葦原天理は巫覡である   作:氷桜

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序-8

 

「あ」

「……あ」

 

最近は、出会っても会話をする機会も途絶えていた。

 

白い息が歩く度にちらつき、寒さが身体を覆い始める時期。

普段通りに家での居場所も無く、イネスへやってきて。

入り口の扉を抜け……室内の気温に少しばかり安らぎを覚えたそんな時。

視線の先に、銀の姿。

 

夏の頃に良く着ていた、動きやすい格好……ハーフのズボンとも少しだけ違う。

茶に染まった暖かそうな上着に、ロングの女性用のズボン。

学生服の時はスカート、そうでもなければ余り少女らしい格好をすることもない彼女。

一見すれば男性衣にも見えなくもないが、その雰囲気が逆に周囲の目を引いている気がする。

 

人混みの中。

それなのに、互いに目が合ったのが分かった。

()()()立ち去るのだろう、と心の中の何処かで思いつつも。

声を掛けず、今日も一人で遊ぶかと隣を通り過ぎようとして。

 

「天理」

 

そんな声に、足を止める。

()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて考えを振り払う。

 

「……時間、大丈夫か?」

「…………少しくらいなら」

 

嘘。

何か目的があってきたわけじゃない。

ただ、此処なら周りの人混みに埋もれられるからやってきただけ。

時間を潰せるから、それだけの筈だ。

それなのに、用件があるように突っ張ってしまう。

 

「…………なら。 時間、貰えないかな」

「……分かった」

 

向こう行こう、と袖を引いて先に歩き出す銀の背中を追いながら。

自分の中で、自分から声を掛けなかった理由を作り上げていく。

 

避けられていたから。

忙しそうだったから。

邪魔しちゃ悪いと思って。

気付きたくもないナニカから、目を逸らすようにしながら。

 

それでも、彼女の願いに従って。

フードコートの片隅、ベンチに隣り合って二人で座る。

 

「…………」

「…………」

 

来る度に……とまでは言わないけれど。

結構な割合で食べていたジェラートさえなく。

何も持たないままで、冷え切った身体を外気が暖める中で。

何方から話しかけて良いのか、といった戸惑いに似た空気が俺達の間に広がっている。

 

元々、なんでこういう状態になったのかが()()()()()

ただ、話せていない間は普段通りでは無かったと思う。

 

――――それだけ、此奴と話すのが■■になっていたということで。

それ自体が■■■■だなんて、考えられない……考えてはいけない。

そんな、無駄な根比べ。

 

「……なぁ」

「ん」

 

結局、先に折れたのは銀の方。

先に口を開いたら負け、なんて勝負はする意味もなく。

それは互いに分かっているのに、開く口は妙に粘着くように重く。

今まで交わしてきた会話と同じ内容さえ、妙に辛く思えてしまう。

 

「アタシさ、来年以降は自由になる時間減ると思う」

「減る……?」

「ちょっと……うん。 ちょっと。 やることが出来てさ」

 

それが何なのか、はっきりとは明言せずに。

だから、こうやって遊ぶ機会も減ると告げた。

 

「言えないことか?」

「あー……うん。 まだ確実ってわけじゃないんだけど、恐らくはそうなる」

 

口を濁す。

銀にしては珍しく、言える範囲で言っているというのが伝わってくる。

大体の内容ならはっきりと言ってくる此奴が言えない事。

 

(――――大赦関係、か?)

 

何となく、そう思う。

時間だけはあったから。

以前に窘められたことが少しだけ気になって、遠回しに色々と調べていた。

 

そうしたら出るわ出るわ。

『三ノ輪』もまた、大赦に関係する名家の一つなんだとか。

けれど属している、と言った程度で末端にも近い立ち位置の曖昧な分家とか。

 

(……神樹サマ自体は敬うけど。 敬うけどさぁ)

 

ただ、俺の考えからすれば『家』単位で考えても良いことなんて何もなく。

叔父叔母からすれば「出来損ない」だからこそ、結局その中の一個人でしか見られない。

 

だからこそ。

 

「それだけ。 時間取らせて悪かっt「銀」――――?」

 

多分。

今を逃したら、後悔するという気持ちがあった。

 

()()があった。

()()があった。

 

胸の中の、何処かの部分がちりちりと痛む。

ちりりん、と。

何処かから、鈴の音が聴こえた気がした。

 

告げるだけ告げて。

その場から去ろうとする、銀の袖を掴んで立ち上がらせない。

 

「俺からも言いたいことがある」

「……何?」

 

何と言えば良いのか。

自分自身のことが、自分自身だからこそ理解できない。

 

「……危ないことなのか?」

「……どうかな。 どうなるか次第じゃないか?」

 

また、曖昧に濁した。

けれど、否定しなかった。

銀自身は多分、既にどうするか決めている。

だから、そこに関して何を言っても無駄だと思う。

 

「そうか」

「それだけなら……」

「だから此処からは、俺から銀への勝手な頼み事だ」

 

そうだと仮定して。

彼女が傷付いた場面を考える。

それは……単純に、()()()()()()()

 

「出来るだけ、傷付かないでいてくれ」

 

俺自身が何も出来ないのが、とても嫌だった。

びくり、と震えるのが分かった。

 

「あの時、言ったのは嘘じゃないから」

 

ヒメとワカが言ったことの意味が、少しだけ分かった。

ただ見送るだけの立場の無力。

それに対するために、彼女達は俺に何かを教えようとしていた。

 

だから。

ごちゃごちゃと考えていたことは全部放り捨てる。

 

あの日のように真っ赤に染まった彼女。

多分、同じように真っ赤に染まった俺。

 

ただ、俺だけは考え方が少しだけ変わった。

――――こんな短時間で、変えられてしまった。

 

「……お前さえ良ければ」

「ん」

「……今日から、また前みたいに戻れないかな」

 

ん、ともう一度。

小さく、唸るような声がして。

掴んでいた袖を、上から銀の手が覆って掴んだ。

 

――――その日。

巫覡(おれ)は、■■(ぎん)を正しく見出した。

 

誰に導かれるでもなく。

初めの一人を、見出した日だったのだと……そう思う。




『序』終了。
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