「あ~これは………」
アイが命名した名前を記した紙を見ながら雨宮吾郎医師(仮)と思われる人物が困惑した声で何かを誤魔化しているような声をあげていた。
いやいや、と星野
そもそも、この体が生まれている時点で彼が生存していることがおかしい、と。なぜなら、本来、この体に宿るべきは彼の意志であり、今、この体に宿っているであろう転生者としては中途半端な存在である彼ではないのだから。
雨宮吾郎が生きているというのであれば、そもそもの物語の始まりから否定されたようなものである。
もっとも、この体にフィクションである本編の記憶をもった彼が宿っている時点でいろいろと破綻しているものであるが。
「(………この世に神様がいるのであれば、俺にどうしろと?)」
現時点で彼が知る原作通りになるのであれば、アイ殺害を防ぐのはある程度容易であろう。原因も知っている、カミキヒカルが利用するであろう手段も知っている。
……とはいえ、その手段で殺したであろう雨宮吾郎医師がここにいる時点で、その前提がどうなっているかも怪しいものであるが。
なんにせよ、アイという重要人物の最初の勘所はわかっている。加えて、カミキヒカルは直接手を下すような人物ではないこともわかっている。
偶発に見せて、己の影を踏ませぬように殺害を試みる要注意人物。最初の勘所は分かれど、それを乗り越えた先は不明だ。ただ、それを考えるのは不毛だとも思う。
その原作の要件を超えた先を想像することは原作者以外には不可能であるからだ。
というのであれば、彼にできることはこのまま星野
そもそも、彼の記憶というが、確かに病室内で自分たちの名前についてあれこれ議論している彼らが【推しの子】の人物であることは認識できる。ストーリーも認識できる。だが、それ以外の記憶はどうだろうか?
自分が社会人であったことは記憶している。地方の病院で外科医をしていた記憶もある。だが、それ以外がどうも曖昧だった。名前は? 家族は? 実家は? そのあたりが靄がかかったように思い出せない。記憶喪失でいうのであれば、自分の生い立ちが思い出せないタイプのようなものである。
なぜ? という感覚もあるが、思い出せないことに未練は少ない。そもそも、転生ということ自体、想定できるものではなく、さらに転生先がフィクションの中というのであればあきらめもつくものである。
意外と前世は動揺しない性格だったのかもしれない。ただし、認識していた原作といきなり異なることをぶち込まれたことに動揺はする。
むしろ、現状でより問題となるのは、星野アクアとしてどう生きるか、である。
原作の星野アクアは幸運で拾った二度目の人生としてアイを殺した黒幕を追うことに生涯をかけていた。しかし、今の星野アクアはその事態を防ぐことができる存在であり、アイが生存した場合、復讐に生きるという意味もなくなる。
ならば、自分の生き方は、原作には縛られないはずであり、役者になるような道から外れても問題ないはずだ。
何しろ、この身は究極のアイドルと呼ばれるであろう星野アイの息子にして、あの凶悪ではあるが、イケメン天才俳優と呼ばれたカミキヒカルの息子だ。
将来の容姿については保証されているといっていい。脱ルッキズムといわれて久しいが、人はそう簡単に見た目の問題から脱却することは難しい。誰だって表面上は出さないものの美人な嫁が欲しいし、イケメンの旦那がほしいものである。
ならば、このまま最悪の不幸だけ回避して、わざわざ芸能界の闇を覗かなくても――――
そこまで思考が回ったうえで、ふと気づく。仮に自分が原作のような星野アクアとして生きなかった場合について検証してみた。
彼が生きているであろう【推しの子】について主要といわれるキャラクターはほかの漫画に比べると多くないが、星野アクアという人物が行動しなければ人生が変わる人物は容易に想像できる。
・星野ルビー:妹であり、天童寺さりなという元来の主人公のトラウマとなる幼女である。彼女はアクアが牽引することで苺プロのアイドルとなり、アクアが集めたメンバーでアイドルデビューを果たす。ならば、アクアがいなければ、手っ取り早い地下アイドルとしてデビューする道や、それを心配した斉藤社長などの手で早めに加入する道、あるいは、母親であるアイがいきていれば早期に苺プロに入るかもしれない。一番、不確定要素がない人物となりうるであろう。
・有馬かな: 間の悪い女でありながら、原作で主人公の本命と思われるヒロインではある。仮にアクアが行動しなければ、使い勝手の良い女優として活躍するであろう。しかし、その輝き、彼女自身の欲求に気づいた人物に利用されないとも限らない。
・黒川あかね: 恋愛リアリティーショーにおけるトラウマ級人物。アクアがいなければ、自殺が成功していたはず。つまり、天才と呼ばれた才能が途中退場するわけである。カミキヒカルが知ったら愉悦に浸りそうである。
・MEMちょ: 黒川あかねと同時期に「今ガチ」に出演しており、ユーチューバーであるが、アクアがアイドルに勧誘していなければ、そのままユーチューバーを続けていただろう。彼女の嘘が公となり、民衆から飽きられるまでは。ただし、黒川あかねの自殺が成功した場合、「今ガチ」の面々に飛び火する可能性がないとは言えないため、(自殺の原因をめぐって登場人物に向けられる可能性は低いとは言えないだろう)ユーチューバーを続けられるかは不明である。
そこまで星野アクアとして行動しなかった場合の各人物の未来を想定して、アクアは愕然とした。救わなければならない、と考えるわけではない。かわいそうと思わないわけではない。ただ、不幸になり、それを防ぐことができるのに防がない、というのが最悪に気持ち悪いのだ。
自らの母親であるアイは救おうとしているのに、そのほかの未来は守らないというのか? その矛盾する考えが罪悪感と伴って感情を刺激する。
そもそも、原作厨ともいうべきほどの信者であれば、アイは救うべきではなく、星野アクアは復讐道に邁進すべきである。だが、その選択肢は取りたくない。取れない。それは彼の前世としてわずかに残る医師としての感覚なのかもしれない。
「(………はぁ、仕方ないか)」
ここまで考えてアクアは原作からそれるということを諦めた。芸能界に関わらずに平穏に生きていくというルートは本来は救えた可能性を潰すことに等しいという結論に至ったからだ。少なくとも原作の「恋愛リアリティショー編」までは関わる必要があると結論付けた。
「おぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
「(………!?)」
思考が一通り片付いたところで、隣から聞こえてくる大音量の泣き声。普通の赤ん坊であればわかるのだが、隣にいるのはアクアの妹であるルビーであるはずだ。通常の赤子のように泣くことはないはずだが……と思いながら何とか動く首を横に向けてみれば、そこには吾郎医師に抱っこされるルビーの姿が目に入った。
―――ああ、なるほど。
その光景に納得してしまう。アイもその周りにいた斉藤夫妻もあたふたしているところからおそらく、ルビーが泣き始めてからアイが抱っこしてそこから吾郎先生に移ったのだろう。
あくまで想像でしかないが、名前の議論をしている間に吾郎がそれぞれの赤ん坊の顔を覗き込もうとしたのではないだろうか。ベッドの並び的にルビー、アクアの順番で並んでいるため、吾郎が最初に覗くのはルビーになる。つまり、アクアと同じように起きていた場合、ルビーの視界に入るのは吾郎医師なのだ。
「(………そりゃ、泣くな)」
突然泣き出したルビーに困惑しながら抱き上げるアイだが、一向に泣き止まず、なぜかアイにしがみつくのではなく、吾郎に手を伸ばすルビーが目に浮かぶように想像できる。なお、抱かれた後も感涙で涙が止まらないといったところだろうか。
無理もない、彼女の前世での小さな箱庭の中での唯一の同志であり、二度と会えないと思っていた初恋の人なのだから。
そこまで考えて、はて? と思った。
「(ルビー(さりな)は吾郎センセとどういう関係になるつもりなのだろうか?)」
原作ではアクアに転生したため双子の兄妹となった二人だが、今世は推しの子と年上の医師である。
世間体というある種の究極の壁があるが……その程度であきらめるような感情ではないことは知っている。
男としてはうらやましいと思うべきか、あるいは、そんな妹に狙われてご愁傷様と思うべきか。社会的に死ぬと彼は言っていたが、アイドルになる妹とさらに年の差が広がった状態では地獄に落ちるのではないだろうか?
「おいおい、えらくしっかりしがみついてるな!?」
「子供って生まれた時からこんなに力強かったっけ?」
「さすが私の子!」
なぜか吾郎医師に泣きながらしがみついて一向に離れないルビーと困惑する(一名ほど呑気に笑っているが)大人たちを尻目にアクアは吾郎医師の将来を祈った。
はい、というわけで主人公のアクア君は憑依型でした。理由付けは後の話でしようと思います。
雨宮吾郎が転生するはずだった体に憑依したオリキャラ。
特徴は下記の通り
・推しの子の原作を知っている。(最新話まで)
・ドルオタではない。
・地方で雨宮吾郎と同じように医師をやっていた。担当は外科医
・具体的な名前や生活上の記憶は存在していない。
・彼の左目にも原作同様に星は宿っている
・今後の方針としてアイの生存、およびその他の生存を目指す。
・今後困難に見舞われるであろう吾郎医師には幸福を祈っている
結論:ゴロー成分の抜けた原作アクア