葦原天理は巫覡である 作:氷桜
夏の残滓も大分薄れ。
冬の気配をちらほらと見せ始め、紅葉と果実が実る季節。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!」
『姫よ、此奴はいつまで呻いておるのだ?』
『若様、恐らく暫くは無理ですよ』
公園の奥、森の中の小さな隠れ場所。
家では出来ない
『と言ってもの。 引き摺り過ぎではないか?』
『実際引き摺るでしょう。 アレ以来会話が出来ていないようですし』
ジトッとした目線が一つ。
面白いものでも見る目線が一つ。
結局、何方も俺の今の解決には全く役に立たない。
「つーかワカもヒメもなんだよ! 別に俺何も教えてないよな!?」
あの夏の残滓の残った日以降。
互いに予定が噛み合わず、そしてあったとしても向こうが顔を逸らしたり。
或いは気付かなかったフリでもするように一人で何処かに行ってしまう。
お陰で一月以上も全く話をしていない。
それは、ここに引っ越してきて以来起こったこともない出来事で。
無性に焦りや緊張を強いられている気がして、頭と胃が妙にキリキリと痛み続けている。
『言っていなかったか? 巫覡である以上、天理の見る光景は我等にも見える』
『それに加え……経験も上ですからね。 青いですね、以上に言うことも有りませんよ』
バッサリと切り捨てられて呻く以外の行動が封じられる。
『三ノ輪……と言いましたか。 あの少女も同様です』
「……は? 銀も?」
『それ以上は自分で気付きなさい。 貴方と同じですよ、天理』
無駄口が過ぎました、と押し黙るヒメ。
言い過ぎではないか、と嗜めるワカ。
普段と逆なような、二人だからこそ成立する雰囲気と会話。
(
何が、というのは分からないが。
自然とそんな事を考えている。
まだ小さい頃に死んでしまった両親。
それに近いモノを、二人に見ている気がした。
「でも、俺に気付けって言われても……」
『
『でしょうね。 …………恐らく、然程時間は残っていないでしょうから』
…………?
木々に隠された、この場所の頭上から見える場所は然程広くない。
にも関わらず、ヒメは空を見上げてそんな言葉を口にしていた。
何が見えているのか、何を聞き取っているのか。
それに関しては、何も伝えることもなく。
『今少し、修行は必要のようですかね』
ちらり、と俺を見たのは分かった。
何を伝えたいのか、それは全く分からないけれど。
それでも、大事な何かまで足りないのは嫌と言うほど分かった。
「……で、今日は何をさせる気なんだよ」
毎週行われる『教育』。
口を以てのみ行われ、そしてその内容には感覚的なものがとても多い。
巫女……
得意不得意という部分は大いに出る。
「先週までで……何だっけ、『結界』? のやり方ってのは習ったけど」
特殊な文字を刻むか、四方を縄などで囲むことで内と外を隔て。
『それより内側を禁足の地』として定めることで常世と現世を隔てる。
今までに習ったのは主にその二つ。
何に使うのかは分かっていないが、後者は何となく感覚的に理解している事がある。
それは、この場所がその『結界』とやらで区切られているということ。
何故其処までするのか、については教えるつもりは無いようではあるけれど。
その技術を俺に教えた理由は、何かしら必ずあるんだろうと感じていた。
『そうだな、今後を考えれば必須な部分は叩き込んだ。 後は経験か』
『いえ、若様。 一つ……天理のことを想うのならば、重要な要素が抜けております』
『……何かあったか?』
更に使い慣れ、平時でも咄嗟に使えるようになれ、と。
そう繰り返すことを指示するワカに対し。
まだ教え込むものがある、と提示するヒメ。
更に勉強……学ぶものがあるのか?
正直な話、二人の声が他に聴こえないというのも少しばかり違和感を感じていた。
神樹サマの声を聞く、大赦に勤める存在――――無垢なる巫女。
結婚や子供を産んでも続ける人がいる、と聞くから年齢や
これも又聞き……二人の発言からの考えだけれど。
結局、そういう人物たちは神樹サマからの『お気に入り』なんじゃないだろうか。
少しくらいは手を貸してやっても良い、目を向けても良い。
純化して尚、複数の神にそう思わせるだけの何かを持つ。
『自らを捧げることで願いを届ける』存在――――それが巫女だと、俺は思っている。
翻って、俺の存在はなんだろう。
二人に認められ、二人に育てられ。
その先は、一体何が待っているのか。
未来を知ってしまえば……怖くて、足を止めてしまうのかもしれないけれど。
『天理』
「あ、はい」
『一つ、貴方に問います』
改めての質問ですが。
自分に偽り無く答えなさい。
そんな、二重の前置きを必要とする問い。
少しだけ呆けていたのを気にしさえしないような、重圧を込めて。
『貴方が想う相手が傷付くのなら。 貴方は、自らの身体を捧げられますか?』
返した答えは、たった二文字。
「
その時に浮かんだのは――――誰の背中だったのか。
少しだけ、先を見ているような。
或いは、過ぎ去った過去を見詰めるような。
不思議な感覚の中で。
その、
確かに、頷きを返した。
『宜しい。 ……でしたら、私達も自らを捧げることで返答としましょう』
『本気か?』
『貴方に言われたくは有りませんよ、若様』
一拍。
『
後になって、思い返せば。
その言葉の、真実の意味を知ったのは。
最後の最後、終わる直前のことだった。