葦原天理は巫覡である 作:氷桜
ゆゆゆいは前後編で全二部予定です。
鋪-1
上に引かれる感覚。
恐らく、それを感じたのは全員同じ。
ただ、多分その中で最も早かったのは俺だったと思う。
「……てんくん?」
「天理、くん?」
不安そうな声が二つ、遠くで聞こえた気がした。
両隣にいたはずの、少女達の肩に触れていた感覚が喪失し。
代わりに指先に触れた気がしたのは、幾度も見かけた薄い色素の少女の線。
(……何だ、引っ張られる?)
途中、上ではなく真横にも引かれる感覚を覚える。
その線が懸命に引くような、力不足の誰かが呼び寄せるようなか細い声。
気付けば自然と、そちらへと泳ぐように移動している。
「――――――――」
(誰、だ? 俺を呼ぶのは)
多分、俺の魂が引かれていると言うよりはまた別。
常に宿り続けたことで染み付いた、神々としての属性で呼ばれている。
そんな事を出来るのは、限られた……無垢な巫女でもなければ不可能で。
(……いや、まさかなぁ)
線の色と、属性と。
思い付いたのはたった一人だからこそ、まず無いだろうと思いながら漂い続け。
「うげ」
べたん、と唐突に地面に投げ出される。
「きゃ」
遅れて、声がもう一つ。
誰かと思えば先程神具の中に潜った少女……杏さん? ちゃん?の姿。
いや、何でいるんだ。
「……無事、呼べましたね」
「だから言ったでしょ、亜耶ちゃんなら呼べるって」
「そ、そうは言われましても……」
頭上から、一つはそれなりに聞き慣れた声。
もう一つは聞いたことがあるような無いような、混乱しそうな声色。
周囲を確認する。
先程までいた精神世界……其処から抜け出た空き地などではなく。
何処か見覚えのない家屋……或いは部屋の中。
その畳の上に投げ出されていて。
杏さんは近くに折り畳まれた布団の上で脚を折る女の子座りの状態だった。
(何処だよここ……っていうか、あの二人丸投げしやがって)
文句を心の内側で叫びながら。
改めて顔を持ち上げれば、良く見た顔と視線が被る。
……
「……こんにちわ、勇者様?」
「それ、何度も言ったよな……?」
「ぇ――――」
いつもの挨拶。
余りに変わらなさすぎて、普通に返答してしまう。
場所の異常、存在の異常。
良く見知った友人がいるのに、其処に目線が向く前に知らない誰かへと目線が向く。
多分それには彼女も気付いていて。
絶句している杏さんも、何かしら似た感情を抱いているようだった。
「いえ。 ……ですから、私にとっては勇者様なんですよ?」
そして、彼女も相変わらずに言葉を繰り返す。
いい加減その理由についても聞きたいけれど、自分の事情に過ぎない。
今は現状を把握するのが先だ。
「俺は強く否定したいんだけど。 ……呼んだのは、国土さんか?」
淡い白……或いは金に近い髪色を持つ、年下の巫女。
あの線を見た時に最初に浮かんだ少女の姿。
「はい。 私と……後ろの方です」
そうして、一歩だけ横に逸れて。
改めてに全身を視界に捉える。
朱色に近い明るい髪色を持ち。
髪留めと、何処か控えめな雰囲気こそ別人で。
けれどその存在そのものは、よく知る人物に瓜二つと言い切れる。
いつも共にいる二柱に極めて似た何かを帯びた、其処に立つだけの少女。
「友奈、さん?」
「アンちゃん……うん、久しぶり」
半ば震えながらの声に、その存在を確信する。
以前にせんちゃんから聞いた勇者達。
その中で唯一、深い深い慙悔の念を込めていた名前の持ち主。
じっと見ていれば、照れたように頭に手を当てていた。
一見すれば普通の行動で。
けれど、嘗ての友人と……そして俺自身が指摘され続けていた内容から何となくに理解する。
半ば反射的になる程に自然になってしまった、自分を守る為の仮面の一部としての行動。
こうして『人』らしい行動を示す方が、本来は彼女にとっては後付なんだろうと分かってしまう。
そして、それは向こうからも同じこと。
同類は同類を理解する。
唯の自己犠牲の持ち主同士は、その雰囲気を推し量って両極端な対応に落ち着いてしまう。
つまりは、絶対的な嫌悪。 或いは――――。
「天理君、って呼ばせて貰ってもいいかな?」
「良いよ……そっちは、何と呼べば?」
その根底が同じだからこそ、前提条件や背景を話しても同情されることはない。
『何かがあったら助ける』という事ありきでの付き合い方故に。
だから、自然と深い付き合いへと変化する相手。
だから、周囲から孤立する生き方を共に出来る相手。
だから……。
「
不思議と、感じたのは安心感で。
彼女が妙に帯びた神聖さなど余計なものだと感じる程。
それに、ある意味では俺と彼女が帯びているものは全くの同じ。
「ならたかしーでいいか?」
「勿論」
だからこそ話は簡単に進むし、お互いの呼び名など些細な問題。
――――此処まで初見で深く知り合えたのは、多分友奈から数えて二人目か。
「高嶋様……」
「ううん、相変わらず硬いなぁ亜耶ちゃん」
「そうもなります」
呆れた口調と、それに対して頭が上がらない話し方。
普段の俺を見ているような、奇妙な感覚に襲われていた。
「あー……悪いが、どういう状態なのか教えて貰えると助かるんだが」
俺も、そして何か感極まっている状態に近い杏さんも。
何も知らない、という意味では同じ。
「はい。 ……では、説明させて頂きます」
何故、私達が貴方を引き寄せたのかを。
その目が見ていたのは――――何故か、俺だけだった。
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