葦原天理は巫覡である 作:氷桜
「あ」
「……あ」
最近は、出会っても会話をする機会も途絶えていた。
白い息が歩く度にちらつき、寒さが身体を覆い始める時期。
普段通りに家での居場所も無く、イネスへやってきて。
入り口の扉を抜け……室内の気温に少しばかり安らぎを覚えたそんな時。
視線の先に、銀の姿。
夏の頃に良く着ていた、動きやすい格好……ハーフのズボンとも少しだけ違う。
茶に染まった暖かそうな上着に、ロングの女性用のズボン。
学生服の時はスカート、そうでもなければ余り少女らしい格好をすることもない彼女。
一見すれば男性衣にも見えなくもないが、その雰囲気が逆に周囲の目を引いている気がする。
人混みの中。
それなのに、互いに目が合ったのが分かった。
声を掛けず、今日も一人で遊ぶかと隣を通り過ぎようとして。
「天理」
そんな声に、足を止める。
「……時間、大丈夫か?」
「…………少しくらいなら」
嘘。
何か目的があってきたわけじゃない。
ただ、此処なら周りの人混みに埋もれられるからやってきただけ。
時間を潰せるから、それだけの筈だ。
それなのに、用件があるように突っ張ってしまう。
「…………なら。 時間、貰えないかな」
「……分かった」
向こう行こう、と袖を引いて先に歩き出す銀の背中を追いながら。
自分の中で、自分から声を掛けなかった理由を作り上げていく。
避けられていたから。
忙しそうだったから。
邪魔しちゃ悪いと思って。
気付きたくもないナニカから、目を逸らすようにしながら。
それでも、彼女の願いに従って。
フードコートの片隅、ベンチに隣り合って二人で座る。
「…………」
「…………」
来る度に……とまでは言わないけれど。
結構な割合で食べていたジェラートさえなく。
何も持たないままで、冷え切った身体を外気が暖める中で。
何方から話しかけて良いのか、といった戸惑いに似た空気が俺達の間に広がっている。
元々、なんでこういう状態になったのかが
ただ、話せていない間は普段通りでは無かったと思う。
――――それだけ、此奴と話すのが■■になっていたということで。
それ自体が■■■■だなんて、考えられない……考えてはいけない。
そんな、無駄な根比べ。
「……なぁ」
「ん」
結局、先に折れたのは銀の方。
先に口を開いたら負け、なんて勝負はする意味もなく。
それは互いに分かっているのに、開く口は妙に粘着くように重く。
今まで交わしてきた会話と同じ内容さえ、妙に辛く思えてしまう。
「アタシさ、来年以降は自由になる時間減ると思う」
「減る……?」
「ちょっと……うん。 ちょっと。 やることが出来てさ」
それが何なのか、はっきりとは明言せずに。
だから、こうやって遊ぶ機会も減ると告げた。
「言えないことか?」
「あー……うん。 まだ確実ってわけじゃないんだけど、恐らくはそうなる」
口を濁す。
銀にしては珍しく、言える範囲で言っているというのが伝わってくる。
大体の内容ならはっきりと言ってくる此奴が言えない事。
(――――大赦関係、か?)
何となく、そう思う。
時間だけはあったから。
以前に窘められたことが少しだけ気になって、遠回しに色々と調べていた。
そうしたら出るわ出るわ。
『三ノ輪』もまた、大赦に関係する名家の一つなんだとか。
けれど属している、と言った程度で末端にも近い立ち位置の曖昧な分家とか。
(……神樹サマ自体は敬うけど。 敬うけどさぁ)
ただ、俺の考えからすれば『家』単位で考えても良いことなんて何もなく。
叔父叔母からすれば「出来損ない」だからこそ、結局その中の一個人でしか見られない。
だからこそ。
「それだけ。 時間取らせて悪かっt「銀」――――?」
多分。
今を逃したら、後悔するという気持ちがあった。
胸の中の、何処かの部分がちりちりと痛む。
ちりりん、と。
何処かから、鈴の音が聴こえた気がした。
告げるだけ告げて。
その場から去ろうとする、銀の袖を掴んで立ち上がらせない。
「俺からも言いたいことがある」
「……何?」
何と言えば良いのか。
自分自身のことが、自分自身だからこそ理解できない。
「……危ないことなのか?」
「……どうかな。 どうなるか次第じゃないか?」
また、曖昧に濁した。
けれど、否定しなかった。
銀自身は多分、既にどうするか決めている。
だから、そこに関して何を言っても無駄だと思う。
「そうか」
「それだけなら……」
「だから此処からは、俺から銀への勝手な頼み事だ」
そうだと仮定して。
彼女が傷付いた場面を考える。
それは……単純に、
「出来るだけ、傷付かないでいてくれ」
俺自身が何も出来ないのが、とても嫌だった。
びくり、と震えるのが分かった。
「あの時、言ったのは嘘じゃないから」
ヒメとワカが言ったことの意味が、少しだけ分かった。
ただ見送るだけの立場の無力。
それに対するために、彼女達は俺に何かを教えようとしていた。
だから。
ごちゃごちゃと考えていたことは全部放り捨てる。
あの日のように真っ赤に染まった彼女。
多分、同じように真っ赤に染まった俺。
ただ、俺だけは考え方が少しだけ変わった。
――――こんな短時間で、変えられてしまった。
「……お前さえ良ければ」
「ん」
「……今日から、また前みたいに戻れないかな」
ん、ともう一度。
小さく、唸るような声がして。
掴んでいた袖を、上から銀の手が覆って掴んだ。
――――その日。
誰に導かれるでもなく。
初めの一人を、見出した日だったのだと……そう思う。
『序』終了。