星の子たちにハッピーエンドを   作:天凪

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不知火フリルの愉悦

 

 

 

 鳴嶋メルトは目の前で再生される動画に困惑していた。

 

「(え? アクアさんが恋愛リアリティーショーに出演? でも、なんか目的があるとかいっているし……え? かなさんは!?)」

 

 突然、『今日あま』で共演した六人のグループチャットに、「やばい」「早く見ろ」「今ガチ」との文言が並び始めた頃の記憶である。

 何が?! とは思ったが、まずは見てみないと疑問が解決できないと思い、メルトも見ていたのだが、そもそも、この番組に星野アクアが出ることがおかしいと気づいたのは、動画を再生して、シークレットな参加者が星野アクアと気づいてすぐの事だった。

 

「おい、どういうことだよ!?」

「俺が知りたいよ!」

 

 あの『今日あま』の六人で作ったグループチャットに疑問の声が乱舞する。彼らの認識の中では星野アクアは有馬かなと彼氏彼女の関係のはずだった。

 だが、この動画を見る限りでは、アクアは恋愛リアリティーショーに出るつもりである。たとえ、そこに何かしらの理由があったとしてもだ。実際、アクア自身がこのリアリティーショーに参加した理由は内緒だと言っている。つまり第一回の配信で明かされるということだ。

 

 翌日の学校でも『今ガチ』に星野アクアが出演するということで話題になっていたが、それは期待の声が大きい。

 ファンからすればリアリティーショーのような素の姿というのを見る機会が少ないアクアが見られるということだ。ただでさえ『今ガチ』の顔面偏差値自体は高い。そこにアクアを投入すれば、『今ガチ』自体への期待度も上がろうというもの。

 

 メルトも以前、アクアと同じネットドラマの舞台に立ったことがあり、いろいろなことを聞かれたが、知らないし、知っていても教えられない、と煙に巻いた。もっとも、友人たちもそれが分かっているのか、だよね~、と流し、いつもの雰囲気に戻るのは陽キャでの確固たる地位を持っているメルトだからだろうか。

 なお、『今日あま』出演以降、すこしチャラい雰囲気が消えたことで、メルトの学内の人気も上がっているのだが、以前よりもその類の事に興味が持てないメルトは気づいていないのだった。

 

 そして、待ちに待った第一回配信日。ネットテレビのリアルタイム配信を前にPCの前に座るメルト。

 時間になり、いよいよ第一回配信が始まると食い入るように、その内容を見つめる。『今からガチ恋始めます』というナレーションと共に始まる番組だったが、いきなりアクアとメムを映してきた。

 

「(……おお、いきなりか。わかってるな、編集。ふむふむ、なるほど――――はぁ? はぁ……なるほど、なるほど……)」

 

 途中で、アクアがメムを口説くようなシーンがあり、メルトも困惑したが、その後の会話で演技だということがわかり一安心し、結局、アクアの目的が「今後の演技のために参加した」とわかり安堵したのだが――――

 

「なあ、どう思う?」

「いや、ないでしょ、だって、かなさんいるじゃん」

 

 第一回の配信が終わって、『今日あま新人俳優』と書かれたグループチャットで各々が会話を始める。

 

 そう、恋愛を勉強したい、みたいなことを言っているが、そもそも、彼らの認識からすれば、アクアさん、何言ってるんだろう? という状態だ。なぜなら、アクアのカノジョはかなであり、恋愛感情という意味なら今の状態で十分だろう、と。彼らの目から見てもかなの扱いは十分に彼氏彼女やってて、稽古の最中に飲み物を持ってきたり、現場で自分の仕事があっても迎えに来ていたし、歩くときはかなと車道の間に自分を置くなど、十分に気を使っているように見えたし、あれが恋愛感情から来るものでなければなんだというのか?

 なお、アクアとしてはマネージャー的業務と普通の気遣い程度だと思っているあたりに血が色濃く出ているのだった。

 

 彼ら目線からすると彼らの知っている状況と『今ガチ』の状況の整合性が取れない。それが気持ち悪い。

 

「う~ん、かなさんがいるのに、恋愛勉強するために『今ガチ』に出る理由か」

 

 アクアには疑似的な青春的な学校生活を体験するという目的もあるのだが、それを考察する優先度は非常に低かった。

 

「でも、かなさんもよく許可したよな、彼氏が恋愛リアリティーショーに出るのに」

「まあ、万が一があったときを考えると浮気相手に送り出すようなもんだしな」

「それを我慢してでも、アクアさんの出演を許可する理由かぁ」

 

 残念ながら、パズルのピースが足りないのか、彼らはなかなか納得できる回答にたどり着いていなかった。

 

「ただ、まあ、他人から見れば、アクアさんとかなさんの関係って別に公になっていないから問題ないんだろうけど」

「公にできるかよ、アクアさんと天才子役とはいえ最近の露出が『今日あま』だけのかなさんだぞ。ばれたら炎上間違いなしだろうよ」

 

 その二人の会話を目にしたメルトの脳裏でカチリとロジックがはまったような気がした。

 

「そうか! 隠しているんだよ。カモフラージュだ」

「どういうこと?」

「だから、『今ガチ』に出演して、アクアさんの話した理由だったら、誰も付き合ってる人がいるなんて思わないだろう?」

「ああ、アリバイを作るってことか」

 

 六人のグループチャットの中で、なるほど、なるほど、理解した、などの言葉が並ぶ。

 彼らの中の回答としては、アクアは世間にかなの存在が知られないように恋愛リアリティーショーに出演し、さも恋人がいないようにアリバイを作るというものだ。内容としても第一回配信で、恋愛の勉強をすると言っているのだ。まさか付き合っているカノジョがいるとは思わないだろう。

 

「しかし、かなさんもつらいな」

「演技とはいえ、アクアさんが口説くんだもんな」

「MEMちょ口説いてたし」

「いや、あれはフリルチャレンジだろ?」

「どちらにしても、番組の趣旨的には似たようなことはするんじゃないか?」

 

 そこからはこれからアクアが誰を口説く演技をするのか、一番は誰が候補かということに話題が移っていったが、彼らが心の中で思うのは一つだった。

 

 

 ――――お労しや、かなさん。

 

 

 なお、すべて彼らの勘違いである。そもそもアクアとかなは付き合ってなどいないし、アクアが出演する上ではカモフラージュの想定などみじんもない。だが、それが彼らの中で理由となってしまった。

 また、『今ガチ』が衝撃のラストを迎えた後、かなが新生B小町のアイドルとしてデビューすると知って、このための布石だったのか?! と驚くのであった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

 苺プロのアイドル部門の事務所の空気は最悪だった。まるで、お通夜のような雰囲気だった。原因は、その場にいるミヤコ、アイ、ルビー、かなの目の前にあるPCの画面に映る文字を見ればわかる。

 

『今からガチ恋始めます 第一回配信終了 次回もご視聴よろしくお願いします』

 

 つまり、今、第一回の配信が終わったのだ。なお、この配信に出演しているアクアは、「家族で自分が出てる恋愛リアリティショー見るとか地獄か」といって、自室へ戻っている。もしかしたら、そっちで見ているかもしれないが、今は割愛する。

 この場にいる女性陣全員が暗い表情をしているが、原因はそれぞれ異なっていた。

 

「………どうすんのよ、これ」

「なんか、お兄ちゃんが直接、女の子を口説いてるの見るの複雑~」

「ちっ、誰彼構わず甘い言葉吐きやがって」

「……やっぱり、アクアもあいつみたいになるのかな? いいや、まだ間に合う! ……はず」

 

 それぞれ、気分を変えるように不満に思っていることを口にする。だが、いつまでも暗いままではいられない。今後の対策のために内容を整理しなければならないのだから。

 

「とりあえず、第一回の配信の目的は果たしたはずよ。①MEMちょとの接近、②黒川あかねの態度の確認。①は………ちょっと複雑だけど、成功しているようね。フリルチャレンジって、本当にあの不知火フリルが依頼したのかしら?」

「あ、それなら知ってる! お兄ちゃんが、メディア用の告知動画に出た後にフリルちゃんが、アクアに直接頼んでるの見た」

 

 ルビーが思い出すのは、メディア告知用の動画が配信された後の話だった。その日は朝からの仕事がなかったため、アクアと一緒に登校し、教室で始業のチャイムが鳴るのを待っていると、同じく仕事がなかったであろうフリルがやってきて、配信動画でいったようなことを頼んでいたのを覚えていた。最初は素気無く拒否していたが、ドラマの話が出て、ようやく悩んで受諾したようだったが。

 

「ふん、やるならもっと上手くやりなさいよ……あんなやり方じゃなくてもいいじゃない」

 

 かなとしては、アクアがあのように女性を口説いている姿は見たくなかったし、もっと簡単な方法でもできたのではないか、と愚痴を吐く。なお、脳裏ではメムと自分を入れ替えて妄想しているのだが、それは彼女の中で極秘の情報であった。

 

「まぁ、お兄ちゃん、顔はいいからね。ああいうの似合うといえば似合うけど………妹の身としてはなぁ~」

 

 ルビーも複雑なのはかなと一緒だが、そのベクトルが異なる。かなが女として心がざわつくとすれば、ルビーは身内が口説いているところを見るのが複雑という身内ならではの感情といえるだろう。

 

「はぁ~、会ったことないはずなのになぁ」

 

 おそらく、この中で一番落ち込んでいるのはアイかもしれない。会ったこともない彼らの父親に一番似ているのだから。アイが彼にアクアのように口説かれた経験があるだけに、さらに、彼が何人もの女性に粉かけているのを知っているアイとしては、今後、似たようなことをアクアがしないか心配でならなかった。

 

「まあ、みんなちょっと身近な男がデレデレしたり、口説いたりするのを見るのは複雑かもしれないけど、アクアの『今ガチ』に出る理由として演じる必要があったんだから許容しなさいな。大体、こんなのアクアならすぐにテレビで何度でも見ることになるわよ。すでにいくつか打診は貰ってるんだから」

 

 そう、アクアも本格的に高校生になり、そういう少女漫画の実写化―――『今日あま』のようなものではなくきちんとしたもの―――の主演だったり、学園物のオファーはいくつも来ているのだ。将来のことを考慮すれば、このタイミングで今ガチにでるのも後々では、納得できるだろう。

 

「幸いにして、MEMちょとの距離も近づいたことでしょうし、この調子なら問題ないでしょう。問題なのは―――」

「黒川あかね、ね」

「う~ん………そんな子いた?」

 

 問題がわかっているかなが名前を呼び、アイがあまりに記憶に残っていないのか、失礼なことを言う。ただし、アイは名前を覚えていないのか、本当に見えていないのかわからないが。

 

「お、お姉ちゃん、お兄ちゃんのスマホで写真撮っていた子だよ」

「………ああ、いたね。そんな女の子――――あれ? でも、そこ以外、見たかな?」

「それが問題なんでしょうよ」

 

 はぁ、と溜息を吐くミヤコ。

 

 そう、アイが指摘したようにそこが問題だ。あかねの登場シーンが極端に少ない。アクアは制限があるから仕方ないにしてもメムとの絡みで十分尺があった。あかねもそのあとにアクアを揶揄う際の巻き添えになっていたが、それだけだ。なにも答えを出していない。ゆえに目立たない。

 

「でも、恋愛リアリティーショーって台本あるんでしょう? 次は、黒川さんの出番もあるんじゃない?」

「何言ってるのよ、リアリティーショーに台本なんてあるわけないでしょう。あるのは演出だけよ」

「「「演出?」」」

 

 芸能界に長くいるアイもかなもリアリティーショーに出たことなく、まだデビュー前のルビーも台本と演出の違いがわからず首をかしげる。

 

「台本はその通り演じなければならないけど、演出は曖昧な指示しかないのよ。例えば、男性陣が女性陣の誰かを口説く、とかね。それはアクアでもいいし、ほかの出演者の男性でもいい。その演出に従って番組が構成されるのよ」

「なら、その通り動けばいいんじゃない?」

 

 ふと、簡単そうにアイはいう。確かにアイならできるだろう。ここでどんな嘘をつけばファンの前、カメラの前で魅せられるかをよく知っている。だからこそ、売れ始めた当初のバラエティー番組もうまくこなして人気に拍車をかけることができたのだから。

 

「黒川さんの態度を見る限り、無理そうね。アドリブが苦手そうだったわ」

「―――劇団ララライの若きエースと呼ばれるのに、惨めだこと」

 

 どこか悔しそうにかなが言う。自分は落ちぶれ、過去に因縁のある相手が演劇という分野で活躍していた。それがたった一つの番組すらまともに役割をこなせていない。そこに苛立ちを感じているのかもしれない。

 

「まったく、アクアは杞憂であればいい、なんて言ってたけど、どうやらだいぶ頑張らないと、アクアの言っていた通りの性格なら、どこかで強硬手段に出るわね」

「強硬手段ってどうして?」

「今回の配信で、視聴者の見方は、ほぼ二つね。アクアとMEMちょの掛け合いがこれからも続くのか? 鷲見ゆきが熊野ノブユキと森本ケンゴにアタックしていたから、この関係性がどうなるのか? といったところでしょうよ」

「あれ~、黒川あかねちゃんは?」

「アイがさっき言ったみたいに、あまり皆の記憶には残っていないでしょうよ。だから、皆の記憶に残るために強硬手段が必要となる」

 

 深刻そうに言うミヤコにその場にいた誰もが緊張感でゴクリと唾をのむ。

 

「例えば、鷲見ゆきが誰かといい感じになれば、それを奪い取る悪女を演じる。あるいは、誘惑するビッチタイプでもいいかもしれないわね。あるいは、鷲見ゆきが早めに相手を確定して、もう一人を慰めて、そちらに狙いを定めて漁夫の利を得るとか。今日見た限りだと、どれも難しそうだし、この手の役はよく燃えるのよね~」

 

 ボンと、手のひらで燃えるさまを表現するミヤコ。悪役というだけのことはある。正義の名のもとに振るわれる断罪は気持ちが良い。正義という言葉は時に麻薬にもなるのだ。

 

「だったら、どうすればいいんだろうね?」

「さぁ? 私はバラエティーなんかは、その時々で映える演技をすればよかったからよくわからないな」

「黒川あかねが映像系に出てきたことが間違いだったのよ。しっぽ巻いて逃げればいいわ」

 

 なぜ、まったく異なる事務所の子についてここまで考えないといけないんだろうか? とミヤコは思うが、このままでは最悪の結果に繋がりかねないことは、この第一回配信で十分にわかった。

 

「(ただ目立つだけなら、簡単な方法があるのだけど………アクアの評判を考えると選んでほしくないのよね。それに、この子たちも我慢できなくなりそうだし)」

 

 その方法とは簡単だ。アクアが、黒川あかねを口説けばよい。それで逃げるもよし、受けるもよし、アクアから口説かれるというだけで目立ちはするだろう。

 だが、その手段をとった場合、最終回であかねに告白することは避けられない。その結果、あかねが受け入れでもすれば、それは正式なカップルとなってしまう。アクアの評判としては少し落ちてしまうだろう。いや、恋を知った少年として受けるかもしれない。そこはキャスティングを握るお偉方の仕事だ。

 

「(アクア………あんたが言い出したことだけど、どうするのよ?)」

 

 未だにあれこれ話し合っているアイ、ルビー、かなを気にせずミヤコは部屋で『今ガチ』を見ているアクアの心情を慮るのだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「おはよう、みなみ」

「おはよう、ルビー、あと、お兄さんも」

「ああ、おはよう」

 

 アクアとルビーが教室に入り、席に座るとルビーの隣に座っているみなみが挨拶を交わしてきた。なお、アクアの席はルビーの後ろである。

 

「お兄さん、昨日の『今ガチ』みたで。おもろかったな」

「………どうも」

 

 アクアとしてはそれしか口にしようがない。あのフリルチャレンジをいきなりやることになって、それがメインだったのだ。この教室にも『今ガチ』を見た人間は多かったのか、やたら視線を感じ、そのほとんどは嫌な感じではなく、同情する感じだったのが、アクアの心を削っていた。

 

「そう、まさか初回からやるとは思っていなかった」

「フリルちゃん、おはよう」

 

 後ろの席から近付いてきたフリルに対して、ルビーが挨拶を交わし、フリルもおはようと返す。

 

「それにしても、アクアも恋愛について勉強したかったら芸能科で遊べばいいのに」

「遊べばいいのにって、そういうわけにもいかないだろう」

 

 急に変な事を言い出す―――いや、変なことを言うのはいつも通りだったような気もした―――フリルに呆れたようにアクアは答える。だが、そんなアクアに今度は逆にフリルが呆れたように溜息を吐く。

 

「はあ、アクアは本当に知らないんだね。芸能科は秘密主義というか、同族意識が高いからここで起きたことはここで起きたことだけで完結するんだ。つまり、君が何人ととっかえひっかえ遊ぼうと、この学園の中だけの話で、外には広がらないよ」

「なんで、俺がそんなにとっかえひっかえ遊ぶイメージなんだ?」

「違う?」

「違うわ!」

 

 勝手に遊んでいるイメージを植え付けられそうになって、思わず否定するアクア。フリルの中でアクアのイメージがどうなっているのか一度問いただしたくある。

 

「そう、もったいない。アクアなら遊び放題だろうに」

「しない!」

 

 クラスメイトの女子から若干期待するような視線が向けられたような気がしたが、アクアは無視することにした。

 

「それにしても、まさか初回からMEMちょの乙女面が見られようとは。期待した通りだったよ、アクア。フリルチャレンジ、いいね。あの表情だけでご飯三杯はいける」

「気に入ったのか、フリルチャレンジ」

 

 初回だからこそ、という手があるのだ。なにより、関係性が深まってきた後半戦のほうがやりにくいこともある。

 また、アクアが適当につけたフリルチャレンジという名称だが、どうやら張本人は気に入ってくれたようだ。くすくす笑いながら、その名前を口にしていた。

 

「思わず、MEMちょの生配信にお邪魔して、スパチャまでしちゃったよ」

 

 その言葉に、昨日の夜にトレンドに上がってきていたタグを思い出したアクアは嫌な予感がしつつもフリルに尋ねる。

 

「まさか、そのアカウント、不知火フリルのままだったんじゃないだろうな?」

「もちろんだよ。ファンが偽名を使えるわけない」

 

 こいつ―――自分が芸能界屈指の有名人だということを自覚しながら敢行しやがった、とアクアは戦慄した。そこにはメムに対する配慮も何もない。フリルが不知火フリルのアカウントのまま、「乙女面、ありがとうございました」とコメントしたため「フリル様が見てる」がトレンド入りしたのは昨日のことで、思わずその場でアクアもMEMちょのチャンネルに直行したものだ。もちろん、アカウントは星野アクアのものではない。

 

「ああ、そうだ。フリルチャレンジの写真をもらわないと取引成立とは言えないね」

「………ああ、分かった」

 

 もはや、この無敵の女優の前に何も言う気力はなく、アクアは自分のスマホを操作しながら先日の写真を探す。さすがに無料というわけではなかったが、メムにこの写真をフリルに渡す許可をもらう際には食べ放題ではない焼肉で手を打った。

 スマホをスワイプしながら写真を探すアクア。その肩が急に叩かれる。

 

「あ、写真といえば―――アクア、こっち」

「なんだ、今、写真を―――」

 

 ―――カシャカシャカシャ

 

 無情に鳴り響くスマホのシャッター音。フリルが掲げるように構えるスマホには撮影用の笑みを浮かべたフリルと気を抜いたアクアのツーショットが収められていた。

 

「ぽちぽちぽち―――アクアと朝のお喋り、送信っと」

「おい、待て」

 

 なんとも怪しいタイトルで送信したフリルに恐怖を覚えながら制止するアクアだったが、遅かったようだ。すでに送信は完了しており、あとは何もしなければ一時間後にはSNSに投稿されてしまう状態だった。

 

「何やってるんだ?」

「アクアが悪いんだよ。『今ガチ』で私とクラスメイトって話すから。マネージャーに相談したら、ツーショット取って数字を稼ぎましょうっていうから」

「いや、俺たちのプロフィールにも進学先は書いてるだろう。今さら何を言うんだ」

「広報のプロフィールまで見るのはよっぽどのファンだけだよ。だから、証拠として出すことにしたんだ」

 

 なお、アクアが『今ガチ』で言及してからアクアとフリルのプロフィールサイトの比較スクリーンショットが出回り同じ高校に進学していることが周知されてしまった。

 

「いつも思うんだが、フリル、時々自分で燃えに行っているよな」

 

 ここでの燃えるは、誹謗中傷の類が多発するようなことである。自覚しているが、イケメン俳優として付き合うとなると過激派ともいえる人物がアカウントに突撃することはよく見られることである。有象無象が話題にするだけの注目されるものとは意味が異なる。

 

「ああ、私とアクアが付き合っていると実際に認識されるとどれだけ炎上するのか興味があるんだ」

 

 なんという事実を知りたいと思うやつだ、とアクアは戦慄した。そして、その炎上の炎のど真ん中にいるフリルに聞きたいことがあった。

 

「それで、フリルは見知らぬ相手に罵られて大丈夫なのか?」

「気にしないね。それは所詮、ただの嫉妬だよ。文句があるなら、芸能界で国民的美少女と呼ばれるまでの立場になってから言え、っていうね」

 

 ふさっ、と髪をなびかせて、微笑むフリル。なるほど、その一場面だけ切り取れば確かに国民的美少女といえるだろう。その自信も自ら築き上げたものなのだろう。だから、アクアはそれを羨ましく思う。

 

「はぁ、あかねもフリルぐらいに図太ければな。何も問題なかったんだろうけどな」

「あかね………ああ、劇団ララライの黒川あかねか。『今ガチ』に出てる」

 

 フリルがあかねについて知っていることについては別に疑問はない。この女は業界内の情報について異様に詳しい。その中に演劇が含まれているとすれば黒川あかねを知らないわけがないのだから。

 

「昨日の配信も見たけど………劇外ではあんな感じなんだね」

「だから困っている。このまま埋もれると、どう行動するかわからない。事務所から目立つために無理難題を言われて暴発する可能性がある」

 

 そのアクアの言葉だけで状況を理解したのだろう、ああ、ありえるだろうね、と頷くとフリルは解決案をあっさり口にした。

 

「アクアが黒川さんを口説けばいい」

「はぁ? 本気か?」

「もちろん、アクアが黒川さんを口説いて、黒川さんが本気になりかけたところで今度はMEMちょを口説く。嫉妬する黒川さんと口説かれてまんざらじゃないMEMちょ。どうだい、映えるだろう?」

「それはむしろ、お前が見たい状況じゃないのか?」

 

 それは今の鷲見ゆき、熊野ノブユキ、森本ケンゴの三角関係を黒川あかね、星野アクア、MEMちょで構築しただけである。確かに、画面的な映えは取れるだろうが、アクアとMEMちょに心労だけが残る禁断の選択肢のように見えた。

 

「そして、最終回で黒川さんとMEMちょが告白してアクアが拒否して、二人の表情が曇るところを是非とも見てみたい!」

「フリル………おまえ、人の心をどこに置いてきた?」

「母のお腹の中かな?」

 

 いますぐ取り返しに行ってこい! と言いたくなるアクアである。それはすべて置いてきたといっても過言ではないではないか。

 

「ただ、まあ、彼女が目立つためにはそのくらいのことは必要だと思うけどね」

 

 アクアのスマホからメムの写真を受け取ったフリルは、じゃ、と軽く別れの挨拶を残して自分の席へと戻っていた。

 

「(………わかっている、何か手を打たないとあかねが追い詰められることぐらいは)」

 

 先日の『今ガチ』の初回の撮影でアクアは、気づいていた。致命的に黒川あかねが恋愛リアリティーショーに向いていないことに。原作では、アイを模倣することでアクアの興味を引き、爪痕を残すということを実行していたが、今世では、アイは生きているし、むしろアイを模倣されて隠し子の存在に気づかれる方がまずい。

 彼女には穏便にこのリアリティショーを波風を立たせることなくスルーしてもらう必要がある。

 

「(………最悪は、フリルの言ったようなことを演じる必要があるかもしれないな)」

 

 思った以上にリアリティショーに適性がないあかねに対して、最悪を考慮しながらアクアは次の撮影で何をするべきか考えるのだった。

 

 





第一回配信後の状況でした。フリルさんは大暴れです。MEMちょの心労やいかに?

今回は特に新しい情報はないので、人物紹介は省略となります。次回は第二回今ガチの収録から始まります。


誤字脱字報告毎回ありがとうございます。大助かりです。

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