星の子たちにハッピーエンドを   作:天凪

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有馬かなの軌跡(後)

 

 

 

「そろそろ、大丈夫か」

「‥‥‥‥大丈夫よ」

 

 涙声でまだ少し大丈夫ではないが、気持ちはだいぶ落ち着いてきた。なにより、これ以上、演技以外で泣いている姿を見せたくないというのがかなの本心だ。

 

「そうか。だったら、今後の話をしたいんだがいいか?」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 一応の礼儀として、アクアに頭を下げる。このまま事務所から放り出される身としては現在飛ぶ鳥を落とす勢いで成長している苺プロに関われるのは望外の喜びだ。

 事務所を抜けてフリーのまま漂流するしかないと思っていた過去に比べられるまでもない。

 

「それでだな、これから契約の話をしたいんだが、いいか?」

「ええ、でも、俳優として契約するだけでしょう? 何か特別な条項でもあるのかしら?」

「普通はそうだな。だが、その場合、今までの事があるから有馬はバーターとして少しずつ役者として経験を再度積み上げていくことになる」

「そうでしょうね」

 

 ここでのバーターは苺プロの誰かを出す代わりに有馬を出すという過去のアイの映画と同じようなものだ。最初は端役から、そして、実力が認められれば、バーターだとしても主演にだんだん近づいていくだろう。ただし、それに何年かかるかまではわからないが。

 

「ただ、有馬のスペックを考えるともったいないとミヤコさんとも話してな。そこまでの道のりを短くする方法があるんだが……聞くか?」

「そんな方法あるの?」

 

 にわかには信じがたい話だ。そんな方法があるなら誰もがその手段をとっているであろう。だが、幼少のころから芸能界にいるかなにもそんな方法があるとは思いつかなかった。

 

「若干、邪道な気もするが、ないわけではない」

「なによ、枕とか言わないわよね」

「ばか、そんなことさせるか」

 

 枕営業――――ゴシップではよく聞く芸能界の闇といわれて、どこまで本当か、どこまで嘘かわからない噂話がそこかしこに流れている。ただ、それを女性のかなにいわせたのが気まずかったのか、若干いやそうな顔をしてアクアは即座に否定した。

 

 させないという言葉にアクアが守ってくれているようで、かなとしては少し嬉しかったりする。

 

「もういいか。早めに話したほうが誤解はなさそうだ。――――ルビー来られるか?」

『はぁい、今行くよ』

 

 これ以上、焦らすと話がおかしな方向に行くと思ったのか、アクアは諦めたように、ため息を吐くと、スマホをタップするとスピーカーで通話したのか、名前を呼ぶ。

 ルビー、その名前に聞き覚えはない、とかなが困惑しているとたったった、という軽快な足音が聞こえて、会議室の前で立ち止まるとノックもなしにバタンと扉を開けた。

 

「有馬かなさん来たんだって!!」

「いや、勢い」

 

 扉を勢いよく開いたおそらくルビーという少女に対して注意するようにアクアが言うが、それを無視して、会議室を見渡し、かなの姿を見つけるとつかつかと速足で近づいてきた。

 

「わ~、有馬かなさんだ! うんうん、写真で見た通りだ。やっぱりいけるよ。これから一緒に頑張ろうね。えっと……私より年上で芸能界も先に入ったから―――先輩でいいかな?」

「ちょ、ちょっと……」

 

 近づいてきたかと思うとわ~、っと言葉を並べながらかなの手を握るルビーという少女。かなには彼女の言う言葉の内容に全くついていけてなかった。

 

「ルビー、まだ話の途中だ。それに、自己紹介ぐらいしろ」

「えっ? お兄ちゃん、まだ私のこと説明していなかったの?」

「本人がいないうちに紹介ができるか。ほら」

 

 アクアに促され、立ち上がる。

 

「私は、星野ルビー。お兄ちゃんの双子の妹で、苺プロのアイドル部門に所属してます。よろしくね、先輩」

 

 びしっと横ピースのポーズを決める星野ルビー。

 アクアと同じ星野姓を持つ彼女もまた何かのレッスンの途中だったのかTシャツと運動用のズボンだったが、アクアと同じく細く艶々とした髪をハーフアップで片方だけ編み込んでおり、顔はアクアに似て端正な顔立ちで、美少女を名乗ってもなんら詐欺ではない容姿をしていた。さすが、星野アクアの双子の妹と言うだけのことはある。

 

 だが、それよりも気になったのは、彼女の所属だ。

 

 苺プロのアイドル部門――――それは、苺プロでは休止中の部門だったはずだ。過去のB小町が偉大過ぎて続くアイドルを誕生させられなかったことが原因だと聞いている。

 なるほど、彼女が苺プロの次のアイドルというのは確かに納得できる。ダンスや歌はともかく、この容姿だけでも十分にアイドルとして名乗ることができるだろう。だが、問題はなぜ彼女をこの場で自分に紹介するか、であるが。そこまで考えて嫌な予感がかなを支配した。

 

「………もしかして、短くする方法って」

「そうだ。有馬かな、アイドルやらないか?」

「なんでよ!?」

 

 かなにとってアクアの提案は予想できていたが、納得できるものではなかった。

 

「え~、やろうよ、アイドル!」

「いや、あのね、私がやりたいのはアイドルじゃなくて役者なの――――で、どういうことよ」

「落ち着け、少し説明してやるから」

 

 アクアとしてもかながそういう疑問を持つことはわかっていたのだろう。かなに落ち着くように言い、隣で立っていたルビーにも座るように促した。

 

「今の有馬かなの業界の評判は、まあ、有体にいえば、子役時代の残りで生き残っている役者だな。演技力のわりに評判は悪いし、有馬自身に何かしらの付加価値があるわけでもない。だから、正当に役者をやるとすると若手役者枠にほかの役者とバーターで入ることになるんだが……有馬はすでに新人じゃないから弾かれる可能性がある。その枠に期待するのはこれから来るかもしれない新人に機会を与えるっていうのが理由だからだ」

「ぐっ………」

 

 かなの芸歴の長さが仇となっていた。若手枠は文字通り、養成所などからまだデビューして間もない若手役者の枠なのだ。なお、そこに主役級の若手はない。その手の若手は最初に大手事務所が決めるからだ。そこにはもしかしたら、何か光るものがあるかもしれない役者を探す、機会を与える、というのが目的であり、すでに芸歴だけでいえば10年を超えるかなは見極めの期間を終えているといっても過言ではない。

 

「だから、アイドルっていう付加価値をつける。有馬かなの看板を『元天才子役』から『現役アイドル』に置き換えるのが有馬のメリットだ」

「それは――――」

 

 いわんとしていることはわかる。今のかなの属性は『元天才子役』というあまり価値のないものだ。しかも、元がついているため、現在の役者としての技量が疑われているといっていい。役者を続けることでその肩書を払拭しようともがいてきたが……もがいてきた結果が現状だ。

 

 ならば、アクアとルビーの提案はかなにとっても有益とも思える。ただし、前提がある。成功すれば、の話だ。

 今の苺プロはアイドル部門が休止中で、もし始めるとしても一からの始動となるだろう。しかも、苺プロのアイドルとなれば、当然、ファンは重ねてしまう、比べてしまう。あの伝説のアイドルB小町と。あの今でも語り継がれる伝説のグループを超えてアイドルとして活躍できる、断言できる女がどれだけいるだろうか。

 

 横に座るルビーを見る。ん? という感じで考え込んでるかなを見ているが、なるほど、彼女であればあのB小町と同じグループにいても見劣りしないだろう。なにより、彼女にはあの伝説のセンターであるアイを彷彿させるなにかがあり、かなの長年の芸能人としての勘が、「可能性」を感じていた。

 しかも、苺プロとしてもアイドル部門を復活させるほどの力の入れ方だ。おそらく、ノウハウは残っているだろうから成功できる可能性は高い。なにより、B小町と同じ事務所でのアイドルという看板は決して軽いものではない。新陳代謝の早いアイドル枠として使える可能性もあるだろう。

 

 ただ、最後に一番問題なのが――――

 

「無理ね。だいたい、私はアイドルやれるほど可愛くない」

「いや、有馬はそこいらのアイドルより可愛いよ」

「んなっ!?」

 

 アクアの口から真面目に出た自分の容姿に対する賞賛に変な声が思わず出てしまった。

 

「髪も隣にいる妹と違ってちゃんと手入れされてるし、肌だってきれいだ。顔も俺は可愛いと思うが?」

「い、いや、でも――――そ、そう、私歌も下手だし!」

 

 確かに女優としてカメラの前に立つ以上、容姿のケアには気を付けていたことは間違いない。だが、それを真正面から褒められることがなかったかなは高鳴る心臓を誤魔化すように自らの黒歴史をほじくり返すような発言をしてしまった。

 

「ああ、確かに『ピーマン体操』はひどかったが、『Full moon』以降だったら問題ない。あれより酷くてアイドルやってる奴なんていくらでもいるだろう」

「え? あんた、もしかして――――CD持ってるの?」

「一応、出た分は全部持ってると思うが?」

「あぁぁぁぁっ!」

 

 確かにずっと見てきたとは言われていた。だが、どうやらそれは彼女自身が黒歴史としている過去も含めてだったようで、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして縮こまるしかなかった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

 ――――私は、一体何を見せられているのだろう?

 

 星野瑠美衣は、目の前に広がる光景に呆れ半分でそう思っていた。兄の紹介で昨日、急遽ルビーのユニット候補に上がった有馬かな。今日はその面談だったはずだ。

 

 ルビーとしては早くアイドルとしてデビューしたかった。だが、その壁となったのは年齢だ。

 彼女の保護者であるミヤコによれば、十年ほど前よりも若年層のアイドル化が問題視され、あまり需要がなくなってしまったようだ。それよりも、15歳程度で研修生となり、18歳ぐらいで本格的にアイドル活動を始めるのが、最近のトレンドらしい。アイドルの高年齢化、とでもいうべきだろうか。

 

 だが、ルビーは自らの野望のため、少しでも早くアイドルを始めたかった。当初の予定ではアイと同じく12歳からアイドルやるつもりだったのだが、今ではその年齢から始めると地下アイドルぐらいしかなく、苺プロの社長を保護者とするルビーが、そこから始めることはさすがに許されなかった。

 

 代わりにダンスや歌、演技のレッスンは苺プロのアイドル部門に所属することで小学高学年のころから受けている。なお、その講師として伝説のアイドルであるアイが含まれているのは贅沢の極みだとルビーは思っている。なお、初めて歌を披露した時のアイ、ミヤコ、アクアの「こいつ、この歌唱力でアイドルやるつもりだったんかい」という顔は一生忘れられない。

 さすがに今では音痴も改善され、普通に歌えるようになっているが。

 

 そして、残りはデビューするときのメンバーだが、B小町最盛期の苺プロならともかく、今は休止中のため、大手に取られているというのが実情。スカウトマンなどを雇って、オーディションをしてなどを考えているが、アイの「やっぱりルビーがアイドルするならB小町だよね!」の一言で難航していた。

 

 伝説のアイドルであるB小町の後継とみなされる新生B小町とでも名づけようか。とすれば、アイと同等の存在とユニットメンバーも半端な人間を集められない。アイと同じ存在はルビーに期待するとして、残りのメンバーをフリーのアイドル志望で埋めるのは苺プロのほかの案件と並走しながらだとなかなか骨が折れる仕事だ。

 

 だが、その第一候補が現れた。フリーの元天才子役――――有馬かな

 

 アクアが推薦、アイもミヤコもアクアが持っていた彼女の曲と長年の芸能界経験、容姿を考慮して問題なしと判断され、現在は本人の意思を確認しているのだが―――

 

「有馬はそこいらのアイドルより可愛いよ」

 

 どう見ても、兄のアクアが有馬かなを口説いているようにしか見えない。いや、彼女が本意でないアイドル活動を行わせるためなので、口説くという言葉は正しいと思うが、アクアが口を開くたびに顔を赤くしているが、困ったような嬉しそうな表情をするのを見ていると別の意味で口説いているようにしか見えない。

 

「(いやいや、確かにお兄ちゃんの推薦だけど……ミヤコさん曰く、あの子供のころの映画の時から名刺渡して目をつけていたらしいけど……え? もしかしてこういうのがお兄ちゃんのタイプなの?)」

 

 何気に兄に対してひどい評価ではあるが、兄が彼女を作ったという話も聞かない、おそらく現場ではモテてるだろうし、ドラマなどの出演者の中にはアイドルもいて、アクアにアタックしようとしているのも見たことあるが、靡いた子を見たことがない。それがもしも、幼少時の有馬かなに惹かれていたからだとしたら――――

 

「(って、よくよく考えたら、あの頃の先輩、態度最悪だったじゃん。お兄ちゃんのタイプじゃないよね? う~ん、だとすると天然だな)」

 

 天然の女誑しというべきだろうか。そもそも、アクアは誰かをほめる時に嘘を言わない。嘘が嫌いなルビーだから気づくことができる。しかも、それを照れたりせずにダイレクトに口にするから口説いているようにも見えるのだが、本人としては褒めているだけのつもりなのだろう。

 

「(いつか、刺されないかな?)」

 

 そんな障りのないことを考えながら、有馬かなを口説き落とそうとするアクアと褒め殺しにあっている有馬かなを見ていたが、ようやく決着がつきそうだ。

 

「あぁぁぁ! もう! わかったわよ! やるわよ! アイドル! やればいいんでしょ!?」

「よかった。じゃあ、ミヤコさんには伝えておくから、後日また契約のために来てくれるか?」

「わかったわ」

 

 どうやら勝者はアクアだったようだ。いや、途中からもう半分ノックアウトだったが、アクアからの賛辞を聞きたいがために我慢していたような気もするが。

 それはともかく、有馬かな加入により新生B小町のプロジェクトは一歩進んだこととなる。

 

「やった! 先輩! メンバーとしてよろしくね!」

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「はぁ……疲れたわ」

 

 苺プロの正面玄関からのろのろと出てきたのは先ほどまでアクアと話していた有馬かなだった。

 片手にはミヤコから渡された契約書が入っている。さすがに契約書にその場で押印はできない。事務所であれば、法務部に確認するのだが、フリーとなったかなは自分で確認するしかないのだが、まあ、あの同情的な目で見られていたことを考えるとあまり心配しなくて良いだろうと思っている。

 

「私がアイドルか……」

 

 ここに来る前までは選択肢にも上がっていなかった進路だ。だが、アクアがいうことも理解していた。『元天才子役』この肩書を誇らしく思っていたこともあったが、今では足かせになっていることを。

 そのためにアイドルという肩書で上書きするというのはなるほど、理論上は納得できる。恥ずかしいという感情さえ無視すれば。

 

「アイドル新生B小町有馬かな―――か」

 

 これからかなの肩書となる名前を口にするのだが、しっくりこない。役者をやることだけを考えて稽古に邁進してきた。これからはそれだけではない。アイドルとは歌とダンスも必要だ。何より、今までは一人だったのが、今後はユニットになる。星野ルビーがかなのチームメイトになるのだ。しかも、芸能歴は0年。どう考えてもかなが引っ張っていくしかない。

 

「はぁ、考えても仕方ないか。それにデビューまではまだ時間があるみたいだし……」

 

 そう、まだメンバーも固まっていない新生B小町は極秘として副社長直属の部署となり、かなにもアイドルになることは伝えてもよいが、それが新生B小町というのは口外が禁止された。

 もっとも、デビュー直前まではかなの所属は俳優部門としてカモフラージュされるので、親には直前までいわないつもりだ。

 

「ったく、あんたに口説かれたせいでアイドルやる羽目になったんだから―――しっかり推しなさいよね」

 

 今日の会議室でいわれた誉め言葉を反芻しながらかなは愚痴のように脳裏に浮かぶアクアにいうのだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「(アイドルをやることを条件に事務所に入ったら、主演級の役がくるってどんだけ間が悪いのよ)」

 

 今日は、『今日あま』最終回の撮影。クライマックスで原作で最も盛り上がるシーンが含まれることもあり、今日までの事をかなは反芻していた。

 

「(役者は素人のモデルで、どうなるかと思ったけど、あーくんが何とかしてくれたし……現場の雰囲気は悪くない。私も久しぶりに演技やれてる。ドラマの評判は、まあ、普通だけど)」

 

 さすがに役者は普通以下、演出でようやく普通であるが、さすがに6話に収めるための脚本ばかりはどうにもならなかった。

 さすがに原作でも有名なシーンは切り取らず構成しているので、その点は原作ファンには人気である。あと、もともとの狙いであったイケメン好きの女性層へのアプローチはおおよそ成功しているといっていい。キャラクタにファンがついていて、格好いいとSNSで話題にはなっている。

 あと、一番のサプライズは演技指導として星野アクアのクレジットが載ったことで話題となった。なお、その点についてはモデル雑誌のインタビューでも触れており、同じ事務所の俳優が出演するので、フォローしただけ、と回答しており、モデル界隈では指導される彼らが羨ましい、と噂になっていた。

 

「(あーくん、か……)」

 

 アクアも多忙で現場や練習所に来られない中、少しの時間を使って、メルトたちの現状を知るためにかなが、練習風景や現場を撮影したタブレットをもって、アクアと情報共有をしていたのだが、一度、誤って街中でアクアの名前を呼んでしまい、騒ぎになりかけたことがあった。その時に避難した先の喫茶店で、騒ぎにならないように外では「あーくん」と呼ぶことを決めたのだ。

 

「(なんか恥ずかしいわね)」

 

 今にして思えば、浮かれた恋人がつけるニックネームみたいで恥ずかしい。だが、これを撤回するのも違う気がしているため、その恥ずかしさを我慢していた。

 

「有馬か、着替えは終わったのか?」

「ええ、この制服ともこれでお別れと思うと少し寂しいわね」

「貰って帰ればいい、いつ使えるか、わからないけどな」

「まあ、予算の関係上、既製品のかけ合わせだから自分でもできるんだけど……ってあんたが、その恰好すると唯のファッションね」

 

 黒いパーカーと黒いズボンという、上から下まで真っ黒なアクアは、クールな顔つきでフードから少しだけ顔を出す、というような一面を撮るとダサいパーカーなのにモデル雑誌に載せられそうな完成度を持つ。

 

「うるさい、本番では何とかする」

「期待してるわよ」

 

 ただ、それを何とかするのが役者だ。このストーカーは本編最後の敵、ヒロインをずっと粘着してきた気持ちの悪い悪役なのだ。

 

「でも、よかったの? あんたの今まで演じてきたキャラとは違うでしょう?」

「別にアイドル売りをやってきたわけじゃない。それにイメージってやつが固まると役の幅が狭まる。これも経験だ。ミヤコさんにもそれで説得した」

「ああ、なるほど」

 

 アクアの言いたいことはわかる。今までアクアが演じてきた役はヒーロー役かあるいはクールなキャラなどがメインだ。悪役側に立つことはなかった。

 だからこそ、今回、このネットドラマの端役であるストーカーという割には難易度の高い役を演じることにしたのだ。

 こんな役もできると認識してもらうために。それには実際に演じたことがある、というのが一番説得力がある。

 

「しかし、あれだな―――思ったよりも早く約束を果たせそうだな」

「何が?」

「共演、やるって言っただろう?」

 

 それはスカウトの時の言葉。いつか「共演しよう」というアクアの言葉。

 あれは本音だったのか、と嬉しくなったが、できれば悪役とヒロインではなく、ヒーローとヒロインが良かったと希望するのは高望みだろうか。

 

「アクアさん、今日はよろしくお願いします」

 

 現場で撮影が始まるまでの雑談をかなとしていると、次に到着したのか今日のもう一人の主役である鳴嶋メルトが目の前に立って、挨拶していた。

 

「ああ、よろしく。そんなに緊張しなくても、俺も有馬もいるんだ。フォローはするさ」

「はい!」

 

 なお、このアクアがストーカー役をやると決まって一番驚いたのは撮影で絡みのある鳴嶋メルトだった。

 ここまで育ててきてもらった恩人と共演。しかも、星野アクアと。クラスメイトも見てくれているのにアクアのシーンで失敗したらと思うだけで彼は震えが止まらなかった。一緒にこの撮影を乗り越えてきたほかの5名はメルトに同情の視線を送り、主役じゃなくてよかった、と胸をなでおろしたとか。

 

「はい、撮影開始します!」

「最後よ、頑張りましょう」

「うっす」

 

 

 

 

 

 最終話ともなれば、慣れたものだ、とかなは感慨深く思う。最初の撮影現場ではNGばかりだったが、撮影されるというコツを覚えたメルトは意外にも調子よくシーンを消化していった。

 

 かなからすれば、満足できない部分はある。それでも、かなのフォローもあり、原作の空気は何とか乗せられている。

 ストーカーとヒーローが対決する直前の緊迫感とここで今までの悪意の元凶であるストーカーを待つおどろおどろしさはこの雨という天候も助力となり、照明を組み合わせれば、かなり原作の雰囲気に近いものが演じられていた。

 メルトも原作を読み込み、稽古の成果とかなとの雰囲気に飲まれたのか、一番の演技ができていた。かなは短い期間でよくやったわね、と素直に称賛の声を送りたかった。

 

 そして、いよいよ、ラストシーンの一番の盛り上がりを見せる、ストーカーが登場するシーン。

 

 ―――コツン、コツン、コツンと靴がコンクリートを叩く音が廃工場に反射し、彼は姿をあらわした。

 少し猫背になり、両手パーカーのポケットに突っ込みながら余裕をもって歩き近づきながら、ニタニタと笑う姿が不気味で、気味の悪さが演出されていた。

 

 かなとて端役でも、ドラマの撮影に出ているのだ。そして、たまにいる。その場の空気を飲む演技をする役者が。アクアもどうやらそのレベルに達している演者の一人らしい。

 

 近づいてきて、リハーサルと同じ立ち位置に立ってるにも関わらず空気は別物。いつもは落ち着いた低い声だったのに、その口から出てくるのはいつものアクアよりも高い声で、嘲るような声と口調で、見事原作のストーカーの不気味さを再現していた。

 

「――――この子は、俺の友達だ!」

 

 メルトは完全にアクアの空気に飲まれてしまったようで、おそらく練習で想像した感情をそのまま乗せられる演技を続けていた。先ほどかなとヒロインと会話していた時も、それなりに演技できていたが、それよりも一段も、二段もちゃんとした演技になっていた。

 

「(あっ……これ………)」

 

 完全に場が出来上がっていた。アクアとメルトの演技は完全に絶好調な上に、この後の最後のシーンはヒロインの一番の見せ場。

 おそらく、アクアが場を整えてくれたのだろう。この最後の最後の自分の本気の演技ができる場面を。

 

「――――この先、ろくなことはない。お前の人生真っ暗闇だっ!」

 

 ――――ありがとう、あーくん。

 

「――――それでも、光はあるから」

 

 

 

 

 

 

「かなちゃん! ラストシーン行ける?」

 

「えっ!? あっ! はい!」

 

 約十年ぶりに主演として、自分が出せる本気の演技をしたことによる満足感、あるいは興奮からぼぅ、としていたかなだったが、演出から声をかけられてようやく正気に戻った。

 

「大丈夫かい? かなちゃん、少し休む?」

「いえ、時間もないですし、やりましょう」

 

 すでにアクアやメルトは、周りの出演者に交じって最後のシーンの撮影を待っていた。

 

 最後のシーンは、ヒロインがほほ笑むだけのシーン。ト書きには「主人公に恋に落ちた乙女の顔」とだけ書かれてた。

 少し前の自分であれば、どんな表情をしていいかわからなかっただろう、ほかの女優を参考に表情を作っていただろう。だけど、今は違う。

 

「ラストシーン―――――カッ!」

 

 カチンコの音が鳴ると同時にかなは指定された表情を浮かべる。

 その時、向けられる視線の先にいたのが、アクアだったのはきっと偶然ではなかったのだろう。

 

 

 





『今日あま』の撮影編ラストでした。
ええっと……すみません、編としては後1話あります。エピローグ的な話ですね。
学校での終わりと『今日あま』の打ち上げの場面です。

とりあえず、今日あま編のアクア君の技量ですが、アイの嘘の性格、カミキヒカルの劇団ララライで天才と呼ばれた才能を引き継いでる設定です。
感情表現も問題ありませんので、まあ、このくらいはできるという設定で。黒川あかねとガチれる演技力です。
なお、カリスマ性はあまりなく、アイがぶっちぎりで優勝です。


誤字脱字報告毎回ありがとうございます。大助かりです。

もしよろしければ、感想、評価よろしくお願いします。励みになりますので、感想を一言でも頂ければ幸いです。


『今日あま』
・平均星は2.8。やはりシナリオが問題となった。
・演技の評価は普通。学生の演劇よりレベルは上だが、テレビではう~ん、となる
・ただし、メインはイケメン鑑賞なので、問題ないとする人も多い
・再生回数は結構上位。配信サイトのトレンドにもなる。
・原作シーンだけ切り取った場面は原作ファンには好評。
・最後のストーカー役はアクアの登場でSNSのトレンドに載った。
・かなの最後のシーンは高評価だった
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