見る約束をした後で。
私達は、永遠の牢獄に閉じ込められた。
半ば眠っているような。
半ば起きているような。
何方とも言えない意識の中で、動けないままにあの苦痛を繰り返す。
これが地獄なのかな、とか考えたり。
決して慣れない痛みを何度も繰り返したり。
時間の感覚さえも狂う中で、目の前の……タマっち先輩が貫かれる姿。
手を伸ばして、何かを願って。
けれど、それが叶ったかも分からないような暗闇に呑まれた。
呑まれ続けた。
自分の事を罵倒し続ける切っ掛け。
もっと、と有り得ないものを求め続ける契機。
誰か、と伝わるはずのない思い。
それらを、空間に刻み続けるだけの無限の時間。
気付けば、雪女郎を……私の精霊を身に纏って。
ただ、誰にも聞こえない言葉を呟き続けていた。
雪女郎。或いは雪女。
雪山に現れる妖怪、或いは低体温症の具現化。
男性を助け、老人の生命を奪い。
残された青年と結ばれ、けれど約定を満たされずに子とともに消える存在。
幾つも幾つも読んだ小説の中で、妙に印象に残っていた妖怪。
話の展開次第だけど、そもそも消えることを拒否する流れだってあった。
それは、後世になって置き換えられた話だと分かっているけれど。
もし、約束を護ってくれたらずっと共にいたのだろうか。
もし、彼女の心を裏切らなければずっと一緒にいたのだろうか。
人から距離を置かれて、それでも助けられることを祈っていた私のように。
自分から近付こうとしないで、塔に閉じ込められたお姫様のように待つだけで。
……そして、何も解決はしなくて。
ああ、もう駄目かな。
そんな考えさえも混同するような、自然と諦めという言葉が浮かぶ状況で。
意識も擦り切れ、自然と
『――――――――』
随分久々に、自分以外の誰かの声を聞いた気がした。
タマっち先輩の声じゃない。
ひなたさんや若葉さん……千景さんに友奈さん。
後に遺してしまった、仲間達のものでもない。
ずっと昔に一度だけ聞いたような気がする声。
私と一緒にいてくれた、誰かの声。
それが、
(――――かお?)
何もない、はずだった。
私達が貫かれた時点では、まだ周囲にバーテックスは残っていて。
そして今のこの場所では……その影は見えなくとも、私達が倒れるまでは何も起こらない。
幾ら待っても、幾ら耐えても。
自分の中で精一杯の力を込めて矢を放っても、何も変わらない。
それは、最初の内で知っていたはずだからこそ疑問に思って。
最後の力を込めて、最後に別の光景を見ようと思って。
――――その先で、誰かに見られているような気がした。
誰かと目が合ったような気がした。
え、という言葉は血の泡と共に零れ落ちて。
気付けば、再びに必死で矢を打ち続けている。
届かない。
穿たれる。
身体の中を侵す毒。
大事な何かが抉られる痛み。
絶望。
倒れる瞬間に、再びに何かと交差する。
言葉を発したいのに、言葉にならない。
いつかと同じように、死に続け摩耗し続ける。
けれど、その脳内は謎で一杯だった。
今のは?
私が見た幻影?
おかしくなって見た夢?
分からない……何も分からない。
それが、奇妙なほどに嬉しくて。
自分の変化に驚いてしまう程に、謎に満ちている。
その視線は、気付けば唐突に現れて。
唐突に消えていくようになった。
そして、それに合わせて……少しだけ、光景にも変化が訪れるようになっていた。
吹き飛ばされる位置が、少しだけ変わる。
タマっち先輩と、手を握っているのが分かる。
意識を失う瞬間が、分かる。
見ている視線の意味が、理由が何となく分かる。
義憤、痛み、決意…………そして、微かな悲しみ。
多分、私達に関係する誰かの……人間の見せる目。
願っていても、何も変わらなかったものが……変わっていく。
心の奥で、ずっと叫んでいたことが起こっていく。
いつしか、その目線――男の子だったら、と考えてしまう――に、希望を見出し。
多分、それはタマっちも同じだった。
『……最期に良いもの見たな!』
『……最期かは分からないよ』
繰り返す度に同じ末路を迎えながら、記憶を引き継ぎ続ける。
いつしか、握っていることが分かっていた手で意識の交差が出来るようになっていた。
ほんの一瞬、次の痛みが発生するまでの僅かな猶予。
でも、それがあったからこそ意識を引き止められていたように思う。
段々と意識の継続が難しくなっていくのは、お互いに分かった事だから。
互いを励まして、それでも最期まで――――そんな事を、願っていたのに。
ぶつり、と何かが切れるような音と。
貫かれるような激痛とは違う……何かに当たったような鈍い痛みと。
燃えるような、熱が私を覆ったのは。
微かに繋いでいた意識が、途切れそうなとある日のこと。
『■輩。 そう■い■■るな■……■き■下さ■』
なんだろう、と思う私と。
熱に身を任せる私がいた。
『――――■きる■由が見つ■るまでは、■えま■から』
少しずつ、耳がハッキリとしてきた。
知らない声で、幼い声で。
けれど、男の子のものだと分かって。
私を覆う熱が、多分――――タマっちと、彼のモノだと思った。
『死な■いで下さ■。 …………貴■自身の為■も』
……凍えていた、腐っていた身体に熱が灯る。
内側の熱が、痛みと毒素を消していく。
何処かから流れ込む力が、いつかの私の初めてを思い出させる。
拍手のような、何かに捧げるような音が響いた。
多分、私は……彼に、呪われたのだろうと。
そんな風に、思った。
『例え、自分で望んだのだとしても……俺は、もう。
目の前で誰も死んでほしくないんです』
死さえ覚悟する私達に。
死ぬことを認めない、生きる為の呪い。
初めて変身した時に。
タマっち先輩を助けようと思って、気付いたら変身していたことを思い出した。
異常な程に重かった瞼が、開く。
吹雪いていたような、私を包んでいた寒さはどこかに消えて。
目の前に立つのは、私よりも僅かに小さな……小さな
どこか、先輩と似た雰囲気を感じてしまう。
自らを投げ捨てることさえも由とする、そんな見覚えのある目を持つ少年。
脚がふらつき、それでも自分の目で私を見ているのが分かった。
見てくれているのが、分かった。
「……はじめまして、王子様」
だから、笑いながらにそんな事を口にして。
「それはタマだけじゃなかったのか?」
「タマっち先輩もそうですよ、ヒーローですから」
ずっと聞きたかった。
以前と同じような言葉が聞こえた。
だから――――私は、もう負けない。
そして……それは。
すぐに、実現した。
・あんずん回。
・今回で累計二十万字。 完結までどれくらい必要なんですかね……
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