葦原天理は巫覡である   作:氷桜

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鋪-20

 

煙のように消えていった残り香を視線で追いながら。

少しだけ浮かんだ”悪い”考えを、私の中で飲み下した。

 

苦い、でも甘いような不思議な味。

 

知ってはいけなかった、と理性は思っていながら。

知れてよかった、と感情は思っている。

 

(……多分……そう、だよね?)

 

誰にともなく、問い掛けて。

返らない答えにこそ、頷きを返す。

 

明らかに異常だと、自分自身で認識できている。

その事を、私自身は――――良し、としているのだろうか。

 

(……良く、分からないなぁ)

 

こうして自分の事を考えてしまうのも。

自分の事だけを考えている、と思うのもいつぶりだろう。

苦笑いをしながら、普通ではないことを頭に残して天を見上げる。

 

ずっとずっと昔。

私がまだ生きていた頃。

それも、祖父も生きていた頃の幼い記憶。

もう大分摩耗して、消えてしまったあの頃。

 

ただ走り回っているのが楽しくて。

道場に通わせてもらうようになる前は、毎日泥だらけになる程に遊んでいた気がする。

一人だったか、誰かがいたのか。

そんな決定的な部分だけは消えながらも、そうしていたことだけは覚えている。

 

そうすることが楽しかったから。

そうすることで、お(・)母(・)さ(・)ん(・)と(・)お(・)父(・)さ(・)ん(・)の(・)気(・)を(・)引(・)き(・)た(・)か(・)っ(・)た(・)か(・)ら(・)。

 

……天理君に言ったことは、全てが本当でもなくて。

けれど、嘘でもない。

 

要らない子、として見られていたのは――――多分、本当で。

それに気付かなかったから、余計に酷い目にあっていた。

出来れば思い出したくはないけれど、忘れることも出来ない記憶。

 

(これくらいしか覚えてない、って言ったらどうなっちゃうのかなぁ)

 

悲しんでくれるのか。

憤ってくれるのか。

少なくとも、喜んではくれないだろう。

 

そうして。

私の代わりに反応してくれることが…………少しだけ、嬉しい。

 

誰かの為。

皆のため。

 

そうして頑張っているうちに、『言ってはいけないこと』だと察してからは言わなくなったこと。

そんな重みの一つが、ほんの僅かにでも軽くなった気がしたから。

 

(私よりも年下で……小さくて、細いのにね)

 

見た目は何処にでもいそうな少年で。

線も細い印象がある筈なのに、折れないような不思議な気配を漂わせる彼。

私自身の欲目……贔屓してしまう目だからかも知れないけれど。

不思議と、彼の周りには人が集まる。

 

苦しんでいる子。

苦労する子。

其れ等を助けようとする子。

 

多分、私もその一人で。

ずっと彼を見ていたらしい、ぐんちゃんも同じような感じなんだと思う。

 

(欲(・)し(・)い(・)言(・)葉(・)を(・)、(・)欲(・)し(・)い(・)時(・)に(・)く(・)れ(・)る(・)――――それだけで、頑張れるもんね)

 

私にだって、そうしてくれた。

私の名前を継いだ、彼女だってそう。

 

多分、私の名前を継ぐ為に定められた理由。

顔も、姿も何処か私に似ることになる後輩達。

彼女達の性格もまた、私に似てしまうということなのかも知れない。

 

(……良いなぁ)

 

そう思うのは。

私にはいなかったのに、彼女……友奈ちゃんには、彼が直ぐ側にいた事。

 

いちばん大事な最初に、彼女は脚を踏み外さなかった。

自分と同じような存在がいて、互いを互いの鏡として理解できたこと。

 

年代も、年齢も、産まれた場所も。

その全てが違うと分かっていても。

 

多分、実際に会って話してみれば仲良くなれる相手なのに。

どうしても、嫉妬してしまう自分がいる。

 

変えられない過去で。

最初の勇者達……私の友達は、生きたまま彼と話す事ができる。

その事が、素直に羨ましく思ってしまう。

 

(……昔に会えてたら、どうなってたんだろう)

 

そんな益体もない、有り得ない妄想が少しだけ浮かんでは消えていく。

 

四国に避難してくる時だってそう。

 

私が、もう少し自分から踏み出せていれば。

そうするだけの勇気を与えてくれていたら。

■■さんにも――――あ(・)ん(・)な(・)事(・)をさせずに済んでいただろうから。

 

今でも、思い返しては吐いてしまいそうになる。

でも、そうしてしまえば負けたような気分にも。

あの人の言ったとおりになってしまう気がして……頑張った。

 

ずっとずっと頑張って、その果てに……若葉ちゃんだけを遺して死んでしまった。

なのに、私はずっと中途半端のまま。

 

神様にもなれず。

人間のままでもなく。

 

その両方を背負って、どっち付かずのままで見詰め続けてきた。

 

(…………怖かったから)

 

亡くしてしまうのが。

壊れてしまうのが。

何かを選んで、その結果に誰かを喪って。

その責任を問われ続けるのが怖くて、ただ見ていた。

 

(でも――――亜耶ちゃんに、神託を授けたのは何で……だったかな)

 

自分でも、その最初は覚えていない。

だからこそ、彼女だけは『特別』なのかもしれない。

 

何も知らず、唯信仰に殉ずる事のみを教え込まれて。

その通りに生涯を全うしてもおかしくはなかった子。

 

それ以外の基準が存在せず、初めから『巫女』であった子。

そんな生き方に、私の生前が重なって見えたからかも知れない。

 

結局、その……私が、こうなってから初めて選んだ選択は正しかったのか。

未だに怖くて、彼女に問い掛けることさえ出来ていない。

 

ただ、それでも。

 

彼女も、私も。

彼に出会う契機になった、という面だけで見れば。

縁が産まれた、という面だけで見れば。

――――正しかった、とそう強く思い込んでしまう。

 

視界の奥。

向こうの世界……帰った皆が起き上がる瞬間が見える。

 

ぐんちゃん、アンちゃん、タマちゃん。

話したくても、もう話せないと思っていた皆が生きている。

 

……彼が何かを問い詰められているのは、ちょっと苦笑いをしながらだけど。

 

飽きるまで。

飽きても。

 

私は――――ずっと、その先を見詰め続けていた。

 

また、会いに来てくれるまで。

また、話せるときまで。

 

私の差し出せるものを望むなら、そうしてあげたいと思いながら。

 

――――そんな姿を、満月が見ていた。




・神に「■」を教えると酷いことになる例。
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