葦原天理は巫覡である 作:氷桜
煙のように消えていった残り香を視線で追いながら。
少しだけ浮かんだ”悪い”考えを、私の中で飲み下した。
苦い、でも甘いような不思議な味。
知ってはいけなかった、と理性は思っていながら。
知れてよかった、と感情は思っている。
(……多分……そう、だよね?)
誰にともなく、問い掛けて。
返らない答えにこそ、頷きを返す。
明らかに異常だと、自分自身で認識できている。
その事を、私自身は――――良し、としているのだろうか。
(……良く、分からないなぁ)
こうして自分の事を考えてしまうのも。
自分の事だけを考えている、と思うのもいつぶりだろう。
苦笑いをしながら、普通ではないことを頭に残して天を見上げる。
ずっとずっと昔。
私がまだ生きていた頃。
それも、祖父も生きていた頃の幼い記憶。
もう大分摩耗して、消えてしまったあの頃。
ただ走り回っているのが楽しくて。
道場に通わせてもらうようになる前は、毎日泥だらけになる程に遊んでいた気がする。
一人だったか、誰かがいたのか。
そんな決定的な部分だけは消えながらも、そうしていたことだけは覚えている。
そうすることが楽しかったから。
そうすることで、
……天理君に言ったことは、全てが本当でもなくて。
けれど、嘘でもない。
要らない子、として見られていたのは――――多分、本当で。
それに気付かなかったから、余計に酷い目にあっていた。
出来れば思い出したくはないけれど、忘れることも出来ない記憶。
(これくらいしか覚えてない、って言ったらどうなっちゃうのかなぁ)
悲しんでくれるのか。
憤ってくれるのか。
少なくとも、喜んではくれないだろう。
そうして。
私の代わりに反応してくれることが…………少しだけ、嬉しい。
誰かの為。
皆のため。
そうして頑張っているうちに、『言ってはいけないこと』だと察してからは言わなくなったこと。
そんな重みの一つが、ほんの僅かにでも軽くなった気がしたから。
(私よりも年下で……小さくて、細いのにね)
見た目は何処にでもいそうな少年で。
線も細い印象がある筈なのに、折れないような不思議な気配を漂わせる彼。
私自身の欲目……贔屓してしまう目だからかも知れないけれど。
不思議と、彼の周りには人が集まる。
苦しんでいる子。
苦労する子。
其れ等を助けようとする子。
多分、私もその一人で。
ずっと彼を見ていたらしい、ぐんちゃんも同じような感じなんだと思う。
(
私にだって、そうしてくれた。
私の名前を継いだ、彼女だってそう。
多分、私の名前を継ぐ為に定められた理由。
顔も、姿も何処か私に似ることになる後輩達。
彼女達の性格もまた、私に似てしまうということなのかも知れない。
(……良いなぁ)
そう思うのは。
私にはいなかったのに、彼女……友奈ちゃんには、彼が直ぐ側にいた事。
いちばん大事な最初に、彼女は脚を踏み外さなかった。
自分と同じような存在がいて、互いを互いの鏡として理解できたこと。
年代も、年齢も、産まれた場所も。
その全てが違うと分かっていても。
多分、実際に会って話してみれば仲良くなれる相手なのに。
どうしても、嫉妬してしまう自分がいる。
変えられない過去で。
最初の勇者達……私の友達は、生きたまま彼と話す事ができる。
その事が、素直に羨ましく思ってしまう。
(……昔に会えてたら、どうなってたんだろう)
そんな益体もない、有り得ない妄想が少しだけ浮かんでは消えていく。
四国に避難してくる時だってそう。
私が、もう少し自分から踏み出せていれば。
そうするだけの勇気を与えてくれていたら。
■■さんにも――――
今でも、思い返しては吐いてしまいそうになる。
でも、そうしてしまえば負けたような気分にも。
あの人の言ったとおりになってしまう気がして……頑張った。
ずっとずっと頑張って、その果てに……若葉ちゃんだけを遺して死んでしまった。
なのに、私はずっと中途半端のまま。
神様にもなれず。
人間のままでもなく。
その両方を背負って、どっち付かずのままで見詰め続けてきた。
(…………怖かったから)
亡くしてしまうのが。
壊れてしまうのが。
何かを選んで、その結果に誰かを喪って。
その責任を問われ続けるのが怖くて、ただ見ていた。
(でも――――亜耶ちゃんに、神託を授けたのは何で……だったかな)
自分でも、その最初は覚えていない。
だからこそ、彼女だけは『特別』なのかもしれない。
何も知らず、唯信仰に殉ずる事のみを教え込まれて。
その通りに生涯を全うしてもおかしくはなかった子。
それ以外の基準が存在せず、初めから『巫女』であった子。
そんな生き方に、私の生前が重なって見えたからかも知れない。
結局、その……私が、こうなってから初めて選んだ選択は正しかったのか。
未だに怖くて、彼女に問い掛けることさえ出来ていない。
ただ、それでも。
彼女も、私も。
彼に出会う契機になった、という面だけで見れば。
縁が産まれた、という面だけで見れば。
――――正しかった、とそう強く思い込んでしまう。
視界の奥。
向こうの世界……帰った皆が起き上がる瞬間が見える。
ぐんちゃん、アンちゃん、タマちゃん。
話したくても、もう話せないと思っていた皆が生きている。
……彼が何かを問い詰められているのは、ちょっと苦笑いをしながらだけど。
飽きるまで。
飽きても。
私は――――ずっと、その先を見詰め続けていた。
また、会いに来てくれるまで。
また、話せるときまで。
私の差し出せるものを望むなら、そうしてあげたいと思いながら。
――――そんな姿を、満月が見ていた。
・神に「■」を教えると酷いことになる例。