鳴嶋メルトはいつもなら朝のHRが始まる前に友人と戯れていた時間にも関わらず、持っていた漫画を読んでいた。題名は『今日は甘口で』だ。
「おは、メルト。って、漫画読んでるのかよ?」
「ん、ああ。ちょっと仕事で必要になってな」
いつもなら笑って茶化しながらクラスメイトに対応しているのだが、今日のメルトはどこか様子がおかしかった。鬼気迫る表情で漫画を―――しかも、少女漫画を読んでいた。
「お、おい、メルト大丈夫か? おまえ、そんな感じでマンガ読むタイプだったっけ?」
「いや、これが特別なんだ」
「なるほどな……って、そんなわけあるか!? どうしたメルト!?」
いつもとは雰囲気が異なりすぎるメルトに周囲もおかしいとようやく気付き始めた。いつもなら笑みを絶やさず、誰かをいじり、陽キャの地位をほしいままにしていたメルトが今は真剣に少女漫画を読む異様な人物へと変貌していた。
「――――昨日、星野アクアに会ったんだ」
その言葉で周囲がざわつく。現在の中高生で星野アクアの事を知らない人間はよほど陰のものか、常識を知らない人間―――つまり、中高生にとっては必修科目ともいうべき人物である。スクールカーストの上位にいるのであれば、不知火フリル、星野アクアは必須科目である。
そんな人間に直接であったと言うのだ。何も言わずとも注目度は上がる。
「アクアさんは――――俺らとは違うよ。マジで輝いてた」
パタンと漫画を読むこと諦め、メルトは昨日のことを思い出しながら、興味津々という感じのクラスメイトに向けて口を開くのだった。
※ ※ ※
「(あ~あ、かったるいな)」
メルトは案内された会議室と思われる部屋に用意された椅子に座りながら不満げな表情を隠そうともせず、顔合わせの時間の開始を待っていた。
今まで顔の良さにかまけてノリと勢いで生きてきた人間だ。こういう会議という形式は苦手だった。それは、この場に集まった全員の総意だったのだろう。各事務所のマネージャーを除くモデルの面々は面倒くさそうにスマホをいじったり、あくびをしながら開始時間を待っていた。
もしかしたら、ここの面々がそもそも何のために集められたのかすら分からなかったのかもしれない。メルトとて、マネージャーからネットドラマの出演があるとしか聞いていない。どんな話かどうかは今日説明があるとのことだったが、メルトは興味がなかった。いつも通り、カメラマンや監督の言う通り口を開けばなんとかなると思っていた。
いつも彼らはOKとかいいね、しか言ってくれない。それは万能感にも通じる麻薬だ。今のメルトは何をやっても褒められる未来しか見えていなかった。
「あ~、全員いるかな?」
弛緩した空気の中、会議室に入ってきたのは、このネットドラマのプロデューサー、鏑木勝也だった。彼の登場によってさすがのモデル育ちの彼らも教師が教壇に上がったように静かになった。今回の企画が彼によってプロデュースされていることを本能的に悟ったからだ。陽キャとは空気を読まなければ生きられない生き物だ。ゆえに、この弛緩した空気の中でも、一時的な緊張感が生まれることも当然のことだった。
「ん? かなちゃんがいないな。珍しい」
勝也が見渡しながら、この場にいない唯一の女性を思い浮かべる。彼女はこの番組がなんとか見られる番組とするための俳優。フリーから苺プロに所属したが、それでもフリー時代と同じ出演料でいいというのだから、勝也としては助かった、というのが本音だ。だが、ある意味、この番組の要でもある有馬かながその場にはいなかった。
これは珍しいことだ。有馬かなは子役時代は自分メインな言動が多かった。だが、売れなくなってしばらく過ぎるとその態度は一変していた。あくまでも役者間の関係性を重視した、よく言えばキャスト間の潤滑油となっていた。だから、こういった顔合わせで遅刻することはなかったのだが―――なにかあったか?
連絡してみようと思ったのかスマホを取り出すために懐に手を入れた瞬間、ガチャリと音がして、つい先ほど勝也が入ってきた入口の扉が開く。
「すみません、遅れましたか?」
そう言ってかけていたサングラスを外しながら入ってきたのは、その場の誰もが知っている有名人。いや、むしろ、この場でいえば、メルトたちが一番彼を知っているといっていい。彼の事務所の休憩室に無造作に転がっているモデル雑誌を開けば、必ず一ページは存在し、有名雑誌の表紙にも何度も載っている人物―――
『星野アクア!?』
「あ、アクア君? なぜここに?」
星野アクアがなぜかこの顔合わせの場所に現れていた。
メルトが驚いたのはアクアがここに現れたことだけではない。彼のきらきら細く流れるような金髪、白く整った顔立ち、素人から毛が生えた程度のモデルでもわかるブランドで固められた服装、そのすべてが彼にマッチしていることが一目でわかり、紙の上で見るだけでもすげぇ、と思っていた本物が目の前に現れていた。
しかし、なぜ彼がこの場に現れたのか、勝也が驚いているところを見ると、どうやら彼も知らないようだった。
突然現れた有名人に目を奪われ、その後ろから隠れるように出てきた有馬かなには誰も気づかない。驚くその場の全員をよそにアクアと後ろから現れた少女は自分たちに与えられたであろう空いている席へ向かい、アクアが引いた椅子に有馬かなが座り、その隣にアクアが座る。
本来であれば、これで全員がそろったのだから、会議を始めるはずだった。だが、その場にいる誰もが当たり前のようにかなの隣に座るアクアが気になって仕方なかった。それはプロデューサーである勝也も含めてだ。だが、そんな会議室の人間を他所にアクアは平然と座って会議の始まりを待っていた。
「どうしたんですか、始めましょう?」
「い、いや、その前になぜこの場にアクア君がいるのか説明して欲しいんだけどね」
誰もが気になるであろうことを勝也が聞いてくれた。誰もが興味津々だ。
「あぁ、そんなことですか。主演に呼んでもらった有馬かなは苺プロの所属で、これが初回の作品ですからね。誰かついていったほうがいいだろうってことで、今日は俺が有馬のマネージャーです」
「(………星野アクアがマネージャーってあり?)」
なにを当然のことを、と言わんばかりの表情でアクアは言うが、誰もが信じられない。おまえは、モデルで俳優だろう、しかも、ハイレベルの! と言いたいのだが、別にアクアがマネージャーをやっていけないということはない。違和感は半端ないのだが。
「そ、そうかい………まあ、いい。それじゃあ始めようか」
無理筋にも思えるアクアの言い訳を無理やり飲み込んだ勝也がようやくプロデューサーとしての役割を思い出し、会議の始まりを告げた。
そこからは何事もないように話が進む。出演者―――今回は3つのモデル事務所で各2名プラス有馬かなの7名が出演者―――の自己紹介から始まり、台本配り、スケジュールの説明が行われる。もっとも、そのほとんどをメルトは聞き流していたが。詳細については後で隣に座っているマネージャーに聞けばいいと思っていた。
それよりも、星野アクアだ。目の前で見る機会などこれから先滅多にないに決まっている。だから、まじまじと見ていた。彼はマネージャーといったことは嘘ではないのだろうか、もらった台本やスケジュールに書き込みを入れながら、真面目に話を聞いていた。
ただ、座って話を聞いて、時折何かを書き込むだけ―――それだけなのだが、姿勢が綺麗なせいか、本人が奇麗すぎるせいか、やたらと絵になる。このままの構図で写真を撮ってもモデル雑誌になるのではないか、とメルトが思ってしまうほどだ。
「――――説明は以上ですが、何か質問はありますか?」
「一つ、質問というか、提案があります」
勝也の横にスタッフが資料の説明を終え、質問を求める中、手を挙げたのは注目されている星野アクアだった。
「え? あ、はい、アクアさん、どうぞ」
まさかアクア本人から質問―――いや、彼の話によれば提案があると思っていなかったのか、スタッフはやや驚きながら、アクアに先を促した。
促されたアクアは、バラエティーなどでひな壇に座っている時と同様にクールな顔つきで、テーブルの上に組んだ手のひらに口元を合わせる格好で、メルトたちも驚く提案をした。
「―――そこの演者6人に演技指導を徹底させてくれませんか?」
『はぁ?』
訳のわからない提案だ。その張本人となってしまったメルトも思わず疑問の声を上げてしまう。そもそも、このドラマに出演する際の条件として、出演するだけでよいと聞いていたからだ。自分の顔の良さだけで適当に生きてきたせいもあってメルトは努力が嫌いだ。モデルならただ写真を撮られるだけだし、カメラマンも煽ててくれるので好きだ。ただ、ドラマとなるとセリフを覚えないといけない。それすらも面倒だったが、断れないことはわかっているので、ボーダーを最低限にしていた。
「それはできません。このドラマは予算が少ない。この6人に演技指導をできるほどの予算はありませんよ」
演技指導というが、それには講師、レッスン場所、時間とあらゆることを行う上でお金がかかる。つまり、予算だ。このドラマは3つの事務所の共同出資でネットドラマとして放映するが、目的は出演者6名をイケメン好きな女性層に売り込むことが目的なのだから。演技は二の次で、出演することが目的だった。
「そこは苺プロのレッスン室をお貸しします。まあ、どこかは空いているので問題ないでしょう。講師も苺プロで用意しましょう。ああ、これはドラマへの協力なので無料でいいですよ」
アクアからされた提案に衝撃を受ける各事務所のマネージャーたち。そもそも、彼らはモデルがメインの事務所なので、そこまでの設備を彼ら――――新人に使わせるほどの余裕はない。だが、苺プロは俳優業中心なので、当然そういう設備や人材には恵まれているためできる提案だ。だとしても、無料はない。通常は少なくとも指導料はとるはずだからだ。
「し、しかし、彼らの時間を使うわけには―――」
「まだ新人だからスケジュール的には余裕があるでしょう? 休日も合わせれば、問題はないはずです」
なんだか、勝手に放課後の予定や休みのスケジュールが決まりそうな展開に冗談じゃない、と声を上げようとしたとき、なんだかんだで契約を守ろうとしてくれたのか、あるいは、自分の事務所のモデルを勝手に鍛えらえるのを嫌がったのか、反対していたマネージャーたちを黙らせるようにアクアが一つの提案をした。
「わかりました。この話を受けてくれたら、彼らを俺の撮影現場に連れて行くのはどうですか? あまり多いと迷惑になるので、2名ずつになりますが」
「――――それは、顔つなぎと………」
「俺からの評価が高ければ、おまけもつくかもしれませんね」
メルトにはアクアが何を言っているかわからなかったが、どうやら彼のマネージャーは気づいたようだ。先ほどの反対一辺倒の対応とは異なり、少し考え込むような表情をしている。
「マネージャー? 俺、練習とか嫌なんだけど………」
このままだとアクアの提案が受け入れられる危機感を覚えたメルトはアクアには聞こえないようにマネージャーに耳打ちする。だが、考え込んでいるマネージャーは、メルトの発言を受けて、驚いたような表情をして、はぁ、とため息をついた。
「メルト………アクアさんの提案は、アクアさんが出演するレベルの撮影現場の人間にあなた達を紹介するってことよ。そこでアクアさんからの高い評価と一緒に紹介されてごらんなさい。場合によっては一気に仕事が取れるかもしれないのよ」
「そんなもんなの?」
「そうよ………結局、アクアさんのお気に入りのモデルってだけで、じゃあ、使ってみよう、ってなるのが芸能界よ」
「うへぇ………あの人、すごすぎだろう」
たった一言、名前を告げるだけで人の仕事を左右できるレベルのモデル。それが星野アクアだった。
「アクアさんが言ってる顔つなぎがそれね。そして、おまけは―――」
「俺たちが演技指導ってやつを受けるかどうか、ってことか?」
「もちろん、そこでの技術力向上なんかも含まれるのでしょうけど、顔つなぎの際にいい奴、とか真面目な奴とか告げられるんでしょうね」
モデルにはその服に似合うイメージがある。やんちゃそう、真面目そう、遊んでそうなどだ。その雰囲気を相手に伝えることによってより採用されやすくしてやる、というのがアクアのおまけの正体だろう。
はっきり言えば、マネージャーからしてみれば、この時点でもうメルトともう一人を売っていい気がしていた。アクアからの紹介つきのモデルとしての売名。今回のドラマと加えて最初のスタートダッシュとしては申し分ない成果となる。だが、欲を言えばもう一押し――――
そんなマネージャーたちの心を読んだように、はぁ、と溜息を吐いて口を開いた。
「皆さん欲張りですね。いいでしょう、もしも、これに参加してくれたら、いい演技や技術向上がみられると俺か有馬が判断したら、ポイントをあげましょう。そのポイントが一番高い演者には雑誌で俺との対談インタビューをつけてあげます」
「………そんなことが?」
「俺が企画を持ち込めば、やってくれる雑誌にいくつか心当たりがあります」
どうやら星野アクアという人間はモデルで俳優で、企画書まで作れるらしい。メルトにはその企画書とやらの存在はよくわからなかったが、マネージャーたちが驚いていたので、きっとすごいことなのだろう、と勝手に思っていた。
そして、それが最後の一押しだったのだろう。今まで考え込んでいた3事務所のマネージャーたち全員が手を挙げて「乗った!」と声を合わせた。
メルトたちが事務所によって自由を売られた瞬間であった。
※ ※ ※
自らの自由が売られたメルトは、あぁ、遊ぶ時間減るな、と思いながらアクアを目で追っていた。
今は、アクアのスケジュールが映されたスマホを囲い、マネージャーたちがどの撮影現場に誰を連れていくかを調整している。もちろん、そんな話に新人モデルのメルトたちが加わることはなく、おとなしく最初に用意されていたペットボトルの水を飲みながら終わるのを待っていた。
自然とアクアを目で追っていると彼はマネージャーたちにスマホを渡した後、急展開についていけていない勝也たちのもとへかなを連れて近づいていっていた。
「今回はお世話になります。鏑木さん」
「いや、こちらこそ。やばい現場になるかとは覚悟していたけど、少しはましになりそうだ。………それにかなちゃんもうまくやったみたいだね」
「そんなんじゃないですよ」
「ほぉ、だが、それにしてはかなちゃんのために君にしてはずいぶんと大盤振る舞いだったようだが?」
「ただ、有馬のいい演技が見たいだけですよ」
アクアの後ろで顔を真っ赤にしながら、アクアの裾を引っ張り、ちょっと! とかなが抗議していたが、アクアは素知らぬ顔で勝也と話をしている。
「――――そういうことにしておこうか」
冷静に佇んでいるアクアと顔を赤くしたかなを見比べて、やがてすべてを悟ったような、諦めたような顔をして勝也はそれ以上の追及を諦めたようだった。
「(えっ、えっ、えっ!? マジか、マジか!?)」
ただ、その話を聞いたメルトとしては驚くほかない。どう見ても今の会話と態度からメルトが導き出せる答えは――――
「(え? 有馬かながアクアさんの恋人!?)」
残念ながら的外れな迷推理だけだった。
「(アクアさんは、カノジョのために自分が苦労を負ってでも、なんかいろいろやって、俺たちに技術指導をさせようとしたのか)」
なお、メルトにはアクアが自分たちの褒美としてやろうとしたことがどれだけ大変なことか分からない。だが、マネージャーの態度を見れば、大変な苦労があることは理解できた。なぜ、アクアがそこまでするのか、ということにも納得していないような感じだったが、今のメルトからすれば腑に落ちることだった。
「(男だなぁ……)」
男女差別だ、と今ではいわれるかもしれないが、自分のカノジョのために全力を尽くせる男というのは評価が高い。
それがしかも今を時めく星野アクアなのだから。もっとも、逆に言えば、そんなアクアのカノジョと共演する自分が、もしも下手な演技をしたら―――
「(うっし、頑張るか)」
アクアが犠牲を払ってでも頑張っているカノジョを応援するドラマの評価が低かったら自分がどうなってしまうのか―――考えるのが怖かったメルトはこのドラマに本気になろうと思うのだった。
※ ※ ※
「ちょっと、懇親会なら私も」
「後は俺だけでいい。台本、読みたいんだろ?」
「それは――――、そうだけど」
タクシー乗り場で男女が、痴話げんかのように声を上げているのを少し離れたところからメルトたち6名が見ていた。
もちろん、2人とは、星野アクアと有馬かなである。
会議が終わった後、もうすぐ日も暮れようか、という帰りにアクアがこの後何もないなら、食べに行かないか、とモデル組を誘ったのだ。
もちろん、そこにはマネージャーたちは含まれない。同年代たちの懇親会、決起会ともいうべき食事会だ。
最初はかなも行く気だったのだが、それをアクアが止めて、タクシーで帰らせようとしている場面だった。
「だったら帰れよ。あいつらには俺から話はしておく」
「――――むぅ、男だけだからってえっちなお店行くんじゃないわよ」
「何言ってんだ」
ペコンと軽く咎めるようにアクアがチョップするとかなはそれを受けて、嬉しそうに笑うとさすがに諦めたのかおとなしくタクシーの後部座席に乗った。
乗り込んだのを見て、タクシーに顔を突っ込むと後ろポケットに入れていた財布から万札を一枚取り出し、どうやら送り先を告げているようだった。
それらを終えるとタクシーから少し離れ、ドアが閉まった後に車内のかなが手を振ったのか、アクアも手を振って離れていくタクシーを見送った。
「カノジョじゃん」
誰が言ったかわからない。だが、呆然とした様子でモデル組の一人が思わず、と言った様子で呟き誰もがうんうん、と頷いた。
「すまん、送るのに少し手間取った」
そう言いながら近づいてくる。今のやり取りは当たり前なのだろうか。当然といった様子で、気にしていないようだった。メルトたちとしては実に詳細を聞きたいものではあるのだが。
「えっと―――、それでどこ行きます?」
「男7人なんだ、行くところは決まってるだろ?」
誰かが、えっ、と声を上げる。もしかしたら、さきほどかなが言っていた言葉が脳裏をよぎったのかもしれない。その声には期待半分、驚き半分といったところだろうか。
そして、アクアが告げた行先は――――
「今日は俺のおごりだ。食え」
乾杯! とウーロン茶の入ったグラスがカランと鳴る。目の前に並ぶのは肉と炭火の七輪。そう、メルトたちはアクアの案内に従って焼肉屋に来ていた。
ただし、彼ら高校生がいつも行っているランチ食べ放題2500円の焼肉ではない。個室の焼肉屋で、一皿がいつも行っている食べ放題ランチ並みの値段がするような店だ。
最初に案内されたときは、いつもとは異なる空間に気後れしていたメルトたちだったが、肉と炭火があれば、もうただの男子高校生だ。やがて、高い肉! と言わんばかりに肉を焼き始めた。
「うまい!」「やばっ!」「すげぇ……」
なんというか、うまい肉というのは語彙力がなくなるのだろうか。いつも食べている肉とは段違いの柔らかさと味に驚きながら焼くペースと食べるペースを上げていた。
メルトも向かいのアクアに緊張しながらも、メニューを見ながら次の肉を選ぼうとしていた。
「ほら、焼けたぞ」
「うぇ、あ、ありがとうございます」
正面のアクアから直接焼いてもらった肉を皿に乗せられ、驚くメルト。目の前のオーラを放つ人が焼肉―――しかも、トングを自ら手に取って焼くというのはなかなか心臓に悪い光景だった。なお、家族で焼肉に行った際には焼くのはもっぱらアクアの仕事だったりするので、いつもの癖でつい焼いてしまっていた。
「そんなに緊張しなくていい。同年代なんだから」
などと無理な注文を付けてくるが、今後、おそらくドラマを出る間はお世話になるのだから、と意を決してメルトは聞いてみた。
「あの、なんで、ここまでしてくれるんですか?」
その答えは先ほど目にしていたが、アクアの口から聞きたいと思った。
メルトの問いは、誰もが思っていたことだろう。先ほどまでは仲間内で話していたのにアクアに視線が集まっていた。
「ん? ああ、有馬の苺プロに所属して最初の主演だし、彼女がいい演技をするためには必要だからな」
「俺たちを演技指導する意味あります?」
「あるさ。あいつが本気で演技するとお前たちと差がありすぎて作品が壊れちまう。だから、少しでもお前たちを底上げして、有馬にいい演技をしてほしいんだ」
「有馬さんってそんなにすごい俳優なんですか?」
有馬かな、という名前をモデル組は聞いたことがなかった。少なくとも最近のドラマでは有馬かな、という名前は出てこなかったはずだ。彼らはイケメンを集めたというだけあって、顔は整っている。スクールカーストも高い。そうなると話題となるドラマなどは見逃せないため、アクアが惚れ込むような女優なら聞いたことがあると思っていたのだが―――。
そんな彼らの疑問に答えるようにアクアは、少しだけ口角を上げて笑うと答えた。
「そうだな、最近ではないが、天才と呼ばれてた女だ」
「天才――――」
ゴクリと誰かが唾をのんだ音がした。あの国民的イケメン俳優と呼ばれているアクアが天才と称する有馬かな。むしろ、ならばなぜ無名なのだろうか? と誰もが思ったのだが、帰ったら、速攻で調べよう、と思った。
「だから、そんな有馬が気持ちよく演技をするためにお前らに演技指導をするわけだ」
アクアは俺は本気だ、というような目でメルトたちとそれぞれと目を合わせる。
その星を宿す瞳からは冗談のかけらも見えず、ああ、本気なんだな、と嫌でもわかる目だった。
「少なくとも、ここの焼肉代ぐらいは頑張ってもらわないと。下手な演技をしたら返してもらうぞ」
――――メルトたちの給与の何か月分となるのだろうか。撮影の期間は約半年だ。とてもじゃないが、失敗した際に返せる気がしない面々。
「ふっ…冗談だ。話もいいが、食えよ。次はいつになるかわからないぞ」
いや、あなた本気でしたよね、と言いたかったが、賢明にも誰も口にせず、それもそうだ、と彼らはアクアから芸能界のあれこれを聞きながら、ひたすらに肉を焼く。
肉とアクアほどの男が惚れたカノジョのために全力を尽くす姿に感銘を受けた彼らは、見捨てられないように頑張ろうと心を一つにするのだった。
顔合わせと焼肉の会でした。今回はメルトくんがメイン。この子、『今日あま』と『東京ブレイド』編で全然役が違うので困る……
なお、本編ではアクアのオーラに屈服した模様。陽キャはカーストには敏感なのです。
知ってる? この後、『今日あま』の打ち上げでアクアは鏑木Pに「今ガチ」に出たいです、っていわないといけないんだよ。
次回はついに撮影開始です。
誤字脱字報告毎回ありがとうございます。助かってます。
もしよろしければ、感想、評価よろしくお願いします。励みになりますので、感想を一言でも頂ければ幸いです。
鳴島メルト
・モデル主体の事務所に入ったのにドラマに出ることに
・まさかの顔合わせでアクアと遭遇
・しかも、共演の有馬かながカノジョだった(勘違い)
・帰宅後、有馬かなを調べて天才子役と呼ばれた事実を知った。
・ピーマン体操を思い出した。
・本作ではアクアが完全上位者のため、態度が丁寧。
・その恋人(勘違い)であるかなにも下手にでるようになる。